上 下
5 / 89
本日のおやつは、さつま芋パイです。

探偵助手のおやつは、おやきです 2

しおりを挟む
 重苦しく垂れこめた灰色が広がっている。
 天気予報では午後から雨になるそうだ。
 季節が移り替わるときは、雨が多い。
 今は曇り空だが、まもなく降り出すだろう。あの色は雨雲だ。長雨の季節が終われば、冬がやってくる。
 のんびりと食べていれば、冷たい風に吹かれておやきが冷めてしまう。

(美味しいうちに食べる。これがおやきを作ってくれた人への礼儀だっ! うまぁ……)

 食べればなくなる。
 なくなってしまうのは残念でならなかったが、最後のひとくちを頬張るために口を大きくあけた。
 もう二時になろうというのに、三枝は未だ昼食にありついていない。
 空腹のおかげで、いつも以上にピザ風ジャンボが美味しい。

(うまかったです! 店のおじさんありがとう!!)

 これ以上の食欲を断ち切るべく、用済みになった包み紙をクシャリと丸める。咀嚼されたおやきが、ゆっくりと食堂を通って胃に収まるのを感じながら、三枝は鞄の側面のポケットに押し込んだ。

(よし、じゃあ、頑張るか)

 石畳の道は、一歩進むごとに観光客の数が増え、細い角を曲がると、真っすぐ歩けないほどだった。
 川越菓子屋横丁。
 蔵造の家が建ち並ぶ一番街の通りも人が多いが、菓子屋横丁は道幅が細い分、密度で上回る。
 三枝は慣れた足取りで人をよけながら石畳の道を進む。
 まずは一番街で久太郎狐と言う名前のお菓子を買い、次に菓子屋横丁を抜けて市役所通りの店で芋ドーナツを購入した。
 パックにごろりと入っていているのは芋ドーナツだ。川越は川越芋の開発をした土地という事もあり、さつま芋を用いたおやつにあふれている。
 2種類の菓子もって数分歩けば、目的の3階建ての建物が見えてきた。よく言えば歴史を感じる建物、正直に言えば取り壊しを待っていかのような廃屋だ。
 昭和初期に建てられたらしい洋風の建造物。それにロマンを感じる人もいるようだったが、三枝に言わせればお化け屋敷とかわらない。
 大正硝子が使われているガラス戸の向こう側は、日に焼けたカーテンにさえぎられている。
 それも、この建物が打ち捨てられたものに見える要因だろう。
 三枝は慣れた手つきで戸に手をかけた。ビクともしない。

(警察に通報されてもおかしくないんだよな……空き家に忍び込もうとしている高校生がいますって)

 とにかく、早く入るに越したことはない。三枝はポケットから鍵を取り出した。
 抵抗なく開錠され、訪問者を受け入れる。近くで見なければ分からないが、差し込む鍵穴だけは真新しい。
 有線放送の音楽が密やかに流れている。
 薄暗い事務所内は、開店前のカフェのようだ。
 ふと目を向けると、テーブルの上のストームグラスは美しい結晶を作り上げていた。

(今夜は降水確率100%か……)

 結晶の形で天気を予報するストームグラスは、実用性が低くインテリアとして扱われることが多いが、この事務所では違う。誰が作ったのかは分からないが、これまで予報が外れたことがなかった。

(傘、借りればいっか)

 そんなことを思いながら、部屋の明かりをつけた。

「――っ」

 ふと、声を聞いた気がした。
 振り返ると、ソファの肘掛に足が乗っている。

「……ったく」

 三枝は小さく毒づくと、苛立ちながらソファのすぐ脇に立った。
 先ほど聞こえた声は、大方、明かりに対する不満だろう。わざわざクッションを顔の上にのせて光を遮っている。

「起きてください」

 この状況でも深く眠ろうとしているらしい。
 ゆっくり眠りたいなら、いっそのこと顔の上のクッションを押さえつけてやろうかとも思ったが、助手による探偵の殺人未遂など笑い話にもならない。

「先生っ!」

 何度か揺り動かす。
 つややかな黒髪がさらりと流れ、黄色のリボンが落ちた。
 長い髪に黄色いリボン――言葉だけ聞いていれば、まるで少女の装いのようだが、現実は違う。
 リボンはラッピング用の安っぽい紐で、髪の主も一八九センチの男だ。
 適当にそのあたりにあった紐を使って結わえるくらいなら、何故切らないのか。出会ったころからの謎だ。ひどいときなど麻ひもを使っていた。

