探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

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ホイップたっぷり、さくら待ちラテはいかがでしょうか。

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「もおおおーー! 今、何時だと思ってるんですか! 今日は早く来て起こしてくれって、自分で言ってたじゃないですか!」

 帰り際、担任に呼び止められ三十分程遅くなってしまったから、三枝は大急ぎでやってきた。
 そろそろ春になろうかという季節に汗だくになって走って来たのに、この仕打ちは酷いではないか。
 腹立たしいからこのまま放っておきたいところだが、そうもいかない。今日は出かける予定なのだ。

「よしっ、やるぞ……」

 この上司を起こすには一筋縄ではいかない。

「先生! もう二時なんですよ! 約束の時間は三時半なんですから、今起きないと大変な事になるじゃないですか! 頭の中は半分起きてるんですから、体も半分起こして下さい!」

 大声で怒鳴ると、ベッドの上で布団が盛り上がった。羽毛布団が、ぱふっと反対側に折れる。
 時間を聞いて起きる気になったのだろう。
 そもそも紗川は理性が強い。理性で無理やり眠っていることが殆どだが、起きるつもりになれば起きることもできる。
 ただし、これが問題なのだ。
 ゆらりと上体を起こした探偵は、長い前髪を煩そうにかき上げた。無駄のない筋肉を艶やかな黒髪が覆っている。

「ふぅ……」

 悩ましげに吐息をつく姿は、官能的な映画のワンシーンのようだ。
 虚ろな眼差しがゆっくりと三枝を捉える。

「ああ……おはよう、三枝君」

 寝起きのせいでいつもよりも低く響く。隣に美女が横たわっていないのが不思議なほどだ。
 三枝は思った。
 この、無駄に垂れ流される色気は何か生産的なことに活かせないものかと。

(色気の無駄遣いはご遠慮願います)

 これだから、女性を雇うことができないのだ。この事務所は。
 かつて家政婦を雇ったことがあったらしいが、いずれもなんらかのトラブルを起こして解雇に至ったらしい。細かく聞いたことはないが、何が起きたのかは想像がつく。
 この探偵は、徹底的に女性に甘く、やさしいのだ。
 あるときなど「私は夫を亡くした喜寿の女ですが――」と言う書き出しの、差出人不明のラブレターが届いたこともある。天然タラシがいかに有害な存在か、三枝は紗川と言う男に出会って初めて知った。
 普段は鋭い視線が、甘く宙を漂っている。ただ寝起きでぼんやりしているだけだと言うのに、甘い視線に見えるのは罪深い。

(ほんと、77のバーさんまで誑し込むとかさ、ほんと、公害だよな、これは)

 三枝は盛大にため息をついて、フレームレスのメガネを紗川に渡した。

「何度も言ってますが、寝るときはパジャマ着てください」

 紗川は片膝を立て、伸びをするように首を回す。さらりと長い髪が背に流れた。

「睡眠時の衣類は血流を阻害する」
「パジャマ着ない言い訳はもう、ほんと、どうでもいいんで」
「しかし価値がないとは言わない。甘美なる眠りを綾なす珠、その程度には――」
「はあ?」

 何を言っているのだ。
 呆然としていると、突然ビクッと紗川の肩が揺れた。

「あの……先生?」

 眼鏡をかけた紗川が、眉間に深い皺を作っている。

「あのう……」
「おはよう、三枝君」
「はい」
「何時だ?」
「2時6分です」

 紗川は眉間を抑え、深くため息をついた。

「20分までに支度を終える。先ほどは寝ぼけておかしな発言をした。すまない。詫びる」

 紗川はベッドから下りると椅子の上に用意しておいたバスタオルを手に取り、バスルームに向かった。紗川には目覚めにシャワーを浴びるという習慣がある。
 寝ぼけていたようだから、シャワーを浴びて目を覚ますのはいいことだと思う。
 しかし今は大きな問題があった。

「先生っ! 真っ裸で歩き回らないでくださいっ!!」

 少年は肩を怒らせて叫んだ。
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