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巻き込まれた小人(ピグル)
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「……なんですと?」
「……だから、そういうことだ」
ラセルは真剣な目で相手を見据えた。しかし相手はその視線を故意に外し、明らかに避けている。しかしここで折れるわけにはいかないのが事実だ。ラセルは粘った。
「いくらラセル殿の頼みとはいえ、無理でございます」
相手は迷うことなく答えを返してきた。こんなにはっきり言い切られるとは思っていなかったラセルが焦る。
「断らないでくれ」
懇願しているのだが、態度は偉そうだ。
「お断りします」
一言一句、噛み締めるように繰り返す。
「頼むよ~、マリム」
続いて泣き落としへと移行する。
「駄目なものは駄目です。私の立場も考えてくださいよ、ラセル殿」
尤もだ。
マリムはこの深い森に住むピグルという種。主に小動物や魚などを捕り、暮らしている。ずんぐりむっくりの体型と褐色の肌が特徴だ。ラセルとは友人関係にある。異種同士での付合いは珍しいことで、つまりマリムもピグルという種の中では少々浮いた存在なのである。
「私はピグルですぞ? あなたとこうして会うだけだって命懸けなのに」
そう。
ピグルと魔物は、いわば狩る者と狩られる者であるわけだ。
魔物にはピグルを主食とする者達がいる。だからピグルは『魔』という存在自体を敵視しているし、恐れていた。そんな中、ラセルとマリムは縁あって友人という間柄。だが、他のピグル達からすればそんなこと理解できるはずもなく、マリムはラセルに利用され、いつかこのピグルの集落に魔が攻め入ってくるのではないか、という憶測があった。いつしかマリムは集落を追い出され、一人、森の奥深くで暮らしているのだ。
「ここで生活を始めて、早二十余年。村長もやっと誤解を認めて、村に戻れるかもしれないってのに……、」
「戻る?」
「そーですよ」
マリムはわざとらしく腕など組み、眉間にシワを寄せ、言った。
「そりゃ、確かにあなたと一緒にいて私は色々な知識を授かった。知らなかった真実を耳にし、成長したのは事実です。感謝こそすれ、迷惑だと感じたことなど微塵もない、しかぁぁし!」
ビッ、と人差し指を押し付ける。
「お年頃である私は村に帰って一刻も早く嫁を探したいのも事実。まさに今、繁殖真っ盛りなのでありますっ」
「あー……、」
興味なさそうに、ラセル。
「ラセル殿、大体あなた、しばらく顔を見せないと思ったらひょっこり現れて、挙句の果てには頼み事とは。それでは都合がよすぎませんか?」
アーリシアンを拾って育てていた十五年、確かにマリムとはほとんど会っていない。それ以前の頻繁さとかけ離れていたのは確かだ。
「お前は俺にとって都合のいいピグルだ。会いたい時にだけ、会う」
言い放つ。
「あっ、なんてことをっ! そんな、ピグルをピグルとも思わないような発言っ、許せませんぞっ」
よくわからない会話である。
「ねー、ラセルまだなのぉ?」
ひょい、と窓から顔を出したのはアーリシアン。ラセルに『顔を出すな』と言われたことなどすっかり忘れ、屈託のない笑顔で興味深そうに中を覗いている。パチ、と目が合った瞬間、マリムがあんぐりと口を開けた。
「……あっ、……あっ、」
窓を指差し、ラセルに視線を配る。ラセルは頭をかき、もう一度言った。
「預かってくれ」
マリムがやっとの思いで言葉を紡いだ。
「なんですかあれはっ」
「アーリシアンという」