「時間です! 約束があるんじゃないんですかー!」
「……」
「早く起きないとヤバイですよ!」
「う……」
「おーきーてー、くーだーさーいーー!」
「……うるさい」

 クッションが床に落ちたかと思うと、いきなり腕を掴まれ引き寄せられた。

「うえええっ?!」

 寝ている上司の上に倒れたと思いきや、抱え込まれてソファに押し付けられた。

「ううううっ!!」

 身動きが取れず、息ができない。
 力の限りに押し返すと、力が緩み、唐突にその体が起き上がった。

「――っ?!」

 ぱっちりと目を開いた上司――紗川と視線が合った。
 先ほどまで鼻と口両方を塞がれていた三枝は、ひたすら酸素を吸収することに努めた。

「苦しかった……」
「…………君、何故そんなところにいるんだ?」

 危うく窒息死させられるところだったのに、酷い言い草だ。

「マジで死ぬかと思いました。酸素が美味しいです」
「酸素には味がない」
「知ってますよそんなこと!」
「そうか、では……おやすみ」

 ぽいっ放り出すように三枝を解放して、再びクッションで光を遮る。
 床に転がされた三枝は慌てて跳び起きた。
 窒息死のリスクまでおって起こしたというのに、この苦労を水の泡にされたくない。

「おやすみじゃないですってば!」
「15秒後には寝る……用があるならその間に……」

 秒速で熟睡しようとする上司に、三枝は慌ててまくし立てた。

「昨日の夜中に電話かけてきて『明日客がくるから起こしに来てくれ』って言ったのは誰ですか――――!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ピエロの嘲笑が消えない

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の叔母が入院している精神科診療所「クロウ・ハウス」で、不可解な現象が続いているというのだ。患者たちは一様に「ピエロを見た」と怯え、精神を病んでいく。葉羽は、彩由美と共に診療所を訪れ、調査を開始する。だが、そこは常識では計り知れない恐怖が支配する場所だった。患者たちの証言、院長の怪しい行動、そして診療所に隠された秘密。葉羽は持ち前の推理力で謎に挑むが、見えない敵は彼の想像を遥かに超える狡猾さで迫ってくる。ピエロの正体は何なのか? 診療所で何が行われているのか? そして、葉羽は愛する彩由美を守り抜き、この悪夢を終わらせることができるのか? 深層心理に潜む恐怖を暴き出す、戦慄の本格推理ホラー。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙
ミステリー
美少女に導かれて迷い込んだ村は、秘密を抱える村だった!? 歴史大好き、民俗学大好きな大学生の古関文人。彼が夏休みを利用して出掛けたのは滋賀県だった。 そこで紀貫之のお墓にお参りしたところ不思議な少女と出会い、秘密の村に転がり落ちることに!? さらにその村で不可解な殺人事件まで起こり――

冤罪! 全身拘束刑に処せられた女

ジャン・幸田
ミステリー
 刑務所が廃止された時代。懲役刑は変化していた! 刑の執行は強制的にロボットにされる事であった! 犯罪者は人類に奉仕する機械労働者階級にされることになっていた!  そんなある時、山村愛莉はライバルにはめられ、ガイノイドと呼ばれるロボットにされる全身拘束刑に処せられてしまった! いわば奴隷階級に落とされたのだ! 彼女の罪状は「国家機密漏洩罪」! しかも、首謀者にされた。  機械の身体に融合された彼女は、自称「とある政治家の手下」のチャラ男にしかみえない長崎淳司の手引きによって自分を陥れた者たちの魂胆を探るべく、ガイノイド「エリー」として潜入したのだが、果たして真実に辿りつけるのか? 再会した後輩の真由美とともに危険な冒険が始まる!  サイエンスホラーミステリー! 身体を改造された少女は事件を解決し冤罪を晴らして元の生活に戻れるのだろうか? *追加加筆していく予定です。そのため時期によって内容は違っているかもしれません、よろしくお願いしますね! *他の投稿小説サイトでも公開しておりますが、基本的に内容は同じです。 *現実世界を連想するような国名などが出ますがフィクションです。パラレルワールドの出来事という設定です。

失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話

本見りん
ミステリー
交通事故に遭った沙良が目を覚ますと、そこには婚約者の拓人が居た。 一年前の交通事故で沙良は記憶を失い、今は彼と結婚しているという。 しかし今の沙良にはこの一年の記憶がない。 そして、彼女が記憶を失う交通事故の前に見たものは……。 『○曜○イド劇場』風、ミステリーとサスペンスです。 最後のやり取りはお約束の断崖絶壁の海に行きたかったのですが、海の公園辺りになっています。

処理中です...