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結婚の儀
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リオンとエルフィは今日初めて顔を合わせる。
顔を見た瞬間リオンは顎が落ちそうなほど口をあんぐり開け、エルフィを見つめた。もしかしたら気付かれずに済むのでは、というエルフィの淡い期待は消えたようだ。
「初めましてエルフィ・ハルトと申します」
綺麗なドレスを着て恭しく礼をするエルフィ。初めましてではないけれど。
ドキドキしながらそっとリオンの顔を見上げると、貼り付けたような笑顔で、
「初めまして。リオン・メイナーだ」
と言った。
「というわけで、両家ともこの婚姻に異議はないと。よろしいですね?」
調印式、とでもいうのだろうか。司祭がわざわざやってきて、双方の家族を交え、契約書を交わす儀式だ。
「異議なし」
「異議なし」
エルフィの父、ファイン・ハルト。リオンの父、ガルマ・メイナーが共に右手を挙げ、宣誓をし、サインする。当事者であるエルフィとリオンも、それに倣った。
「ここに二人の結婚を認める」
粛々と、話は進められ、十日後には屋敷にて婚礼の宴が執り行われることとなった。
そして集まった関係者たちは、広間での立食パーティーに移る。
「参ったな」
天を仰ぎ口走るリオンに、エルフィの兄、オーリンが詰め寄る。
「参った、の意味は?」
若干殺気立っていた。
まるで『結婚など望んでいない』といった風の物言いが気に入らないのだ。
「あ、なんでも」
取って付けたような笑顔で誤魔化され、更に怒りが沸く。エルフィは大事な妹なのだ。望んで嫁に出すわけでもない。求めてきたから応じた。応じるしかなかった。それを、なんでかったるそうに……。
「あのなぁ、言っておくがっ、」
掴みかからん勢いで詰め寄ったオーリンの腕をエルフィが乱暴に薙ぎ払う。
「兄上、粗暴な真似はおやめいただきたい」
姫を守る騎士《ナイト》のような凛々しさだ。
「あ~、エルフィ、聞きたい事があるんだが」
オーリンをチラチラ気にしながら、リオンが口を開く。
「先日のことですね。申し訳ありません。話しても大丈夫です。兄は知ってます」
「先日? 何の話だっ?」
突っ掛かるオーリンに、エルフィが言った。
「兄上、仮面の騎士のこと、バレました」
「えっ」
思わず叫びそうになり、慌てて口元を手で塞ぐオーリン。
「私が参っている理由、わかってもらえましたか?」
苦笑いで、同意を求めるリオン。
「まさか自分の結婚相手があんなに強いとは思っていなかったもので」
皮肉めいた、というよりは、楽しそうに。
「私は結婚になど興味がなかったのですがね。今は俄然、この縁談に感謝してるのですよ」
にっこりと、笑う。
「へ?」
オーリンが首を傾げる。
「エルフィ、先日の話の続きがしたい。いいか?」
スッと手を差し出すリオン。エルフィがその手を取った。
「では、失礼」
リオンはオーリンに会釈をし、そのままテラスへとエルフィを連れ出す。
日の暮れ始めた空は綺麗なオレンジ色をしている。エルフィの赤毛がオレンジ色の光を浴び、燃え上がる炎のようだ。
「先日、俺は仮面の騎士を名乗る冒険者と過ごした。あれは君で間違いないね?」
赤い短髪、背格好、声。何より、初対面の時の気まずそうな顔。間違いであるはずもない。
「申し訳ありません」
目を伏せ、謝るエルフィの肩に、リオンがそっと手を置く。
「謝ることはない。俺は猛烈に感動している」
「はい?」
「エルフィ、別れ際のやり取り、覚えてる?」
あの日、ダンジョンを出た彼が言ったこと。
『俺の専属にならないか?』
リオンはテイマーだ。
テイマーの主な仕事は、テイムした動物たちを繁殖させての生態販売や、魔物の討伐、新種発見の研究職まで幅広い。リオンの仕事は、どちらかというと研究職に近い。つまり、時々あんな風に狩りに出て、魔物や動物をテイムするのだ。
