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本日のおやつは、さつま芋パイです。
遥かなるティータイム 1
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廊下の冷たさが、つま先から這い上がってくるようだ。
通話を終えた三枝は、リビングに続く扉を開けた。とたんにソファの背と同時に遺体の髪が視界に入る。それは先ほど紗川が見たのと同じ光景に違いない。ソファの背もたれには、亜麻色の髪が乱れ広がっている。
肌で感じる、死の気配。
冷たいてのひらに内臓を撫でられたような気持ちになる。
視線をソファから遺体の先に向けると、大きな液晶テレビがあった。電源は入っておらず、画面が暗い。
だからだろう。
真っ暗な画面に遺体が写っていた。
大きな花柄のワンピースの裾から伸びた足はほっそりとしており形がいい。ピンク色のカーディガンはフリルがついた凝ったデザインで、まるでバラの花のようだ。
服のセンスとここにたどり着くまでの置物のセンスが合致している。
(綺麗な人だったのに……)
WEBの画像でしか知らない彼女の表情は光り輝いていた。
今やその表情は失われ、彼女らしさの片鱗は、艶かしい素足だけだ。
その先を見ると、プラスチック製の四角いものが転がっていた。家電製品のようだ。
「三枝君、連絡は済んだか?」
紗川の声がする方に顔を向ける。紗川と俊夫は、二人掛けの小さなダイニングテーブルに向かいあって座っていた。
敏夫はずいぶん落ち着いたように見える。
「はい。おおよその到着時間を聞いてありますが……30分以上かかるかもしれないとのことでした」
できるだけ遺体を視界に入れないようにしながら紗川に伝えたが、答えたのは俊夫だった。
「……ずいぶん、かかるものなんですね」
俊夫のつぶやきに、三枝は心の中で首を振った。
30分で着くなら早い方だ。
「全く、警察は何をやってるんだ! サイレンを鳴らしても、そんなものなんですか? 人が一人、殺されているんですよ。殺されているという事は、この付近に殺人犯がいるという事じゃないですか。そんな危険なところに民間人を放置しておくんですか?」
気のせいだろうか。一瞬、紗川の双眸が鋭くなったように見えた。
「岸さんは、犯人が外部の者だとお考えの様ですね」
「そりゃそうでしょう。私たちが来たときは殺されたばかりの状態だったんです。まだ温かかった! なら、犯人はこの付近にいるはずですよ。早くしないと逃げてしまう。いやもしかしたら、逃げ切れないと思って逆上してここに乗り込んでくるかも……」
「岸さん」
紗川が口を開いた。
「おかけになりませんか?」
俊夫は興奮から、いつの間にか立ち上がってまくし立ててしまっていた。
「ああ、そうですね。申し訳ない。あ。その前にお茶でもいかがですか? 妻が取り寄せた珍しい紅茶があるんですよ」
自分でも心を落ち着けようとしているのか、俊夫がキッチンに向かおうとする。
だが紗川はそれを手で制した。
「いえ、静かに待ちましょう」
「……紅茶をいれるだけですよ」
「何が警察の捜査の妨げになるかわかりません。動かない方が良いです」
「そういうものですか……ああ、でも、そこにいるアルバイト君に椅子を用意するぐらいは良いんじゃないですか?」
「お構いなく、彼は自分で取ってきます。キッチンにあるんですよね。どこですか?」
三枝は言われたとおりの場所でキッチンにあるパイプ椅子を見つけ、持ってきた。
「申し訳ないね、そんな椅子で」
いたわるような声に、三枝は恐縮して首をふった。
「来客があった時は、あちらのソファに案内していてね。こっちは私と妻の二人だけで食事をするだけだから……」
ならば、椅子が二客しかないのは当たり前のことだ。
「お気遣いなく……」
持て来たパイプ椅子を紗川の斜め後ろに置き、腰を下ろす。
無機質な冷たさが伝わってきた。
通話を終えた三枝は、リビングに続く扉を開けた。とたんにソファの背と同時に遺体の髪が視界に入る。それは先ほど紗川が見たのと同じ光景に違いない。ソファの背もたれには、亜麻色の髪が乱れ広がっている。
肌で感じる、死の気配。
冷たいてのひらに内臓を撫でられたような気持ちになる。
視線をソファから遺体の先に向けると、大きな液晶テレビがあった。電源は入っておらず、画面が暗い。
だからだろう。
真っ暗な画面に遺体が写っていた。
大きな花柄のワンピースの裾から伸びた足はほっそりとしており形がいい。ピンク色のカーディガンはフリルがついた凝ったデザインで、まるでバラの花のようだ。
服のセンスとここにたどり着くまでの置物のセンスが合致している。
(綺麗な人だったのに……)
WEBの画像でしか知らない彼女の表情は光り輝いていた。
今やその表情は失われ、彼女らしさの片鱗は、艶かしい素足だけだ。
その先を見ると、プラスチック製の四角いものが転がっていた。家電製品のようだ。
「三枝君、連絡は済んだか?」
紗川の声がする方に顔を向ける。紗川と俊夫は、二人掛けの小さなダイニングテーブルに向かいあって座っていた。
敏夫はずいぶん落ち着いたように見える。
「はい。おおよその到着時間を聞いてありますが……30分以上かかるかもしれないとのことでした」
できるだけ遺体を視界に入れないようにしながら紗川に伝えたが、答えたのは俊夫だった。
「……ずいぶん、かかるものなんですね」
俊夫のつぶやきに、三枝は心の中で首を振った。
30分で着くなら早い方だ。
「全く、警察は何をやってるんだ! サイレンを鳴らしても、そんなものなんですか? 人が一人、殺されているんですよ。殺されているという事は、この付近に殺人犯がいるという事じゃないですか。そんな危険なところに民間人を放置しておくんですか?」
気のせいだろうか。一瞬、紗川の双眸が鋭くなったように見えた。
「岸さんは、犯人が外部の者だとお考えの様ですね」
「そりゃそうでしょう。私たちが来たときは殺されたばかりの状態だったんです。まだ温かかった! なら、犯人はこの付近にいるはずですよ。早くしないと逃げてしまう。いやもしかしたら、逃げ切れないと思って逆上してここに乗り込んでくるかも……」
「岸さん」
紗川が口を開いた。
「おかけになりませんか?」
俊夫は興奮から、いつの間にか立ち上がってまくし立ててしまっていた。
「ああ、そうですね。申し訳ない。あ。その前にお茶でもいかがですか? 妻が取り寄せた珍しい紅茶があるんですよ」
自分でも心を落ち着けようとしているのか、俊夫がキッチンに向かおうとする。
だが紗川はそれを手で制した。
「いえ、静かに待ちましょう」
「……紅茶をいれるだけですよ」
「何が警察の捜査の妨げになるかわかりません。動かない方が良いです」
「そういうものですか……ああ、でも、そこにいるアルバイト君に椅子を用意するぐらいは良いんじゃないですか?」
「お構いなく、彼は自分で取ってきます。キッチンにあるんですよね。どこですか?」
三枝は言われたとおりの場所でキッチンにあるパイプ椅子を見つけ、持ってきた。
「申し訳ないね、そんな椅子で」
いたわるような声に、三枝は恐縮して首をふった。
「来客があった時は、あちらのソファに案内していてね。こっちは私と妻の二人だけで食事をするだけだから……」
ならば、椅子が二客しかないのは当たり前のことだ。
「お気遣いなく……」
持て来たパイプ椅子を紗川の斜め後ろに置き、腰を下ろす。
無機質な冷たさが伝わってきた。
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