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ルーツ
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「なん……だって?」
リオンが手にしたカップを置き、聞き返す。
「いや、昔の話だよ? そんなに驚くことじゃない」
手をひらひらさせ、ナダがおどけた。
「でも……、」
エルフィは深刻そうに俯く。
「あのさ、人型の魔物がいた頃の話は知ってるだろ?」
「まぁ、本で読んではいる」
「私もです」
何百年も昔の話だ。
今よりずっと、魔物の数も多く、凶暴性も高かった時代。その頃は人型の魔物も存在していた。人間対魔物、という構図も今より明確で、捕縛師というのはその頃に活躍した特殊スキルを持つ者だ。
「力の強い魔物は、派閥や縄張り争いで共倒れしたり、人間たちからの討伐でその数を減らしていった。私のような捕縛師が捕えたりもしたしね。でも、人型の魔物がいなくなった理由はそれだけじゃない。わかるかい?」
訊ねられ、二人は同時に首を振る。
「その血を少しずつ薄めていったのさ」
リオンが、はっと息を呑んだ。薄まる、血。
「そういうことかっ」
「そう。純血が減っていった。魔物たちは人間との共存を選んだ。人と関係していくうちに、魔物も人間も同じ生き物になっていった」
長い、長い時間をかけて。
「では、私は……、」
「そう。魔物の血を受け継いでるんだと思うよ。だからって、なにがあるわけでもないんだけど。エルフィの母親はもしかしたら自分のルーツを知っていたのかもね。赤い髪の仮面の一族はとても強い剣士の一族だったんだ」
「なるほど」
腕を組み、リオンが頷いた。
「確かにエルフィは強い。女だてらに冒険者で、しかもA級だ。才能ってことなんだな」
「魔剣を使いこなせてるってのもその証拠だ」
「え?」
「魔剣、って」
それは捕縛師が作る特別な武器。
力の強い魔物を捕縛し、剣に封印して作り出す、使い手の限られたもの。
「あ、あの違和感って!」
剣を手にしたときの感覚を思い出し、叫ぶ。
「うん。あの長剣には魔物の力が宿っているからね。あれを使いこなすって、多分普通の人にはできないと思う」
わからないではない。
妙な高揚感や、湧き上がってくる力は特別なものだったのだ。
「でもっ、でも兄にはそんな感じはまるでないんですよ?」
同じ兄妹なのに。
「遺伝は平等じゃないからね。エルフィにだけ色濃く出たってことだろう。その仮面はね、力を増幅させる呪《まじな》いがなされてるって聞いたことがある。お守りとしての護符の役割もしてる」
テーブルに置かれた面を見る。まさかそんな秘密が隠されていたなんて、まったく知らなかったのだ。
「で、ここからが本題だ」
テーブルの上で手を組み、グッと顔を寄せ、二人の顔を交互に見遣る。
「エルフィは剣士として素質も実力も充分にある。リオンはドラゴンテイマーだ。それもまた、今の世ではすごい力だと思う。君たち二人になら、託せるかもしれない。あの男のことを」
「……あの男、って、誰だ?」
リオンが眉間に皺を寄せる。
「それはね……、」
*****
それから三日間、エルフィはナダの下、剣術の稽古に励んだ。リオンは成長したアディを連れ、森の中に。主に食用の肉の調達と、アディの調教のためである。
「それにしてもアディ、大きくなったなぁ」
首元を撫でると、ブラックドッグを優に超える大きさになったアディが気持ちよさそうに目を閉じる。
赤竜の生態についての文献は読んでいる。だが、竜について詳しく明記されているものはあまりないのが現状だ。というのも、竜はそう簡単にテイムできるものではないし、生きたまま捕えることが出来たとしても飼育が難しい。死んでしまえば魔石に変わってしまうため、その亡骸も手に入らないからだ。
「あ、そういうことか?」
ふと、ナダの言葉を思い出す。この森はある一定以上の力を持つ魔物にとってはパワースポットだと言っていた。ある一定以上の力とは……魔石になる魔物か、それ以下かの違いなのかもしれない。
死んだときに魔石になる魔物というのは、あまり多くない。今では竜を含め、数十種くらいだろう。地竜などはダンジョン内に今でも生息しているが、あとの種はよほどの危険地帯か、限られた場所にしかいない生き物だ。
昔、この辺りに暮らしていた魔物とは、どれだけ力のある種だったのだろう。更に人型の魔というのは、想像を絶するほどにずば抜けた力を擁していたに違いない。
「よし、アディ。今日の夕飯を狩りに行くぞ。お腹を空かせて待っているエルフィのためにも、たくさん獲って帰ろうな!」
パシパシ、と背中を軽く叩くと、森を進む。ナダから聞いた狩りスポットをうろつくと、すぐに獲物が現れた。
「シルバーピッグだ。アディ、いけるか?」
リオンの言葉に、アディが動く。
クルルルァ~
声を上げると同時に口から火球を放つ。見事、シルバーピッグを仕留めた。
「早っ!」
逃げる隙さえ与えない早業だ。
「この調子でいけば、夕飯どころか何日分でも食材確保できそうだな」
仕留めたシルバーピッグをそのままにもしておけないので、シアヴィルドに運搬を頼む。
クルルァ~
翼をばたつかせ、アディが森の奥を見遣る。
「ん? どうした?」
クルルアッ クルルアッ
鳴きながら奥へと、飛ぶ。
「おい、アディ?」
誘導されるまま、リオンも、奥へ。
「どこまで行くんだ?」
森は深く、終わりが見えない。途中、ツノウサギやクリスタルホーンもいたがアディは構わず進む。
しばらく行くと、森が開けた場所に出る。そこだけ陽が差しており、明るい。円形に開けたその場所には小さな泉が湧き出ている。
「おお、なんだここ?」
アディは泉まで飛ぶと、その畔に降りる。そっと泉の中を覗き込む。
「ん? 喉が渇いたのか?」
リオンが近付き、泉の中を覗く。
「……これって」
泉の水はとても澄んでいる。水底までがはっきりと見えるほどに。
そしてその泉には、ナダが話していた『あるもの』が沈んでいたのだった。
リオンが手にしたカップを置き、聞き返す。
「いや、昔の話だよ? そんなに驚くことじゃない」
手をひらひらさせ、ナダがおどけた。
「でも……、」
エルフィは深刻そうに俯く。
「あのさ、人型の魔物がいた頃の話は知ってるだろ?」
「まぁ、本で読んではいる」
「私もです」
何百年も昔の話だ。
今よりずっと、魔物の数も多く、凶暴性も高かった時代。その頃は人型の魔物も存在していた。人間対魔物、という構図も今より明確で、捕縛師というのはその頃に活躍した特殊スキルを持つ者だ。
「力の強い魔物は、派閥や縄張り争いで共倒れしたり、人間たちからの討伐でその数を減らしていった。私のような捕縛師が捕えたりもしたしね。でも、人型の魔物がいなくなった理由はそれだけじゃない。わかるかい?」
訊ねられ、二人は同時に首を振る。
「その血を少しずつ薄めていったのさ」
リオンが、はっと息を呑んだ。薄まる、血。
「そういうことかっ」
「そう。純血が減っていった。魔物たちは人間との共存を選んだ。人と関係していくうちに、魔物も人間も同じ生き物になっていった」
長い、長い時間をかけて。
「では、私は……、」
「そう。魔物の血を受け継いでるんだと思うよ。だからって、なにがあるわけでもないんだけど。エルフィの母親はもしかしたら自分のルーツを知っていたのかもね。赤い髪の仮面の一族はとても強い剣士の一族だったんだ」
「なるほど」
腕を組み、リオンが頷いた。
「確かにエルフィは強い。女だてらに冒険者で、しかもA級だ。才能ってことなんだな」
「魔剣を使いこなせてるってのもその証拠だ」
「え?」
「魔剣、って」
それは捕縛師が作る特別な武器。
力の強い魔物を捕縛し、剣に封印して作り出す、使い手の限られたもの。
「あ、あの違和感って!」
剣を手にしたときの感覚を思い出し、叫ぶ。
「うん。あの長剣には魔物の力が宿っているからね。あれを使いこなすって、多分普通の人にはできないと思う」