「覚えてます」
「君の答えは『それはあなた次第だ』だ。そうだね?」
「ええ」
あの時、簡単に首を横に振ることも出来たのだが、エルフィはそうしなかった。
「やっと意味がわかったよ。確かに俺次第だよな」
「ええ。結婚したらあの仕事は続けられないと思ってましたから」
女は結婚したら子供を産み、育てるもの。誰もがそう信じて疑わない。それ以前に、女性剣士、女性冒険者という存在自体、その存在は少なく、煙たがられるものだ。
「確かにあの仕事は一般的に女性向きじゃないよな。君の場合は別だけど」
男勝りなんてものじゃない。あの身のこなしは、才能だとしか言いようがなかった。
「褒めていただいてるんでしょうか?」
首を傾げるエルフィを見、つい口にしてしまう。
「女性らしい君も、いい。しかし、俺は仮面の騎士様に心を持っていかれたようなんだ」
「……そういう趣味が?」
眉間に皺寄せ真顔で返すエルフィの突っ込みに、リオンが顔を赤らめる。
「ばっ、違うっ! そういうことじゃなくて、だなっ」
慌てて否定するリオンが、なんだか可愛く見える。
「冗談ですよ」
クス、と笑ってエルフィ。
そんなエルフィの笑顔に、リオンの心臓が小さく「トクン」と、鳴った。
「あー、待って待って。俺、やっぱり混乱してるんだけど、君は平気か? 俺との結婚とか、その…仮面の騎士への仕事依頼とか」
頭を抱えながらそう言うリオンに、エルフィは臆することなく、
「肖像画を見て適当に決められた花嫁ですから、私だって混乱はしていますよ?」
と、皮肉たっぷりに言い返す。
「あ、それは……すまない」
素直に謝るリオン。
「ですが、私はありのままの私を『必要だ』と言っていただけたこと、とても嬉しく思っております」
あんな姿を見られ、それでもいいと言ってもらえるのなら。それはエルフィにとって喜ばしいことでしかない。
「リオン様は花嫁としてのエルフィより、冒険者フィネスがお好きなようですけれどね」
そこは女性として、微妙な感情ではあった。
顔を見た瞬間リオンは顎が落ちそうなほど口をあんぐり開け、エルフィを見つめた。もしかしたら気付かれずに済むのでは、というエルフィの淡い期待は消えたようだ。
「初めましてエルフィ・ハルトと申します」
綺麗なドレスを着て恭しく礼をするエルフィ。初めましてではないけれど。
ドキドキしながらそっとリオンの顔を見上げると、貼り付けたような笑顔で、
「初めまして。リオン・メイナーだ」
と言った。
「というわけで、両家ともこの婚姻に異議はないと。よろしいですね?」
調印式、とでもいうのだろうか。司祭がわざわざやってきて、双方の家族を交え、契約書を交わす儀式だ。
「異議なし」
「異議なし」
エルフィの父、ファイン・ハルト。リオンの父、ガルマ・メイナーが共に右手を挙げ、宣誓をし、サインする。当事者であるエルフィとリオンも、それに倣った。
「ここに二人の結婚を認める」
粛々と、話は進められ、十日後には屋敷にて婚礼の宴が執り行われることとなった。
そして集まった関係者たちは、広間での立食パーティーに移る。
「参ったな」
天を仰ぎ口走るリオンに、エルフィの兄、オーリンが詰め寄る。
「参った、の意味は?」
若干殺気立っていた。
まるで『結婚など望んでいない』といった風の物言いが気に入らないのだ。
「あ、なんでも」
取って付けたような笑顔で誤魔化され、更に怒りが沸く。エルフィは大事な妹なのだ。望んで嫁に出すわけでもない。求めてきたから応じた。応じるしかなかった。それを、なんでかったるそうに……。
「あのなぁ、言っておくがっ、」
掴みかからん勢いで詰め寄ったオーリンの腕をエルフィが乱暴に薙ぎ払う。
「兄上、粗暴な真似はおやめいただきたい」
姫を守る騎士《ナイト》のような凛々しさだ。
「あ~、エルフィ、聞きたい事があるんだが」
オーリンをチラチラ気にしながら、リオンが口を開く。
