8 / 19
森の鍛冶屋
しおりを挟む
煙の流れる方向を目指すにしたがって、音が聞こえ始める。カーンカーンという、何かを叩くような音だ。
「なんの音なんだ?」
煙は、どうやら煙突から上がっているようだった。そこには小さな小屋があり、誰かがいることは間違いないようだ。
「すみません、誰かいますか?」
小屋に向かって声を掛ける。と、カーンという音が止まり、しばらくの間。そしてドアが開く。
現れたのは、およそこの場に似つかわしくない、驚くほど美しい女性だった。年の頃は二十代後半くらいか。妖艶な、と言ってもいいくらいの色気を纏った女性。長い黒髪を無造作に後ろで結んでいる。服装はその美しさに似つかわしくないような作業着である。
「驚いたな。こんなところで何をしているんだ、お前たち」
その女性は心底驚いた顔で二人を見た。それから、リオンの後ろに鎮座するブラックドッグを。
「こんなところにブラックドッグ?」
「あ、俺の相棒でシアヴィルドです」
慌ててリオンが説明を入れる。
「……あんた、テイマーか」
「はい」
「なるほどな」
小さく頷くと、今度はチラ、とエルフィを見た。そして、
「こっちのお嬢さんは剣士か。しかもなかなかの腕前だな?」
ニヤ、と意味深な笑みをこぼす。
「え? どうして……」
戸惑う二人を他所に、周りを見る。
「霧? いつの間に……。ドラゴンでも出たのか?」
独り言のように呟く。
「えっ?」
リオンがその言葉に反応した。
「ドラゴンって……この霧はドラゴンと関係があるんですかっ?」
「なんだ急に。まぁいいさ。立ち話もなんだし、中へ」
そう言って中に入るよう促す。二人は顔を見合わせ、小屋の中へと入っていった。
中は住居と工房のようだ。そしてさっきの音の正体もわかった。
「……鍛冶屋?」
女性の鍛治職人は珍しい。しかもこんな森の奥でたった一人。おまけに驚くほど美人なのだ。人間離れしているほどに。
テーブルにはシチューと果実酒。余りものだが、とふるまってもらったのだ。正直空腹だった二人は遠慮なくいただくことにする。
「シアにまで、ありがとうございます」
シアは保存用の干し肉をもらい、美味しそうに頬張っていた。
「色々疑問もあるだろうが、まずはこっちの質問に答えてくれ。あの霧はいつから?」
女性は名をナダ、と名乗った。本当の名は長すぎるから、と笑う。
「霧は、私たちが森に入ってしばらくしてからです。もう、二日は経ってます」
「ああ、アディがいなくなって、」
「アディ?」
「赤竜の子で、名前はアディリアシルだ」
「……お前、ドラゴンテイマーなのか?」
「ええ、孵化したのは最近ですが」
「なるほどな」
リオンの話を聞き、何かを納得したように頷くナダ。
「この森はね、ちょっと変わった場所なんだ。特に力を持つ魔物にとっては」
足を組み、遠い目をする。
「昔、まだ人型の魔物がいた時代、この森には沢山の魔族が住んでいてね。ある特殊な結界で守られていた。その名残が今でもあるんだろうな。力の強い魔物には刺激が強いみたいでね」
「刺激?」
「結界の中は澄んでいる。あるレベル以上の魔物には、ここはパワースポットみたいになるんだよ。今まで使えなかった力が使えるようになったり、普段より元気になったり。急成長したり、色々ね」
「でも、シアは、」
干し肉を食べ終わって眠ってしまったシアヴィルドを見る。普段と変わらないどころか、鼻が利かなくなってしまったのだ。
「言ったろ? あるレベル以上、って。ブラックドッグでは満たされないレベルだよ。ああ、これ、個体の話じゃなくて、種族の話ね」
いぶかしむリオンに、ナダが説明を加える。
「じゃ、アディは」
「そうだね。赤竜なら、結界の中に入ったことで元気になっちゃったんだろうな。この霧は竜が使う『ミスト』だしね。他の魔物たちの力を封じて、迷わせるためのものだ」
なるほど。だからシアは鼻をやられ、魔法陣が描けなく……って、今の話が本当なら、
「この霧の犯人はアディなのかっ?」
リオンが立ち上がる。
