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大病院のささやかな日常3

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 搬送さんが桐生さんに謝っている。
 まあ、当然といえば当然だ。搬送担当はアルバイトで、アルバイトの管理は桐生さんだからだ。

「これに類することにこれまで遭遇したことはありますか?」
「いえ……わたし、週に2回しかこないので」
「週2回とはいえ、知らないことは問題です。搬送チームは情報の共有はしないのですか?」

 おおおっと、搬送スタッフが涙ぐみ始めた。
 待ってくれよ、こんなことで泣くとか、どんだけ精神弱ってるんだと思ったが、桐生さんの顔を見て納得した。
 こええよ。
 そもそも、表情がなくて淡々と喋る人なのに、今は声が硬くなっている。

「今後、同様の事故が起きないようにしなければなりません。まず、このルートは使用を避け、人の通行が少ないルートを検討します。他にも――」

 桐生さん、搬送スタッフが泣きそうな顔をしてるのを見て、戸惑ってるんだろうけど、そのせいでますます声が低く怖くなって行っていることに……ああまちがいなく、本人だけが気づいていない。

「何か手段はないか考える必要がありますので――」

 淡々と話す桐生さんの前で、アルバイトの女性はどんどん硬くなっていく。いまにも泣きそうではあるが、なんとか踏ん張ってるのは、自分が失敗したくせに泣いたらダメだろと、思っているからだろう。
 そういう頑張りは嫌いじゃない。
 とはいえ、これはどうしたものか。
 桐生さんは怒っているわけではなくて、次に備えてどうするかを話しているわけだが、何しろ無表情だから怖いのだ。
 彼女からすれば、すげえ怒られている気分だろう。

「搬送のリーダーに、後で庶務課にくるよう、言っておいてください」
「……はい」
「では――」

 行って構わない、と桐生さんがいう前に「まあまあまあ」と、口を挟んだ。
 見ていられない。

「なあ、桐生さん。今のって防げないんだよな」
「今の……とは、今しがたの衝突未遂でしょうか」
「そうそう」
「搬送用カートをより小さく、軽いものに変えれば小回りが利くのですぐに止まることができます」
「だよな。うん。でもそれって、予算的に難しいんだろ?」
「そうです」
「まあ、本当は今のは、店から飛び出してきたほうがどっちかってーと、悪いんだけど。でも、相手は子供だし。赤ちゃん背負ったお母さんだし。ここが店の前ってことを考えるなら、そのくらい予想しとけって話で」
「そうですね」
「でもそうは言っても、責任は、搬送さんだけにあるわけじゃないと、思ってるんだよな」
「そうです。こうなることを予想し、あらかじめ安全なルートを作るのも、わたしの業務に含まれるはずです。それに、何かあった場合は管理をしているわたしの責任であって、アルバイトの彼女ではありません」
「うんうん。だから、搬送のリーダーさんにきてもらって、事故が起きないように、話し合いをするんだよな」
「そう言っていたはずですが」
「うん。まあ、つまりそういう事だから。怒られてたわけじゃないよ」

 と、搬送スタッフを見ると驚いた顔をした。
 ほんと、ごめんな。
 うちの桐生さん、ちょっとこわいひとで。

「確かに、もうちょっと注意してほしいけど。でも、こういう危ないカートを使わせてるのはこっちだし。搬送さんのせいにだけするのはおかしいからね」

 桐生さんも落ち着けよな。
 責任者だからと言って、桐生さんが全部をかぶる必要はない。
 実際、このアルバイトの女性も、注意が足りないところはあったはずだし。止まらないカートを使わせてる病院側にも責任はある。

「でも……あの……すみませんでした」
「うん、反省してくれてるわけだし。わざとじゃないし。搬送さんだけのせいじゃないし。よくしていくために、一緒に考えようね」
「はい!」
「という事で。暗い顔しなくていいからさ。引き続き、よろしくねー」
「ありがとうございます。がんばります」

 うんうん、やる気になってくれてよかった。
 搬送さんがいてくれるから、検体や書類の移動がスムーズに進む。
 私がここで働きだしたときは、天井に張り付いたモノレールみたいなので運んでいたのだが、それは電車が駅にしか止まらないように決まったステーションにしか止まらず、不便だった。挙句、故障の際は何処で止まっているのか分からない。書類がなかなか届かず、トラブルが多かった。
 それを桐生さんがかえた。
 解決方法なんか、最高にシンプルだ。人間が運べば問題ない。
 簡単な答えだが、みんな、人件費がかかるだろうと思って黙っていたのだ。
 桐生さんはどのくらいの人を投入すればいいのかを統計から考え、アルバイトなら時給いくらなら実現できるかを計算した。
 その桐生さんの案は、ほとんど変更なくトップ会議を通過し、現在に至る。
 念のために明確にしておくが、一年目でそれだ。
 桐生さんの優秀さが分かるというものだ。はは……

「搬送さん、やる気を取り戻してくれてよかったなー。桐生さんが立ち上げた仕事だし。これからも頑張って欲しいよな」

 にこやかに手を振って、搬送スタッフを見送る。
 彼女は振り返りざまに、何度も何度も頭を下げていた。

「いやーそれにしても、怪我人出なくてよかったよ」
「……」
「桐生さん? 大丈夫かよ。やっぱ、どっか痛い?」

 桐生さんは盛大に眉間にしわを寄せ、こっちをにらんでいる。
 つーか、こえーよ。

「やはり、顔のストレッチを継続しようと思います」
「は?」

 時々、桐生さんはよくわからない。

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