「先日のことですね。申し訳ありません。話しても大丈夫です。兄は知ってます」
「先日? 何の話だっ?」
突っ掛かるオーリンに、エルフィが言った。
「兄上、仮面の騎士のこと、バレました」
「えっ」
思わず叫びそうになり、慌てて口元を手で塞ぐオーリン。
「私が参っている理由、わかってもらえましたか?」
苦笑いで、同意を求めるリオン。
「まさか自分の結婚相手があんなに強いとは思っていなかったもので」
皮肉めいた、というよりは、楽しそうに。
「私は結婚になど興味がなかったのですがね。今は俄然、この縁談に感謝してるのですよ」
にっこりと、笑う。
「へ?」
オーリンが首を傾げる。
「エルフィ、先日の話の続きがしたい。いいか?」
スッと手を差し出すリオン。エルフィがその手を取った。
「では、失礼」
リオンはオーリンに会釈をし、そのままテラスへとエルフィを連れ出す。
日の暮れ始めた空は綺麗なオレンジ色をしている。エルフィの赤毛がオレンジ色の光を浴び、燃え上がる炎のようだ。
「先日、俺は仮面の騎士を名乗る冒険者と過ごした。あれは君で間違いないね?」
赤い短髪、背格好、声。何より、初対面の時の気まずそうな顔。間違いであるはずもない。
「申し訳ありません」
目を伏せ、謝るエルフィの肩に、リオンがそっと手を置く。
「謝ることはない。俺は猛烈に感動している」
「はい?」
「エルフィ、別れ際のやり取り、覚えてる?」
あの日、ダンジョンを出た彼が言ったこと。
『俺の専属にならないか?』
リオンはテイマーだ。
テイマーの主な仕事は、テイムした動物たちを繁殖させての生態販売や、魔物の討伐、新種発見の研究職まで幅広い。リオンの仕事は、どちらかというと研究職に近い。つまり、時々あんな風に狩りに出て、魔物や動物をテイムするのだ。
「覚えてます」
「君の答えは『それはあなた次第だ』だ。そうだね?」
「ええ」
あの時、簡単に首を横に振ることも出来たのだが、エルフィはそうしなかった。
「やっと意味がわかったよ。確かに俺次第だよな」
「ええ。結婚したらあの仕事は続けられないと思ってましたから」
女は結婚したら子供を産み、育てるもの。誰もがそう信じて疑わない。それ以前に、女性剣士、女性冒険者という存在自体、その存在は少なく、煙たがられるものだ。
「確かにあの仕事は一般的に女性向きじゃないよな。君の場合は別だけど」
男勝りなんてものじゃない。あの身のこなしは、才能だとしか言いようがなかった。
「褒めていただいてるんでしょうか?」
首を傾げるエルフィを見、つい口にしてしまう。
「女性らしい君も、いい。しかし、俺は仮面の騎士様に心を持っていかれたようなんだ」
「……そういう趣味が?」
眉間に皺寄せ真顔で返すエルフィの突っ込みに、リオンが顔を赤らめる。
「ばっ、違うっ! そういうことじゃなくて、だなっ」
慌てて否定するリオンが、なんだか可愛く見える。
「冗談ですよ」
クス、と笑ってエルフィ。
そんなエルフィの笑顔に、リオンの心臓が小さく「トクン」と、鳴った。
「あー、待って待って。俺、やっぱり混乱してるんだけど、君は平気か? 俺との結婚とか、その…仮面の騎士への仕事依頼とか」
頭を抱えながらそう言うリオンに、エルフィは臆することなく、
「肖像画を見て適当に決められた花嫁ですから、私だって混乱はしていますよ?」
と、皮肉たっぷりに言い返す。
「あ、それは……すまない」
素直に謝るリオン。
「ですが、私はありのままの私を『必要だ』と言っていただけたこと、とても嬉しく思っております」
あんな姿を見られ、それでもいいと言ってもらえるのなら。それはエルフィにとって喜ばしいことでしかない。
「リオン様は花嫁としてのエルフィより、冒険者フィネスがお好きなようですけれどね」
そこは女性として、微妙な感情ではあった。
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