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運転者にはノンアルコールのカクテルを。
完全犯罪 2
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「探偵?」
彼女が目を見開く。
意外だったらしい。
紗川のもう一つの仕事は探偵だ。コンサルタント的に警察に協力もしており、ある程度の収入にはなっている。もちろん、事業経営とは比べようもないほどささやかだ。
「探偵って、探偵? 真実はひとつっていう、あれ?」
「真実はひとつとは言いませんが……探偵ですよ」
「へえ、探偵かあ……浮気調査とか、するの?」
「当方は刑事事件が中心ですから、浮気調査などはしません。看板も上がっていないので、そういった依頼が来たこともありませんよ」
「刑事事件? すごーい。ドラマみたい」
酒の席だ。嘘も混ざっていると思っているのかもしれない。彼女はカラカラと笑い、カクテルを飲み干した。
「あー、美味しい。ねえ、マスター。これ、おかわりくださーい」
「飲みやすくても、度数は高めです、大丈夫ですか?」
「へーき。ねえ、それより、今までどういう仕事したのか気になるなあ。いろんな事件にあったりしたんでしょ?」
紗川の仕事に興味があるのか、立て続けに質問をしてきた。
(ここに英司がいれば、差し障りのない範囲で答えたんだろうが……)
信頼関係は大切だ。
「申し訳ありません。事実上、公の下請け業者のようなものですからね。立場が弱いんです。こちらから答えられることは何もないんですよ」
下請けという言葉に思い当たる節があるのだろうか。
彼女は「それじゃ、しかたないよね」とあっさり引き下がった。
拍子抜けだ。
もっと突っ込んでくると思っていただけに紗川は驚いた。
「あはは、もっとしつこく聞いてくると思った?」
「そうですね、どう言い訳しようかと思っていました」
「そっかぁーごめんね。あたしも下請けみたいなもんだから。弱い立場で辛いのはわかるんだよね」
「貴女はどんなお仕事をされているのですか? 勿論、差し支えがなければ、ですが」
「あたしは、スタントだよ。カースタントやってるの」
手でステアリングを握る形をつくり、ニッと笑う。
「証拠、見せてあげる」
彼女はスマートフォンで写真を見せてきた。燃え上っているドラム缶の上をマツダのロードスターが飛んでいる。
「運転してるの、あたし。映画のスタントやってるの」
「それはすごいですね」
「信じてない感じがするなあ」
「信じてますよ」
「ま、信じてなくても信じててもどっちでもいいけどね~。あたしがカースタントやってるなんて言って誰も信じないし」
これまで、何度も疑いの目を向けられたに違いない。
「しかしこの場合、お互い様ですから。信じますよ」
「あはは。確かにそっちの探偵っていうのもね。あたしも大概信じてもらえないような仕事だけど、探偵もなかなか信じてもらえないでしょ。事件の話もできないようじゃ尚更」
「そうですね。とはいえ、信じてもらえなくても困りませんが」
「自分で言ってれば世話ないわ。あ、そうだ、探偵だっていうなら犯人当ててみてよ。クイズ出すから。犯人当てクイズ」
不意にいたずらっぽい表情で紗川を覗き込んできた。
「犯人当てクイズですか?」
「クイズって言っても、本当にあった事件の話で、まだ解決してないんだよね」
「未解決事件ですか」
「そう。ま、本当のところは結局わかんないと思うけど。でも面白い推理をしてくれたら信じるし、わたしも本当にカースタント何だっていう証拠をもっと教えちゃう」
笑っている彼女の前に、新しいカクテルが置かれる。
こちらの会話が聞こえていたのだろうか。店長が不安そうに視線を向けてきた。
彼の不安もわかるが、それ以上に、紗川は引っかかりを覚えた。
「おもしろそうですね。ただし貴女がカースタントだという事をわたしは疑っていないのですが、どうしましょうか」
「そうなの?」
「はい。ですから、こうしませんか? 推理が面白かったら、今後、禁止区域に違法駐車はしないと約束をしてください」
「なによー、お堅いこと言って」
「いかがです?」
