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森の鍛冶屋
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煙の流れる方向を目指すにしたがって、音が聞こえ始める。カーンカーンという、何かを叩くような音だ。
「なんの音なんだ?」
煙は、どうやら煙突から上がっているようだった。そこには小さな小屋があり、誰かがいることは間違いないようだ。
「すみません、誰かいますか?」
小屋に向かって声を掛ける。と、カーンという音が止まり、しばらくの間。そしてドアが開く。
現れたのは、およそこの場に似つかわしくない、驚くほど美しい女性だった。年の頃は二十代後半くらいか。妖艶な、と言ってもいいくらいの色気を纏った女性。長い黒髪を無造作に後ろで結んでいる。服装はその美しさに似つかわしくないような作業着である。
「驚いたな。こんなところで何をしているんだ、お前たち」
その女性は心底驚いた顔で二人を見た。それから、リオンの後ろに鎮座するブラックドッグを。
「こんなところにブラックドッグ?」
「あ、俺の相棒でシアヴィルドです」
慌ててリオンが説明を入れる。
「……あんた、テイマーか」
「はい」
「なるほどな」
小さく頷くと、今度はチラ、とエルフィを見た。そして、
「こっちのお嬢さんは剣士か。しかもなかなかの腕前だな?」
ニヤ、と意味深な笑みをこぼす。
「え? どうして……」
戸惑う二人を他所に、周りを見る。
「霧? いつの間に……。ドラゴンでも出たのか?」
独り言のように呟く。
「えっ?」
リオンがその言葉に反応した。
「ドラゴンって……この霧はドラゴンと関係があるんですかっ?」
「なんだ急に。まぁいいさ。立ち話もなんだし、中へ」
そう言って中に入るよう促す。二人は顔を見合わせ、小屋の中へと入っていった。
中は住居と工房のようだ。そしてさっきの音の正体もわかった。
「……鍛冶屋?」
女性の鍛治職人は珍しい。しかもこんな森の奥でたった一人。おまけに驚くほど美人なのだ。人間離れしているほどに。
テーブルにはシチューと果実酒。余りものだが、とふるまってもらったのだ。正直空腹だった二人は遠慮なくいただくことにする。
「シアにまで、ありがとうございます」
シアは保存用の干し肉をもらい、美味しそうに頬張っていた。
「色々疑問もあるだろうが、まずはこっちの質問に答えてくれ。あの霧はいつから?」
女性は名をナダ、と名乗った。本当の名は長すぎるから、と笑う。
「霧は、私たちが森に入ってしばらくしてからです。もう、二日は経ってます」
「ああ、アディがいなくなって、」
「アディ?」
「赤竜の子で、名前はアディリアシルだ」
「……お前、ドラゴンテイマーなのか?」
「ええ、孵化したのは最近ですが」
「なるほどな」
リオンの話を聞き、何かを納得したように頷くナダ。
「この森はね、ちょっと変わった場所なんだ。特に力を持つ魔物にとっては」
足を組み、遠い目をする。
「昔、まだ人型の魔物がいた時代、この森には沢山の魔族が住んでいてね。ある特殊な結界で守られていた。その名残が今でもあるんだろうな。力の強い魔物には刺激が強いみたいでね」
「刺激?」
「結界の中は澄んでいる。あるレベル以上の魔物には、ここはパワースポットみたいになるんだよ。今まで使えなかった力が使えるようになったり、普段より元気になったり。急成長したり、色々ね」
「でも、シアは、」
干し肉を食べ終わって眠ってしまったシアヴィルドを見る。普段と変わらないどころか、鼻が利かなくなってしまったのだ。
「言ったろ? あるレベル以上、って。ブラックドッグでは満たされないレベルだよ。ああ、これ、個体の話じゃなくて、種族の話ね」
いぶかしむリオンに、ナダが説明を加える。
「じゃ、アディは」
「そうだね。赤竜なら、結界の中に入ったことで元気になっちゃったんだろうな。この霧は竜が使う『ミスト』だしね。他の魔物たちの力を封じて、迷わせるためのものだ」
なるほど。だからシアは鼻をやられ、魔法陣が描けなく……って、今の話が本当なら、
「この霧の犯人はアディなのかっ?」
リオンが立ち上がる。
「まぁ、落ち着きなって」
ナダがトントン、と指先でテーブルを叩き、無言で『座れ』と要求した。リオンがそれに従う。
「じゃ、俺からも質問、いいか?」
リオンが指を組んだ手の上に顎を乗せた。
「ナダは、なんでこんな山の中に一人で? 鍛冶屋っぽいけど、きっとただの鍛冶屋じゃない。でしょ?」
「なかなかいい質問だ。確かに私はただの鍛冶屋ではない。捕縛師《ほばくし》の末裔だ。今では絶滅危惧種だろうが」
「捕縛師?」
エルフィがリオンを見て首を傾げる。
「ああ、俺も話でしか知らないな。昔、魔物を武器に閉じ込めることが出来る鍛冶屋がいたって話だ。お伽噺だと思ってた」
「おや、博識だね。その通りだ。今ではもう、捕らえるべき強い魔物がほとんど存在しないから、商売あがったりなんだけどね」
クスクスと妖艶に笑う。
「魔剣、っていうやつですか?」
少し食い気味に、エルフィ。
「あ、エルフィは剣士だもんな。剣に興味あるんだね」
「はい!」
興奮して立ちあがる。と、懐に入れていた仮面が落ちる。
「おっと、」
思わず男口調で受け取るエルフィ。どうも仮面を見ると、無意識に脳が男性モードに切り替わるようだ。
「ちょ、それ!」
片手でキャッチした仮面を、何故かナダが心底驚いた顔で指をさした。
「これ?」
エルフィが手渡すと、大切そうに手に取り、まじまじと見つめる。
「これは、エルフィの?」
「そう……ですが」
エルフィをじっと見つめ、また、仮面に視線を落とす。
「そっか。君たちがここへ来たのは偶然じゃないのかもしれないな」
ぽつり、とそう言い、更に
「ちょっと、外に出てもらえるかな?」
仮面を差し出し、微笑んだ。
「なんの音なんだ?」
煙は、どうやら煙突から上がっているようだった。そこには小さな小屋があり、誰かがいることは間違いないようだ。
「すみません、誰かいますか?」
小屋に向かって声を掛ける。と、カーンという音が止まり、しばらくの間。そしてドアが開く。
現れたのは、およそこの場に似つかわしくない、驚くほど美しい女性だった。年の頃は二十代後半くらいか。妖艶な、と言ってもいいくらいの色気を纏った女性。長い黒髪を無造作に後ろで結んでいる。服装はその美しさに似つかわしくないような作業着である。
「驚いたな。こんなところで何をしているんだ、お前たち」
その女性は心底驚いた顔で二人を見た。それから、リオンの後ろに鎮座するブラックドッグを。
「こんなところにブラックドッグ?」
「あ、俺の相棒でシアヴィルドです」
慌ててリオンが説明を入れる。
「……あんた、テイマーか」
「はい」
「なるほどな」
小さく頷くと、今度はチラ、とエルフィを見た。そして、
「こっちのお嬢さんは剣士か。しかもなかなかの腕前だな?」
ニヤ、と意味深な笑みをこぼす。
「え? どうして……」
戸惑う二人を他所に、周りを見る。
「霧? いつの間に……。ドラゴンでも出たのか?」
独り言のように呟く。
「えっ?」
リオンがその言葉に反応した。
「ドラゴンって……この霧はドラゴンと関係があるんですかっ?」
「なんだ急に。まぁいいさ。立ち話もなんだし、中へ」
そう言って中に入るよう促す。二人は顔を見合わせ、小屋の中へと入っていった。
中は住居と工房のようだ。そしてさっきの音の正体もわかった。
「……鍛冶屋?」
女性の鍛治職人は珍しい。しかもこんな森の奥でたった一人。おまけに驚くほど美人なのだ。人間離れしているほどに。
テーブルにはシチューと果実酒。余りものだが、とふるまってもらったのだ。正直空腹だった二人は遠慮なくいただくことにする。
「シアにまで、ありがとうございます」
シアは保存用の干し肉をもらい、美味しそうに頬張っていた。
「色々疑問もあるだろうが、まずはこっちの質問に答えてくれ。あの霧はいつから?」
女性は名をナダ、と名乗った。本当の名は長すぎるから、と笑う。
「霧は、私たちが森に入ってしばらくしてからです。もう、二日は経ってます」
「ああ、アディがいなくなって、」
「アディ?」
「赤竜の子で、名前はアディリアシルだ」
「……お前、ドラゴンテイマーなのか?」
「ええ、孵化したのは最近ですが」
「なるほどな」
リオンの話を聞き、何かを納得したように頷くナダ。
「この森はね、ちょっと変わった場所なんだ。特に力を持つ魔物にとっては」
足を組み、遠い目をする。
「昔、まだ人型の魔物がいた時代、この森には沢山の魔族が住んでいてね。ある特殊な結界で守られていた。その名残が今でもあるんだろうな。力の強い魔物には刺激が強いみたいでね」
「刺激?」
「結界の中は澄んでいる。あるレベル以上の魔物には、ここはパワースポットみたいになるんだよ。今まで使えなかった力が使えるようになったり、普段より元気になったり。急成長したり、色々ね」
「でも、シアは、」
干し肉を食べ終わって眠ってしまったシアヴィルドを見る。普段と変わらないどころか、鼻が利かなくなってしまったのだ。
「言ったろ? あるレベル以上、って。ブラックドッグでは満たされないレベルだよ。ああ、これ、個体の話じゃなくて、種族の話ね」
いぶかしむリオンに、ナダが説明を加える。
「じゃ、アディは」
「そうだね。赤竜なら、結界の中に入ったことで元気になっちゃったんだろうな。この霧は竜が使う『ミスト』だしね。他の魔物たちの力を封じて、迷わせるためのものだ」
なるほど。だからシアは鼻をやられ、魔法陣が描けなく……って、今の話が本当なら、
「この霧の犯人はアディなのかっ?」
リオンが立ち上がる。
「まぁ、落ち着きなって」
ナダがトントン、と指先でテーブルを叩き、無言で『座れ』と要求した。リオンがそれに従う。
「じゃ、俺からも質問、いいか?」
リオンが指を組んだ手の上に顎を乗せた。
「ナダは、なんでこんな山の中に一人で? 鍛冶屋っぽいけど、きっとただの鍛冶屋じゃない。でしょ?」
「なかなかいい質問だ。確かに私はただの鍛冶屋ではない。捕縛師《ほばくし》の末裔だ。今では絶滅危惧種だろうが」
「捕縛師?」
エルフィがリオンを見て首を傾げる。
「ああ、俺も話でしか知らないな。昔、魔物を武器に閉じ込めることが出来る鍛冶屋がいたって話だ。お伽噺だと思ってた」
「おや、博識だね。その通りだ。今ではもう、捕らえるべき強い魔物がほとんど存在しないから、商売あがったりなんだけどね」
クスクスと妖艶に笑う。
「魔剣、っていうやつですか?」
少し食い気味に、エルフィ。
「あ、エルフィは剣士だもんな。剣に興味あるんだね」
「はい!」
興奮して立ちあがる。と、懐に入れていた仮面が落ちる。
「おっと、」
思わず男口調で受け取るエルフィ。どうも仮面を見ると、無意識に脳が男性モードに切り替わるようだ。
「ちょ、それ!」
片手でキャッチした仮面を、何故かナダが心底驚いた顔で指をさした。
「これ?」
エルフィが手渡すと、大切そうに手に取り、まじまじと見つめる。
「これは、エルフィの?」
「そう……ですが」
エルフィをじっと見つめ、また、仮面に視線を落とす。
「そっか。君たちがここへ来たのは偶然じゃないのかもしれないな」
ぽつり、とそう言い、更に
「ちょっと、外に出てもらえるかな?」
仮面を差し出し、微笑んだ。
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