探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

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ホイップたっぷり、さくら待ちラテはいかがでしょうか。

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 苦笑いをしながら、紗川はコーヒーを飲んだ。
 三枝もつられてカフェラテを飲む。
 冷めてもおいしい。リーフの形が崩れないままに、カップの中で沈んでいくのが見ていて面白かった。

「これはカンガルーの鈴木さんが教えてくれたんですが……誰かが手作りをしたから自分もって感じになっていたみたいです。ライバルよりいいモノを作っていくっていう競争になってたような気がします」
「皆さん、料理に自信があるようでしたか?」
「高橋さん……あ、ショートの可愛い人ですけど、あの人は本当に料理が上手なんですけど、後の3人はあまり上手じゃないみたいですよ。料理自体好きじゃなかったようだし」
「それはどこかれた情報ですか?」
「俺の父親からの情報です。ショートヘアの高橋さんは、よく職場に手作りの料理やお菓子を持ってきて、周りにおすそ分けしてたんですよ。俺ももらったんですが、栗きんとん、すごく美味しかった」

 三枝は目を丸くした。栗きんとんを作るとなると、かなりの腕前だ。栗の皮を綺麗に剥くのも容易ではなく、また、さつまいもを裏ごしする手間もかかる。

「それと比べると他の3人は……なんて、あんまり知らないでこんな事言うのも失礼ですね」

 自分で言った言葉に気分を害したのか、爾志は眉をひそめて反省している様子だった。
 確かに噂話や比較は聞いている方も気持ちのいいものではない。紗川はそんな爾志の様子を好ましく思ったのか「そう思えることが大切です」と穏やかな声で言った。

「それはそうと、当日、彼女たちが持ってきたものはなんでしょうか」
「はい……。ショートの人がシフォンケーキ、カンガルーの人がマドレーヌ、コアラの人がババロア、事務の人が生チョコです。お菓子だけではなく、プレゼントもあったそうです。時計とかネクタイとか」
「豪華ですね」
「ですよね。田中さんは、見回りのあと――あ、当直は園内を定期的に見回るのが仕事なんですけど、その見回りの後で、宿舎でお菓子を食べたそうです」
「一人でそれだけのお菓子を?」
「はい。そう聞いてます。飼育員の仕事って、地味に重労働なんですよ。園内は広いから、ただ歩くだけでもすごい距離ですし。掃除は腰への負担が大きいから、冬場は腰を痛める職員が多いって、父が言っていました」
「なるほど。運動量が大きいので、空腹だったと警察は考えているのですね」
「え、おかしいですか?」
「いえ、おかしくはありません。ただ、こちらが決めつけをするのは良くないので、言い方を選んでいるだけですよ」

 爾志はそう言うことならと胸をなでおろしていた。
 見た目以上に緊張しているのかもしれない。三枝は親友の意外な一面に、密かな面白さを感じていた。
 しかし、無意識のうちに、ニヤついてしまっていたらしい。爾志から小突かれてしまった。仕返しをしないのは武士の情けだ。
 後で覚えてろよ、と爾志が呟いていたが、三枝は聞かなかったことにし、笑顔で話しの先を促した。

「――えっと、ですね。毒は食べ物に仕込まれていた、というのが警察の出した結論です。胃の中から毒が見つかっているそうなので……つまり、4人のうちの誰かが殺したことに間違いはないんです」
 
 紗川は少し何か考える様子を見せ「失礼」と立ち上がった。

「先生、どうかしましたか?」
「コーヒーを追加してこよう。全員飲み終わってしまったようだからな」
「わーい、俺、河西さんが飲んでたのと同じのがいいです!」
「分かった。爾志君と和樹は?」
「え……? えと……」
「俺はアメリカーノがいいな。ショット追加のやつ。爾志君はどうする?」

 他の二人が注文を決めてしまったせいで爾志慌ててしまったようだ。
 三枝に助けを求めるような視線を向けてきた。

(ごめん。俺もよく分からない)

 笑顔で首を振ると、ますます困った顔になってしまった。

「紅茶、コーヒー、それ以外。甘いのがいいか、甘くない方がいいか。どうしますか?」

 紗川の質問の仕方に安心したのか、爾志は「コーヒーで、甘くないのがいいです」と答えた。

「では、爾志君もニシと同じ、ダブルトールアメリカーノにしましょう。少々お待ち下さい」

 気取った仕草で優雅に一礼した紗川は、そのままレジに行ってしまった。
 依頼主からの話を中断してまでコーヒーを注文しに行くほど、のどが渇いていたのだろうか。
 シャープペンシルの先でノートをつつきながら、三枝が首をかしげていると「すまないな」と河西がつぶやいた。

――何で河西さんが謝るんですか

 三枝はそういおうとして、口を閉じた。
 こちらを見る河西の表情は、それまでの和やかな表情とはまるで違っていた。

「河西さん。どうか、したんですか?」
「ごめんな、二人とも。俺もホントは、ちょっとキツイ。でも、たぶん……あいつの方がきついからさ」
「あいつって……先生が、ですか?」
「……ごめん」

 突然、河西が目元をぬぐった。
 唖然として言葉を失う三枝と爾志を前に、河西は首を振って微笑んだ。
 それまでの、お人よしの笑顔とは違う。無理やり作っているのが分かる笑顔だ。

「俺らさ、君らの先輩にあたるんだよ。知ってた?」

 三枝も爾志もうなずいた。
 河西――貴島創が卒業生だというのは校内でも有名な話だ。学校案内にも「活躍する卒業生」という欄に大きく名前が挙がっている。

「その制服、俺らが入学するときにできたやつで、今もデザインが変わってないんだよ。それがさ、キツイ」
「あの……でも、先生はいつも、俺の制服見てますし、河西さんも見てるじゃないですか」

 三枝は学校から直接事務所に向かう。事務所に遊びに来た河西と顔を合わせたことは数え切れなかった。思い返してみると、今日の河西はいつもよりもテンションが高い。
 熱烈なファンに会えてうれしいのだろうと思ったが、それだけではなかったのかもしれない。

「君らを見ていると、あの頃を思い出す。清明と英司と俺……あと、もうひとり」
「……」
「清明の幼馴染が……いた。聞いたこと、ないか?」
「いいえ」

 三枝が答えると、河西は鼻をすすって顔を歪めた。

「そっか……まだ、あいつの中で整理がついてないのかもしれないな……」
「あの……」
「すまない。あの頃を……思い出してしまって、ちょっとキた」

 年寄りくさいことを言ってごめん、と河西は苦笑いしたが、三枝は内臓をきつく絞られているような苦しさを覚えた。
 河西の言葉のすべては、過去を示している。

――悲しみに捕まってはいけない
――今日も昨日と同じ、ただの一日だ

 三枝が喪失の悲しみから自らの命を捨ててしまおうとしたとき、紗川は止めなかった。
 迷惑だから死に方を選べと言っただけだ。
 結果的に、その言葉のおかげで三枝は今も生きているが、最初はなんてひどい奴だろうと思った。
 だが、それから、三枝は探偵の助手になった。
 一度も聞いたことはなくとも、分かっていた。
 紗川も自分と同様に身近な誰かを失っている。
 死によって。
 死は、いつでも残酷に奪い去っていくものだ。
 どれほど強く腕に抱いても、乱暴に魂を奪う。
 もう、これ以上、奪うなと願っても無意味だ。
 三枝は強いめまいを覚えた。
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