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プロローグ

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(この子を残して、私は死んでしまうの?)

 遠ざかる意識の中、フィヤーナは最後の力を振り絞り、境界線を越えた。
 産卵の為訪れた、精霊たちの聖地。
 他の種が足を踏み入れることが出来ないこの聖地を、彼女は今、出ようとしているのだ。それはすなわち、死を意味する。が、同時にそれは彼女にとって可能性でもあった。

(私が死んだら、この子は生きられない)

 精霊は同種の子を育てることはない。他人の子には愛情の欠片も感じないからだ。いくらどんなに頼んだとしても、他人の子供を預かってくれるということは有り得なかった。

 だから、

 産み落とした卵。
 命が、もうすぐ生まれ出でるというのに、元々体の弱かった自分には、命の誕生に立ち会うだけの力が残されてはいない。けれど、最期まで、諦めるわけにはいかない!

 フィヤーナは聖地の外に……危険ばかりが待つ汚れた地に希望を抱いた。万に一つの可能性でもいい、この子を預かってくれる……育ててくれる誰かがいるかもしれないのだ。この子を託せる、誰かが。

「お願い……誰か」

 聖地を出た途端、苦しみは二倍になる。地上の空気は汚れ、腐っている。残り少ないフィヤーナの命を、更に縮めてゆく。

「……この子を…誰か」

 大切に抱えた卵。もうすぐ、孵化してしまう。その前に誰かを探さなければ。そしてこの子を、託さなければ。フィヤーナは必死だった。羽根を精一杯ばたつかせ、よろよろとした足取りで歩く。もうその羽根で飛ぶことなど出来なくなっていたのだ。
 夜の闇の中、聞こえてくるのは獣の遠吠えだけ。このままでは自らの屍が獣を呼び寄せてしまうだろう。そして生まれ来るはずの命も、獣の餌となってしまうだろう。まだ、死ねない。別の種に、誰かに出会うまでは、まだ……。

「……なんだ?」

 頭上より、声が聞こえる。フィヤーナは一気に体に力がみなぎるのを感じた。出会えたのだ。別の種に。ほんのわずかな可能性に。あとはこの子を託すだけ……。

「お願い……この子を…アーリシアンを、」

 顔を上げ、相手の姿を見たフィヤーナは驚きを隠せなかった。そこに立っていたのは精霊たちが最も忌み嫌う種の者だったのだから。闇の中に身を潜めて生きる、野蛮で暴力的な種族。可能性を見出せたと思ったのもつかの間、フィヤーナは再び絶望の淵へと追いやられていた。

(……もう、終わりだわ)

 懐に抱いた卵を見る。もうすぐ、孵化してしまう。あの人の、子供。いつも愛してやまない、あの人の……。

「おい、何だよ? なんで精霊が聖地を出てこんなところへ……、って、おい!」

 フィヤーナは力尽きていた。
 何度呼びかけられても、その瞳を開くことはなかったのである。その胸に、愛しいわが子を抱いたままで……。
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