「まぁ、落ち着きなって」
ナダがトントン、と指先でテーブルを叩き、無言で『座れ』と要求した。リオンがそれに従う。
「じゃ、俺からも質問、いいか?」
リオンが指を組んだ手の上に顎を乗せた。
「ナダは、なんでこんな山の中に一人で? 鍛冶屋っぽいけど、きっとただの鍛冶屋じゃない。でしょ?」
「なかなかいい質問だ。確かに私はただの鍛冶屋ではない。捕縛師《ほばくし》の末裔だ。今では絶滅危惧種だろうが」
「捕縛師?」
エルフィがリオンを見て首を傾げる。
「ああ、俺も話でしか知らないな。昔、魔物を武器に閉じ込めることが出来る鍛冶屋がいたって話だ。お伽噺だと思ってた」
「おや、博識だね。その通りだ。今ではもう、捕らえるべき強い魔物がほとんど存在しないから、商売あがったりなんだけどね」
クスクスと妖艶に笑う。
「魔剣、っていうやつですか?」
少し食い気味に、エルフィ。
「あ、エルフィは剣士だもんな。剣に興味あるんだね」
「はい!」
興奮して立ちあがる。と、懐に入れていた仮面が落ちる。
「おっと、」
思わず男口調で受け取るエルフィ。どうも仮面を見ると、無意識に脳が男性モードに切り替わるようだ。
「ちょ、それ!」
片手でキャッチした仮面を、何故かナダが心底驚いた顔で指をさした。
「これ?」
エルフィが手渡すと、大切そうに手に取り、まじまじと見つめる。
「これは、エルフィの?」
「そう……ですが」
エルフィをじっと見つめ、また、仮面に視線を落とす。
「そっか。君たちがここへ来たのは偶然じゃないのかもしれないな」
ぽつり、とそう言い、更に
「ちょっと、外に出てもらえるかな?」
仮面を差し出し、微笑んだ。
「なんの音なんだ?」
煙は、どうやら煙突から上がっているようだった。そこには小さな小屋があり、誰かがいることは間違いないようだ。
「すみません、誰かいますか?」
小屋に向かって声を掛ける。と、カーンという音が止まり、しばらくの間。そしてドアが開く。
現れたのは、およそこの場に似つかわしくない、驚くほど美しい女性だった。年の頃は二十代後半くらいか。妖艶な、と言ってもいいくらいの色気を纏った女性。長い黒髪を無造作に後ろで結んでいる。服装はその美しさに似つかわしくないような作業着である。
「驚いたな。こんなところで何をしているんだ、お前たち」
その女性は心底驚いた顔で二人を見た。それから、リオンの後ろに鎮座するブラックドッグを。
「こんなところにブラックドッグ?」
「あ、俺の相棒でシアヴィルドです」
慌ててリオンが説明を入れる。
「……あんた、テイマーか」
「はい」
「なるほどな」
小さく頷くと、今度はチラ、とエルフィを見た。そして、
「こっちのお嬢さんは剣士か。しかもなかなかの腕前だな?」
ニヤ、と意味深な笑みをこぼす。
「え? どうして……」
戸惑う二人を他所に、周りを見る。
「霧? いつの間に……。ドラゴンでも出たのか?」
独り言のように呟く。
「えっ?」
リオンがその言葉に反応した。
「ドラゴンって……この霧はドラゴンと関係があるんですかっ?」
「なんだ急に。まぁいいさ。立ち話もなんだし、中へ」
そう言って中に入るよう促す。二人は顔を見合わせ、小屋の中へと入っていった。
中は住居と工房のようだ。そしてさっきの音の正体もわかった。
「……鍛冶屋?」
女性の鍛治職人は珍しい。しかもこんな森の奥でたった一人。おまけに驚くほど美人なのだ。人間離れしているほどに。
テーブルにはシチューと果実酒。余りものだが、とふるまってもらったのだ。正直空腹だった二人は遠慮なくいただくことにする。
「シアにまで、ありがとうございます」
シアは保存用の干し肉をもらい、美味しそうに頬張っていた。
「色々疑問もあるだろうが、まずはこっちの質問に答えてくれ。あの霧はいつから?」
女性は名をナダ、と名乗った。本当の名は長すぎるから、と笑う。
「霧は、私たちが森に入ってしばらくしてからです。もう、二日は経ってます」
「ああ、アディがいなくなって、」
