上 下
42 / 89
運転者にはノンアルコールのカクテルを。

完全犯罪 1

しおりを挟む
「いいこと、ですか?」
「あのね。駐禁って、きっぷ切られてもさ、罰金だけ払えば点数は減らないってこと知ってた?」

 表面上は笑顔を浮かべていた紗川だが、内心では苦く思っていた。

(確信犯か)

 誰が駐車したのか証拠がなければ、警察は逮捕することはできない。最初は車にシールを貼って罰金の支払いを促し、それがなされない時は郵送で所有者の家に便りが届く。
 その段階でも誰が運転していたか証拠がないため、特定の個人の免許の点数が減点されることはない。
 彼女のいうとおり、罰金さえ払えば、罪がなかったことにされる。

「うふふ。警察公認の完全犯罪だよね」

 実のところ証拠がないというより、そこまで手が回らないから、罰金を払ってもらう事で再発を防止したい――というのが警察の本音ではなかろうか。
 常習犯だとすれば質が悪い。
 車の状態から、金回りがいい様子が伺える。
 コインパーキングに停めるよりも、余分に金を払っても構わないから便利なところに停めておきたいと考えているのかもしれない。
 残念ながら、罰金が抑止力にならない人種も一定数いる。
 この場合は車に乗れなくなる可能性を示唆した方がいいだろう。
 紗川はそう判断すると、彼女の自慢には乗らずに肩をすくめるだけにとどめることにした。

「完全犯罪とはいかないかもしれませんよ。警察も記録していますから、常習犯の場合は免停になる可能性もあります」
「心配してくれてるんだ。やさしー。ありがとう」

 機嫌よく感謝されても困ってしまう。
 どうしたものかと思っていると「それにしてもさ」と、彼女の話題は次に移ってしまった。
 先ほどから話題がころころと変わる。
 話題に集中していないのかもしれない。

(となると、丁寧に話すよりも、小さな楔をいくつも打ち込んでいく方が効果的か……)

 車での来店を除けば、彼女は良い顧客になるかもしれない。
 だがそれ以上に、こういう時にどうふるまえば良いのか、店長に見せておくことのメリットが大きい。
 全く同じケースはないかもしれないが、一つ一つのふるまいが、別のときに活かされる可能性がある。
 どのように仕向けて行こうかと考えていた時だった。思いもよらない言葉に、紗川は目を丸くした。

「イギリス系の高そうなスーツ着てるものも珍しいけど、いまどき髪を染めてない人も珍しいよね。ピアノまで弾いちゃうしさ。ビックリ。ねえ、どこのお店?」
「……」

 一瞬、この店のオーナーだと答えそうになってしまったが、彼女の問いかけはそういう意味ではない。

(なるほど)

 彼女の砕けた口調にも納得がいった。

「車の話できるのも珍しいし。今度、行ってみようかな」

(ホストと勘違いしていたわけか)

 さすがに苦笑いを隠せない。
 ホストに間違えられたのは初めてではなかったが、ここまでフランクに話しかけられることはまれだ。
 店に入ってきたときに店長との会話を聞かれていたようだが、全部ではなかったのかもしれない。あるいは紗川は自分の立場を明確にする発言はしていなかったから、単純に常連と思った可能性もある。
 紗川は彼女の間違いに気づかぬふりをして頷いた。

「川越にありますよ」
「川越? この辺にないよねえ、そう言うお店。……うーん、何のお仕事なの?」

 ホストかと言うのは、流石に気がとがめたのだろう。
 紗川は安心させるように微笑んだ。
 サラリと長い前髪が揺れる。

「どんな職業に見えますか?」
「わからないなあ。普通の会社員って感じじゃないし。でも制作会社とかそう言う感じでもないし……」

 紗川は笑みを浮かべたまま、彼女の解答を待つ。
 その間にどう答えようかと紗川は考えていた。この店のオーナーと言うよりは――

「うーん、わかんない。ねえ、何やってる人なの?」
「探偵です」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

刑事の夜話

江木 三十四
ミステリー
超ショートです。主に、刑事の福田君が妻のみさとさんに仕事について聞かせている話です。今後は、別の設定の話も書いていく予定です。

蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ
ミステリー
……三十九。三十八、三十七 結珂の通う高校で、人が殺された。 もしかしたら、自分の大事な友だちが関わっているかもしれない。 調べていくうちに、やがて結珂は哀しい真実を知ることになる──。 双子の因縁の物語。

リアル

ミステリー
俺たちが戦うものは何なのか

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

W-score

フロイライン
恋愛
男に負けじと人生を仕事に捧げてきた山本 香菜子は、ゆとり世代の代表格のような新入社員である新開 優斗とペアを組まされる。 優斗のあまりのだらしなさと考えの甘さに、閉口する香菜子だったが…

処理中です...