「まあ、いっか。お遊びだし。じゃあ、主人公はあたしの同僚でね――」
――ある年のクリスマスに起きた殺人事件のはなし……
彼女が目を見開く。
意外だったらしい。
紗川のもう一つの仕事は探偵だ。コンサルタント的に警察に協力もしており、ある程度の収入にはなっている。もちろん、事業経営とは比べようもないほどささやかだ。
「探偵って、探偵? 真実はひとつっていう、あれ?」
「真実はひとつとは言いませんが……探偵ですよ」
「へえ、探偵かあ……浮気調査とか、するの?」
「当方は刑事事件が中心ですから、浮気調査などはしません。看板も上がっていないので、そういった依頼が来たこともありませんよ」
「刑事事件? すごーい。ドラマみたい」
酒の席だ。嘘も混ざっていると思っているのかもしれない。彼女はカラカラと笑い、カクテルを飲み干した。
「あー、美味しい。ねえ、マスター。これ、おかわりくださーい」
「飲みやすくても、度数は高めです、大丈夫ですか?」
「へーき。ねえ、それより、今までどういう仕事したのか気になるなあ。いろんな事件にあったりしたんでしょ?」
紗川の仕事に興味があるのか、立て続けに質問をしてきた。
(ここに英司がいれば、差し障りのない範囲で答えたんだろうが……)
信頼関係は大切だ。
「申し訳ありません。事実上、公の下請け業者のようなものですからね。立場が弱いんです。こちらから答えられることは何もないんですよ」
下請けという言葉に思い当たる節があるのだろうか。
彼女は「それじゃ、しかたないよね」とあっさり引き下がった。
拍子抜けだ。
もっと突っ込んでくると思っていただけに紗川は驚いた。
「あはは、もっとしつこく聞いてくると思った?」
「そうですね、どう言い訳しようかと思っていました」
「そっかぁーごめんね。あたしも下請けみたいなもんだから。弱い立場で辛いのはわかるんだよね」
「貴女はどんなお仕事をされているのですか? 勿論、差し支えがなければ、ですが」
「あたしは、スタントだよ。カースタントやってるの」
手でステアリングを握る形をつくり、ニッと笑う。
「証拠、見せてあげる」
彼女はスマートフォンで写真を見せてきた。燃え上っているドラム缶の上をマツダのロードスターが飛んでいる。
「運転してるの、あたし。映画のスタントやってるの」
「それはすごいですね」
「信じてない感じがするなあ」
「信じてますよ」
「ま、信じてなくても信じててもどっちでもいいけどね~。あたしがカースタントやってるなんて言って誰も信じないし」
これまで、何度も疑いの目を向けられたに違いない。
「しかしこの場合、お互い様ですから。信じますよ」
「あはは。確かにそっちの探偵っていうのもね。あたしも大概信じてもらえないような仕事だけど、探偵もなかなか信じてもらえないでしょ。事件の話もできないようじゃ尚更」
「そうですね。とはいえ、信じてもらえなくても困りませんが」
「自分で言ってれば世話ないわ。あ、そうだ、探偵だっていうなら犯人当ててみてよ。クイズ出すから。犯人当てクイズ」
不意にいたずらっぽい表情で紗川を覗き込んできた。
「犯人当てクイズですか?」
「クイズって言っても、本当にあった事件の話で、まだ解決してないんだよね」
「未解決事件ですか」
「そう。ま、本当のところは結局わかんないと思うけど。でも面白い推理をしてくれたら信じるし、わたしも本当にカースタント何だっていう証拠をもっと教えちゃう」
笑っている彼女の前に、新しいカクテルが置かれる。
こちらの会話が聞こえていたのだろうか。店長が不安そうに視線を向けてきた。
彼の不安もわかるが、それ以上に、紗川は引っかかりを覚えた。
「おもしろそうですね。ただし貴女がカースタントだという事をわたしは疑っていないのですが、どうしましょうか」
「そうなの?」
「はい。ですから、こうしませんか? 推理が面白かったら、今後、禁止区域に違法駐車はしないと約束をしてください」
「なによー、お堅いこと言って」
「いかがです?」
「まあ、いっか。お遊びだし。じゃあ、主人公はあたしの同僚でね――」
――ある年のクリスマスに起きた殺人事件のはなし……
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