「アディ?」
「赤竜の子で、名前はアディリアシルだ」
「……お前、ドラゴンテイマーなのか?」
「ええ、孵化したのは最近ですが」
「なるほどな」
リオンの話を聞き、何かを納得したように頷くナダ。
「この森はね、ちょっと変わった場所なんだ。特に力を持つ魔物にとっては」
足を組み、遠い目をする。
「昔、まだ人型の魔物がいた時代、この森には沢山の魔族が住んでいてね。ある特殊な結界で守られていた。その名残が今でもあるんだろうな。力の強い魔物には刺激が強いみたいでね」
「刺激?」
「結界の中は澄んでいる。あるレベル以上の魔物には、ここはパワースポットみたいになるんだよ。今まで使えなかった力が使えるようになったり、普段より元気になったり。急成長したり、色々ね」
「でも、シアは、」
干し肉を食べ終わって眠ってしまったシアヴィルドを見る。普段と変わらないどころか、鼻が利かなくなってしまったのだ。
「言ったろ? あるレベル以上、って。ブラックドッグでは満たされないレベルだよ。ああ、これ、個体の話じゃなくて、種族の話ね」
いぶかしむリオンに、ナダが説明を加える。
「じゃ、アディは」
「そうだね。赤竜なら、結界の中に入ったことで元気になっちゃったんだろうな。この霧は竜が使う『ミスト』だしね。他の魔物たちの力を封じて、迷わせるためのものだ」
なるほど。だからシアは鼻をやられ、魔法陣が描けなく……って、今の話が本当なら、
「この霧の犯人はアディなのかっ?」
リオンが立ち上がる。
「まぁ、落ち着きなって」
ナダがトントン、と指先でテーブルを叩き、無言で『座れ』と要求した。リオンがそれに従う。
「じゃ、俺からも質問、いいか?」
リオンが指を組んだ手の上に顎を乗せた。
「ナダは、なんでこんな山の中に一人で? 鍛冶屋っぽいけど、きっとただの鍛冶屋じゃない。でしょ?」
「なかなかいい質問だ。確かに私はただの鍛冶屋ではない。捕縛師《ほばくし》の末裔だ。今では絶滅危惧種だろうが」
「捕縛師?」
エルフィがリオンを見て首を傾げる。
「ああ、俺も話でしか知らないな。昔、魔物を武器に閉じ込めることが出来る鍛冶屋がいたって話だ。お伽噺だと思ってた」
「おや、博識だね。その通りだ。今ではもう、捕らえるべき強い魔物がほとんど存在しないから、商売あがったりなんだけどね」
クスクスと妖艶に笑う。
「魔剣、っていうやつですか?」
少し食い気味に、エルフィ。
「あ、エルフィは剣士だもんな。剣に興味あるんだね」
「はい!」
興奮して立ちあがる。と、懐に入れていた仮面が落ちる。
「おっと、」
思わず男口調で受け取るエルフィ。どうも仮面を見ると、無意識に脳が男性モードに切り替わるようだ。
「ちょ、それ!」
片手でキャッチした仮面を、何故かナダが心底驚いた顔で指をさした。
「これ?」
エルフィが手渡すと、大切そうに手に取り、まじまじと見つめる。
「これは、エルフィの?」
「そう……ですが」
エルフィをじっと見つめ、また、仮面に視線を落とす。
「そっか。君たちがここへ来たのは偶然じゃないのかもしれないな」
ぽつり、とそう言い、更に
「ちょっと、外に出てもらえるかな?」
仮面を差し出し、微笑んだ。
10
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル
ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。
しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。
甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。
2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のルナリス伯爵家にミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる