探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

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丸いクロワッサンの誘惑

2.三枝君のいそがしい日常

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「ああ、そうだ、三枝君」
「なんですか?」

 崩れてしまったパイ生地をどう口に持って行こうか考えながら尋ねる。

「スキー実習の前後、予定があれば休んでもいいぞ。土日を挟むから、帰ってきたら二日間、学校は休みだろう?」

 頷く。それを利用して遊びに行く計画を立てているクラスメイトも多い。

「依頼もないし、君が休みを取るにはちょうどいいだろう」
「いいんですか?」
「ああ。たまには友達と遊んでくるといい。あと、残りも持ち帰っていいぞ。4つ入りのを買ってきてくれたからな」
「マジですか! ありがとうございます」

 三枝はその言葉に一も二もなく頷く。

「ついでに休暇を取れ。この所、事件が続いた。友人と遊ぶ時間も大切だ」

 そう言って紗川が提案してきた休みは2週間だった。

(こんなにまとまって休みもらっていいのかな……良いんだよな、先生から言ってきたんだから。今日はいい日だ……休みももらえたし、土産ももらえたし。スキー場土産で何か買ってこないとなあ……)

 口内をブラジルの適度な苦みでリフレッシュさせ、三枝は改めてクロワッサンB.C.に取り掛かった。








 そして、二週間の休み明け。
 三枝は自分の机に置かれた山のような資料と本に圧倒されていた。
 資料の整理と管理は三枝の仕事だ。だが、それにしてもこの量はどうしたものか。作業をするスペースすらないほど、机に積まれているのはともかくとして、椅子や床にまで置いてあるのは一体どういうことだ。

「悪いが明後日までにどうにかしてくれ」
「あ、明後日ですか?!」

 冗談だろう。今日から始めても間に合いっこない。

「明後日、客が来ることになっている。それまでには片付けて欲しいんだ」
「……」

 呆然としている三枝を尻目に紗川は資料を指差しながら「この辺が君の休暇一日目で、この辺が二日目……」等と説明している。呆然としながらもそれをいちいち記憶してしまう自分が恨めしい。

「……先生は手伝ってくれないんですか……」
「今日と明日は裁判所と警察に行かなくてはいけないんだ」

 殺人事件にかかわっている都合上、紗川が呼ばれることは少なくなくない。だいたいその後は弁護士と会ってくることが多く、帰りは遅い。
 それが分かっていても恨めしい思いを込めて見上げてしまうのは仕方がない。

「そもそもこれは君の仕事だろ」

 微笑み、肩に手が乗る。

「……一日あたりの資料数がいつもより多いのは気のせいですかね」
「君がいない間、今まで読めなかった本や気になっていたデータを集めていたらこんなにたまってしまったんだ」
「……」
「ああ、あと、これもよろしく」

 そう言って読んでいた新聞に印をつけて積み上げる。

「……」
「時間だな」

 紗川は時計を見てせわしなくコートを手に取ると玄関に向かう。

「警察……行くんですか」
「そう言っただろう。ああ、作業スペースは自由に確保していい。では、いってくる」

 上司はさっさ出かけてしまった。
 三枝は再び資料の山にを呆然と見つめるほかできなかった。。

「――どうやって作業しろっていうんだよっ! パソコンの前、びっしりじゃんか」

 作業スペースは自由に確保していい、とは、つまり。まずは作業場所から確保しろということか。
 2週間分の仕事を今日と明日2日で終わらせろと言ったのだ、あの上司は。
 無茶を言うにも程がある。

(やればいいんだろ、やれば)

 三枝は冷蔵庫に土産を投げ入れ、猛然と仕事に取り掛かった。




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ささやかな日常、こういう小話は、各話の隙間に入れていきますが……
しばらくは見つけやすいように、一番最後においておきます。
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