61 / 72
ひび割れそうになる日常 4
しおりを挟む
結城事務局長は実際にはどんな人だったのだろう。
肖像画や本からの印象だと、桐生さんみたいな真面目すぎるくらいに真面目な優秀な人だったんだろうというイメージなんだが……
北階段で一度だけ見た姿からは、厳格そうな印象を受けない。どちらかと言うと優しそうでひょうきんな親父ってイメージだ。
「結城事務局長は人を選ぶ際、人柄に非常にこだわったそうです。それは事務員だけではなく、医師や看護師にまで及んだそうです。当院の医師の離職率が他院と比べて低いのは、そのころに徹底的に教育環境を整えたからだと絹井先生がおっしゃっていました。ただ、それでも新人には過酷な環境だったそうですが……」
「ああ、その辺はちゃんと覚えてるぞ。当時、研修医だった絹井先生が救命医になりたいって話したことが女のくせに生意気だと言われたって話だろ。って、あ、ごめん。脱線したかな」
「いえ、問題ありません。ただ、このような背景があるため、行政の責任を問う声も当然上がると考えられます」
その通りだ。
学校で起きたとはいえ、工事を請け負った企業とその親会社であり検査の不正を働いた化学メーカー、そしてその企業と繋がっていた行政。
誰が医療費を払うのか。
学校内の事故だから学校保険か、不正を働いた企業か、汚職に手を染めた行政か。
「最終的には企業と行政がそれぞれ負担することになるかと思われますが……」
「だろうな。しっかし、そうなると決着がつくまで医療費が支払われないってことだろ」
「はい」
「まずいな、こりゃ」
今回は一度に多くの患者がいたため、周辺の複数の医療機関で対応している。
だが、医療費がいつ支払われるか分からない状況では、どこも受け入れたがらない。
決着がつくまで、医療機関は無報酬で診察を行うことになるからだ。
医療だって、サービス業だ。
ボランティアじゃない。
「となるとあれか……民間の医療機関には託せないから全部うちが請け負うことになるのか」
「こちらだけでは対応しきれないので、一時的に付属診療所に外科系の窓口を作って対応することも検討されているようです」
「ってことはアレか。短期アルバイトの募集をかけるってことか。ドクターの」
「応援医師と言って下さい」
「それ、別枠で予算回してもらえんのかな。回してもらえなかったら、常勤のドクターが過労で倒れるだろ」
「それは元事務局長の手腕にかかっているでしょうね」
人事業務である以上、これは事務方の仕事だ。
「んじゃ、それは期待するか。有難いことにうちはやめるドクターが少ないからベテランが揃ってるのが強みだよなあ。おかげで経験積みたいドクターが集まりやすい」
「そうですね。結城事務局長が土壌を作ってくださったおかげで、この病院は人材に恵まれています」
「管理職は人を管理するのではない、人が働きやすくなるよう環境を管理するのが仕事だっていう、結城事務局長の考えは好きだよ。定期的にアンケートとって、集計とるこっちは面倒臭いけど。働きやすいから、一般的に離職率が高い医師も看護師もやめないし。辞めないからどんどんスキルが向上していって、誰にとっても、良い病院になっていってるなと思うよ」
「30年の成果と言えるでしょうね。話が横にそれてしまいましたがーー30年前はこの病院は開業が危ぶまれるほどに人材が集まらなかった。本では開業のための勇気事務局長の尽力ーー人を集め、体系を整えたことの説明に注力されていますが、別の側面から見ると、それだけ難航していたということは、相当騒がれていたと言うことでしょう」
「騒がれていたって言うと……当時の汚職が、か」
「はい。ほとんど情報がないので推測するしかないのですが……友利さん。思い出していただけませんか。今日見かけた壁のひび割れを」
肖像画や本からの印象だと、桐生さんみたいな真面目すぎるくらいに真面目な優秀な人だったんだろうというイメージなんだが……
北階段で一度だけ見た姿からは、厳格そうな印象を受けない。どちらかと言うと優しそうでひょうきんな親父ってイメージだ。
「結城事務局長は人を選ぶ際、人柄に非常にこだわったそうです。それは事務員だけではなく、医師や看護師にまで及んだそうです。当院の医師の離職率が他院と比べて低いのは、そのころに徹底的に教育環境を整えたからだと絹井先生がおっしゃっていました。ただ、それでも新人には過酷な環境だったそうですが……」
「ああ、その辺はちゃんと覚えてるぞ。当時、研修医だった絹井先生が救命医になりたいって話したことが女のくせに生意気だと言われたって話だろ。って、あ、ごめん。脱線したかな」
「いえ、問題ありません。ただ、このような背景があるため、行政の責任を問う声も当然上がると考えられます」
その通りだ。
学校で起きたとはいえ、工事を請け負った企業とその親会社であり検査の不正を働いた化学メーカー、そしてその企業と繋がっていた行政。
誰が医療費を払うのか。
学校内の事故だから学校保険か、不正を働いた企業か、汚職に手を染めた行政か。
「最終的には企業と行政がそれぞれ負担することになるかと思われますが……」
「だろうな。しっかし、そうなると決着がつくまで医療費が支払われないってことだろ」
「はい」
「まずいな、こりゃ」
今回は一度に多くの患者がいたため、周辺の複数の医療機関で対応している。
だが、医療費がいつ支払われるか分からない状況では、どこも受け入れたがらない。
決着がつくまで、医療機関は無報酬で診察を行うことになるからだ。
医療だって、サービス業だ。
ボランティアじゃない。
「となるとあれか……民間の医療機関には託せないから全部うちが請け負うことになるのか」
「こちらだけでは対応しきれないので、一時的に付属診療所に外科系の窓口を作って対応することも検討されているようです」
「ってことはアレか。短期アルバイトの募集をかけるってことか。ドクターの」
「応援医師と言って下さい」
「それ、別枠で予算回してもらえんのかな。回してもらえなかったら、常勤のドクターが過労で倒れるだろ」
「それは元事務局長の手腕にかかっているでしょうね」
人事業務である以上、これは事務方の仕事だ。
「んじゃ、それは期待するか。有難いことにうちはやめるドクターが少ないからベテランが揃ってるのが強みだよなあ。おかげで経験積みたいドクターが集まりやすい」
「そうですね。結城事務局長が土壌を作ってくださったおかげで、この病院は人材に恵まれています」
「管理職は人を管理するのではない、人が働きやすくなるよう環境を管理するのが仕事だっていう、結城事務局長の考えは好きだよ。定期的にアンケートとって、集計とるこっちは面倒臭いけど。働きやすいから、一般的に離職率が高い医師も看護師もやめないし。辞めないからどんどんスキルが向上していって、誰にとっても、良い病院になっていってるなと思うよ」
「30年の成果と言えるでしょうね。話が横にそれてしまいましたがーー30年前はこの病院は開業が危ぶまれるほどに人材が集まらなかった。本では開業のための勇気事務局長の尽力ーー人を集め、体系を整えたことの説明に注力されていますが、別の側面から見ると、それだけ難航していたということは、相当騒がれていたと言うことでしょう」
「騒がれていたって言うと……当時の汚職が、か」
「はい。ほとんど情報がないので推測するしかないのですが……友利さん。思い出していただけませんか。今日見かけた壁のひび割れを」
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡
雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる