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本日のおやつは、さつま芋パイです。
探偵助手のおやつは、おやきです 2
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重苦しく垂れこめた灰色が広がっている。
天気予報では午後から雨になるそうだ。
季節が移り替わるときは、雨が多い。
今は曇り空だが、まもなく降り出すだろう。あの色は雨雲だ。長雨の季節が終われば、冬がやってくる。
のんびりと食べていれば、冷たい風に吹かれておやきが冷めてしまう。
(美味しいうちに食べる。これがおやきを作ってくれた人への礼儀だっ! うまぁ……)
食べればなくなる。
なくなってしまうのは残念でならなかったが、最後のひとくちを頬張るために口を大きくあけた。
もう二時になろうというのに、三枝は未だ昼食にありついていない。
空腹のおかげで、いつも以上にピザ風ジャンボが美味しい。
(うまかったです! 店のおじさんありがとう!!)
これ以上の食欲を断ち切るべく、用済みになった包み紙をクシャリと丸める。咀嚼されたおやきが、ゆっくりと食堂を通って胃に収まるのを感じながら、三枝は鞄の側面のポケットに押し込んだ。
(よし、じゃあ、頑張るか)
石畳の道は、一歩進むごとに観光客の数が増え、細い角を曲がると、真っすぐ歩けないほどだった。
川越菓子屋横丁。
蔵造の家が建ち並ぶ一番街の通りも人が多いが、菓子屋横丁は道幅が細い分、密度で上回る。
三枝は慣れた足取りで人をよけながら石畳の道を進む。
まずは一番街で久太郎狐と言う名前のお菓子を買い、次に菓子屋横丁を抜けて市役所通りの店で芋ドーナツを購入した。
パックにごろりと入っていているのは芋ドーナツだ。川越は川越芋の開発をした土地という事もあり、さつま芋を用いたおやつにあふれている。
2種類の菓子もって数分歩けば、目的の3階建ての建物が見えてきた。よく言えば歴史を感じる建物、正直に言えば取り壊しを待っていかのような廃屋だ。
昭和初期に建てられたらしい洋風の建造物。それにロマンを感じる人もいるようだったが、三枝に言わせればお化け屋敷とかわらない。
大正硝子が使われているガラス戸の向こう側は、日に焼けたカーテンにさえぎられている。
それも、この建物が打ち捨てられたものに見える要因だろう。
三枝は慣れた手つきで戸に手をかけた。ビクともしない。
(警察に通報されてもおかしくないんだよな……空き家に忍び込もうとしている高校生がいますって)
とにかく、早く入るに越したことはない。三枝はポケットから鍵を取り出した。
抵抗なく開錠され、訪問者を受け入れる。近くで見なければ分からないが、差し込む鍵穴だけは真新しい。
有線放送の音楽が密やかに流れている。
薄暗い事務所内は、開店前のカフェのようだ。
ふと目を向けると、テーブルの上のストームグラスは美しい結晶を作り上げていた。
(今夜は降水確率100%か……)
結晶の形で天気を予報するストームグラスは、実用性が低くインテリアとして扱われることが多いが、この事務所では違う。誰が作ったのかは分からないが、これまで予報が外れたことがなかった。
(傘、借りればいっか)
そんなことを思いながら、部屋の明かりをつけた。
「――っ」
ふと、声を聞いた気がした。
振り返ると、ソファの肘掛に足が乗っている。
「……ったく」
三枝は小さく毒づくと、苛立ちながらソファのすぐ脇に立った。
先ほど聞こえた声は、大方、明かりに対する不満だろう。わざわざクッションを顔の上にのせて光を遮っている。
「起きてください」
この状況でも深く眠ろうとしているらしい。
ゆっくり眠りたいなら、いっそのこと顔の上のクッションを押さえつけてやろうかとも思ったが、助手による探偵の殺人未遂など笑い話にもならない。
「先生っ!」
何度か揺り動かす。
つややかな黒髪がさらりと流れ、黄色のリボンが落ちた。
長い髪に黄色いリボン――言葉だけ聞いていれば、まるで少女の装いのようだが、現実は違う。
リボンはラッピング用の安っぽい紐で、髪の主も一八九センチの男だ。
適当にそのあたりにあった紐を使って結わえるくらいなら、何故切らないのか。出会ったころからの謎だ。ひどいときなど麻ひもを使っていた。
「時間です! 約束があるんじゃないんですかー!」
「……」
「早く起きないとヤバイですよ!」
「う……」
「おーきーてー、くーだーさーいーー!」
「……うるさい」
クッションが床に落ちたかと思うと、いきなり腕を掴まれ引き寄せられた。
「うえええっ?!」
寝ている上司の上に倒れたと思いきや、抱え込まれてソファに押し付けられた。
「ううううっ!!」
身動きが取れず、息ができない。
力の限りに押し返すと、力が緩み、唐突にその体が起き上がった。
「――っ?!」
ぱっちりと目を開いた上司――紗川と視線が合った。
先ほどまで鼻と口両方を塞がれていた三枝は、ひたすら酸素を吸収することに努めた。
「苦しかった……」
「…………君、何故そんなところにいるんだ?」
危うく窒息死させられるところだったのに、酷い言い草だ。
「マジで死ぬかと思いました。酸素が美味しいです」
「酸素には味がない」
「知ってますよそんなこと!」
「そうか、では……おやすみ」
ぽいっ放り出すように三枝を解放して、再びクッションで光を遮る。
床に転がされた三枝は慌てて跳び起きた。
窒息死のリスクまでおって起こしたというのに、この苦労を水の泡にされたくない。
「おやすみじゃないですってば!」
「15秒後には寝る……用があるならその間に……」
秒速で熟睡しようとする上司に、三枝は慌ててまくし立てた。
「昨日の夜中に電話かけてきて『明日客がくるから起こしに来てくれ』って言ったのは誰ですか――――!」
天気予報では午後から雨になるそうだ。
季節が移り替わるときは、雨が多い。
今は曇り空だが、まもなく降り出すだろう。あの色は雨雲だ。長雨の季節が終われば、冬がやってくる。
のんびりと食べていれば、冷たい風に吹かれておやきが冷めてしまう。
(美味しいうちに食べる。これがおやきを作ってくれた人への礼儀だっ! うまぁ……)
食べればなくなる。
なくなってしまうのは残念でならなかったが、最後のひとくちを頬張るために口を大きくあけた。
もう二時になろうというのに、三枝は未だ昼食にありついていない。
空腹のおかげで、いつも以上にピザ風ジャンボが美味しい。
(うまかったです! 店のおじさんありがとう!!)
これ以上の食欲を断ち切るべく、用済みになった包み紙をクシャリと丸める。咀嚼されたおやきが、ゆっくりと食堂を通って胃に収まるのを感じながら、三枝は鞄の側面のポケットに押し込んだ。
(よし、じゃあ、頑張るか)
石畳の道は、一歩進むごとに観光客の数が増え、細い角を曲がると、真っすぐ歩けないほどだった。
川越菓子屋横丁。
蔵造の家が建ち並ぶ一番街の通りも人が多いが、菓子屋横丁は道幅が細い分、密度で上回る。
三枝は慣れた足取りで人をよけながら石畳の道を進む。
まずは一番街で久太郎狐と言う名前のお菓子を買い、次に菓子屋横丁を抜けて市役所通りの店で芋ドーナツを購入した。
パックにごろりと入っていているのは芋ドーナツだ。川越は川越芋の開発をした土地という事もあり、さつま芋を用いたおやつにあふれている。
2種類の菓子もって数分歩けば、目的の3階建ての建物が見えてきた。よく言えば歴史を感じる建物、正直に言えば取り壊しを待っていかのような廃屋だ。
昭和初期に建てられたらしい洋風の建造物。それにロマンを感じる人もいるようだったが、三枝に言わせればお化け屋敷とかわらない。
大正硝子が使われているガラス戸の向こう側は、日に焼けたカーテンにさえぎられている。
それも、この建物が打ち捨てられたものに見える要因だろう。
三枝は慣れた手つきで戸に手をかけた。ビクともしない。
(警察に通報されてもおかしくないんだよな……空き家に忍び込もうとしている高校生がいますって)
とにかく、早く入るに越したことはない。三枝はポケットから鍵を取り出した。
抵抗なく開錠され、訪問者を受け入れる。近くで見なければ分からないが、差し込む鍵穴だけは真新しい。
有線放送の音楽が密やかに流れている。
薄暗い事務所内は、開店前のカフェのようだ。
ふと目を向けると、テーブルの上のストームグラスは美しい結晶を作り上げていた。
(今夜は降水確率100%か……)
結晶の形で天気を予報するストームグラスは、実用性が低くインテリアとして扱われることが多いが、この事務所では違う。誰が作ったのかは分からないが、これまで予報が外れたことがなかった。
(傘、借りればいっか)
そんなことを思いながら、部屋の明かりをつけた。
「――っ」
ふと、声を聞いた気がした。
振り返ると、ソファの肘掛に足が乗っている。
「……ったく」
三枝は小さく毒づくと、苛立ちながらソファのすぐ脇に立った。
先ほど聞こえた声は、大方、明かりに対する不満だろう。わざわざクッションを顔の上にのせて光を遮っている。
「起きてください」
この状況でも深く眠ろうとしているらしい。
ゆっくり眠りたいなら、いっそのこと顔の上のクッションを押さえつけてやろうかとも思ったが、助手による探偵の殺人未遂など笑い話にもならない。
「先生っ!」
何度か揺り動かす。
つややかな黒髪がさらりと流れ、黄色のリボンが落ちた。
長い髪に黄色いリボン――言葉だけ聞いていれば、まるで少女の装いのようだが、現実は違う。
リボンはラッピング用の安っぽい紐で、髪の主も一八九センチの男だ。
適当にそのあたりにあった紐を使って結わえるくらいなら、何故切らないのか。出会ったころからの謎だ。ひどいときなど麻ひもを使っていた。
「時間です! 約束があるんじゃないんですかー!」
「……」
「早く起きないとヤバイですよ!」
「う……」
「おーきーてー、くーだーさーいーー!」
「……うるさい」
クッションが床に落ちたかと思うと、いきなり腕を掴まれ引き寄せられた。
「うえええっ?!」
寝ている上司の上に倒れたと思いきや、抱え込まれてソファに押し付けられた。
「ううううっ!!」
身動きが取れず、息ができない。
力の限りに押し返すと、力が緩み、唐突にその体が起き上がった。
「――っ?!」
ぱっちりと目を開いた上司――紗川と視線が合った。
先ほどまで鼻と口両方を塞がれていた三枝は、ひたすら酸素を吸収することに努めた。
「苦しかった……」
「…………君、何故そんなところにいるんだ?」
危うく窒息死させられるところだったのに、酷い言い草だ。
「マジで死ぬかと思いました。酸素が美味しいです」
「酸素には味がない」
「知ってますよそんなこと!」
「そうか、では……おやすみ」
ぽいっ放り出すように三枝を解放して、再びクッションで光を遮る。
床に転がされた三枝は慌てて跳び起きた。
窒息死のリスクまでおって起こしたというのに、この苦労を水の泡にされたくない。
「おやすみじゃないですってば!」
「15秒後には寝る……用があるならその間に……」
秒速で熟睡しようとする上司に、三枝は慌ててまくし立てた。
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