「そそそ、そんなことを聞いているのではありませんっ。あれはっ、あれは精霊じゃないんですかっ? しかも彼女は成人しているっ。つまり奥方様ということだ。あなた、人のもん勝手に連れ出して一体どうするつもりなんですっ? まさか、繁殖を……、」
ゴンッ
ラセルがマリムの頭を殴った。
「ちっとはおとなしく俺の話を聞けよ」
なんとかマリムを落ちつかせ、アーリシアンも家の中へ入れる。彼女の姿を間近にしたマリムは口を半開きにし、ボーっと見とれるばかりである。確かに、彼女が部屋に上がり込んだだけで、まるで雰囲気が変わる。別の場所にいるのではないかと錯覚を起こすくらいだ。アーリシアンの持つ独特のオーラは、ほかの精霊たちと比べても格段上ではないかとラセルは思っていた。
「改めて紹介しよう。アーリシアンだ」
「はじめまして」
にこっ
クラッ
「おいおい、いちいち倒れるなよ」
ラセルが傍にあったコップを渡す。マリムは気を落ち着かせようとそれを口にした。
「マリム、実は彼女は……、」
「ラセルの妻ですっ」
「ぶっ、」
吐き出す。
「違うっ」
「違わないじゃない」
痴話げんかを始める二人を横目に、マリムはネジが外れたかのようなおかしな動きをしながら言葉を詰まらせた。
「……つつつつつつつ、」
マリムの頭の中では、こうなる経緯が鮮明なビジョンとして浮かび上がっていた。
『へっへっへ、可愛いな、お前』
『あ~れ~』
『おとなしくしろっ! さもないと丸ごと全部食っちまうぞ!』
『それだけは堪忍を~』
『それじゃあおとなしく俺の妻になれ。いいな?』
『そんな~。おとっつぁーん、おっかさーん』
『わめくんじゃねぇ。さぁて、それじゃ早速繁殖活動を、』
ゴインッ
ラセルが後ろから蹴りを入れた。
「全部口にする奴がいるかっ、阿保っ」
アーリシアンはキョトン、とその光景を眺めていた。前につんのめり、したたか顔を打ち付けたマリムが鼻を押さえて立ちあがる。
「ラセル殿、なんでまた精霊を連れてらっしゃるんで?」
「……つまり、経緯はこうだ」
「……だから、そういうことだ」
ラセルは真剣な目で相手を見据えた。しかし相手はその視線を故意に外し、明らかに避けている。しかしここで折れるわけにはいかないのが事実だ。ラセルは粘った。
「いくらラセル殿の頼みとはいえ、無理でございます」
相手は迷うことなく答えを返してきた。こんなにはっきり言い切られるとは思っていなかったラセルが焦る。
「断らないでくれ」
懇願しているのだが、態度は偉そうだ。
「お断りします」
一言一句、噛み締めるように繰り返す。
「頼むよ~、マリム」
続いて泣き落としへと移行する。
「駄目なものは駄目です。私の立場も考えてくださいよ、ラセル殿」
尤もだ。
マリムはこの深い森に住むピグルという種。主に小動物や魚などを捕り、暮らしている。ずんぐりむっくりの体型と褐色の肌が特徴だ。ラセルとは友人関係にある。異種同士での付合いは珍しいことで、つまりマリムもピグルという種の中では少々浮いた存在なのである。
「私はピグルですぞ? あなたとこうして会うだけだって命懸けなのに」
そう。
ピグルと魔物は、いわば狩る者と狩られる者であるわけだ。
魔物にはピグルを主食とする者達がいる。だからピグルは『魔』という存在自体を敵視しているし、恐れていた。そんな中、ラセルとマリムは縁あって友人という間柄。だが、他のピグル達からすればそんなこと理解できるはずもなく、マリムはラセルに利用され、いつかこのピグルの集落に魔が攻め入ってくるのではないか、という憶測があった。いつしかマリムは集落を追い出され、一人、森の奥深くで暮らしているのだ。
「ここで生活を始めて、早二十余年。村長もやっと誤解を認めて、村に戻れるかもしれないってのに……、」
「戻る?」
「そーですよ」