わからないではない。
妙な高揚感や、湧き上がってくる力は特別なものだったのだ。
「でもっ、でも兄にはそんな感じはまるでないんですよ?」
同じ兄妹なのに。
「遺伝は平等じゃないからね。エルフィにだけ色濃く出たってことだろう。その仮面はね、力を増幅させる呪《まじな》いがなされてるって聞いたことがある。お守りとしての護符の役割もしてる」
テーブルに置かれた面を見る。まさかそんな秘密が隠されていたなんて、まったく知らなかったのだ。
「で、ここからが本題だ」
テーブルの上で手を組み、グッと顔を寄せ、二人の顔を交互に見遣る。
「エルフィは剣士として素質も実力も充分にある。リオンはドラゴンテイマーだ。それもまた、今の世ではすごい力だと思う。君たち二人になら、託せるかもしれない。あの男のことを」
「……あの男、って、誰だ?」
リオンが眉間に皺を寄せる。
「それはね……、」
*****
それから三日間、エルフィはナダの下、剣術の稽古に励んだ。リオンは成長したアディを連れ、森の中に。主に食用の肉の調達と、アディの調教のためである。
「それにしてもアディ、大きくなったなぁ」
首元を撫でると、ブラックドッグを優に超える大きさになったアディが気持ちよさそうに目を閉じる。
赤竜の生態についての文献は読んでいる。だが、竜について詳しく明記されているものはあまりないのが現状だ。というのも、竜はそう簡単にテイムできるものではないし、生きたまま捕えることが出来たとしても飼育が難しい。死んでしまえば魔石に変わってしまうため、その亡骸も手に入らないからだ。
「あ、そういうことか?」
ふと、ナダの言葉を思い出す。この森はある一定以上の力を持つ魔物にとってはパワースポットだと言っていた。ある一定以上の力とは……魔石になる魔物か、それ以下かの違いなのかもしれない。
死んだときに魔石になる魔物というのは、あまり多くない。今では竜を含め、数十種くらいだろう。地竜などはダンジョン内に今でも生息しているが、あとの種はよほどの危険地帯か、限られた場所にしかいない生き物だ。
昔、この辺りに暮らしていた魔物とは、どれだけ力のある種だったのだろう。更に人型の魔というのは、想像を絶するほどにずば抜けた力を擁していたに違いない。
「よし、アディ。今日の夕飯を狩りに行くぞ。お腹を空かせて待っているエルフィのためにも、たくさん獲って帰ろうな!」
パシパシ、と背中を軽く叩くと、森を進む。ナダから聞いた狩りスポットをうろつくと、すぐに獲物が現れた。
「シルバーピッグだ。アディ、いけるか?」
リオンの言葉に、アディが動く。
クルルルァ~
声を上げると同時に口から火球を放つ。見事、シルバーピッグを仕留めた。
「早っ!」
逃げる隙さえ与えない早業だ。
「この調子でいけば、夕飯どころか何日分でも食材確保できそうだな」
仕留めたシルバーピッグをそのままにもしておけないので、シアヴィルドに運搬を頼む。
クルルァ~
翼をばたつかせ、アディが森の奥を見遣る。
「ん? どうした?」
クルルアッ クルルアッ
鳴きながら奥へと、飛ぶ。
「おい、アディ?」
誘導されるまま、リオンも、奥へ。
「どこまで行くんだ?」
森は深く、終わりが見えない。途中、ツノウサギやクリスタルホーンもいたがアディは構わず進む。
しばらく行くと、森が開けた場所に出る。そこだけ陽が差しており、明るい。円形に開けたその場所には小さな泉が湧き出ている。
「おお、なんだここ?」
アディは泉まで飛ぶと、その畔に降りる。そっと泉の中を覗き込む。
「ん? 喉が渇いたのか?」
リオンが近付き、泉の中を覗く。
「……これって」
泉の水はとても澄んでいる。水底までがはっきりと見えるほどに。
そしてその泉には、ナダが話していた『あるもの』が沈んでいたのだった。
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