マリムはわざとらしく腕など組み、眉間にシワを寄せ、言った。
「そりゃ、確かにあなたと一緒にいて私は色々な知識を授かった。知らなかった真実を耳にし、成長したのは事実です。感謝こそすれ、迷惑だと感じたことなど微塵もない、しかぁぁし!」
ビッ、と人差し指を押し付ける。
「お年頃である私は村に帰って一刻も早く嫁を探したいのも事実。まさに今、繁殖真っ盛りなのでありますっ」
「あー……、」
興味なさそうに、ラセル。
「ラセル殿、大体あなた、しばらく顔を見せないと思ったらひょっこり現れて、挙句の果てには頼み事とは。それでは都合がよすぎませんか?」
アーリシアンを拾って育てていた十五年、確かにマリムとはほとんど会っていない。それ以前の頻繁さとかけ離れていたのは確かだ。
「お前は俺にとって都合のいいピグルだ。会いたい時にだけ、会う」
言い放つ。
「あっ、なんてことをっ! そんな、ピグルをピグルとも思わないような発言っ、許せませんぞっ」
よくわからない会話である。
「ねー、ラセルまだなのぉ?」
ひょい、と窓から顔を出したのはアーリシアン。ラセルに『顔を出すな』と言われたことなどすっかり忘れ、屈託のない笑顔で興味深そうに中を覗いている。パチ、と目が合った瞬間、マリムがあんぐりと口を開けた。
「……あっ、……あっ、」
窓を指差し、ラセルに視線を配る。ラセルは頭をかき、もう一度言った。
「預かってくれ」
マリムがやっとの思いで言葉を紡いだ。
「なんですかあれはっ」
「アーリシアンという」
「そそそ、そんなことを聞いているのではありませんっ。あれはっ、あれは精霊じゃないんですかっ? しかも彼女は成人しているっ。つまり奥方様ということだ。あなた、人のもん勝手に連れ出して一体どうするつもりなんですっ? まさか、繁殖を……、」
ゴンッ
ラセルがマリムの頭を殴った。
「ちっとはおとなしく俺の話を聞けよ」
なんとかマリムを落ちつかせ、アーリシアンも家の中へ入れる。彼女の姿を間近にしたマリムは口を半開きにし、ボーっと見とれるばかりである。確かに、彼女が部屋に上がり込んだだけで、まるで雰囲気が変わる。別の場所にいるのではないかと錯覚を起こすくらいだ。アーリシアンの持つ独特のオーラは、ほかの精霊たちと比べても格段上ではないかとラセルは思っていた。
「改めて紹介しよう。アーリシアンだ」
「はじめまして」
にこっ
クラッ
「おいおい、いちいち倒れるなよ」
ラセルが傍にあったコップを渡す。マリムは気を落ち着かせようとそれを口にした。
「マリム、実は彼女は……、」
「ラセルの妻ですっ」
「ぶっ、」
吐き出す。
「違うっ」
「違わないじゃない」
痴話げんかを始める二人を横目に、マリムはネジが外れたかのようなおかしな動きをしながら言葉を詰まらせた。
「……つつつつつつつ、」
マリムの頭の中では、こうなる経緯が鮮明なビジョンとして浮かび上がっていた。
『へっへっへ、可愛いな、お前』
『あ~れ~』
『おとなしくしろっ! さもないと丸ごと全部食っちまうぞ!』
『それだけは堪忍を~』
『それじゃあおとなしく俺の妻になれ。いいな?』
『そんな~。おとっつぁーん、おっかさーん』
『わめくんじゃねぇ。さぁて、それじゃ早速繁殖活動を、』
ゴインッ
ラセルが後ろから蹴りを入れた。
「全部口にする奴がいるかっ、阿保っ」
アーリシアンはキョトン、とその光景を眺めていた。前につんのめり、したたか顔を打ち付けたマリムが鼻を押さえて立ちあがる。
「ラセル殿、なんでまた精霊を連れてらっしゃるんで?」
「……つまり、経緯はこうだ」
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