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本日のおやつは、さつま芋パイです。

夕食はいまだお預けです 3

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 紗川がすばやく室内に入る。紗川の背中が移動したことで、ようやく三枝にも室内を見渡すことができた。
 フローリング張りの広いリビングだった。
 廊下に比べて暖かいからここは床暖房なのだろう。
 左手にはダイニングテーブルがあった。
 その反対、右手には大きな窓があり、こちらに背を向けてソファがある。ソファには誰かが座っているようだった。
 亜麻色の髪が見える。
 三枝の位置からはソファが邪魔してそれ以上確認することはできない。
 ただわかることは、異臭がすると言うことだった。
 探偵助手となってから、何度か経験しているソレの臭い。
 何度遭遇しても、慣れることのない――けして、慣れてはいけない、ソレ。

「美子さん」

 紗川がソファの前に膝をついていた。
 いやな感じだ、と三枝は思った。
 いつもよりも低い声は、硬く冷たい。

「……もう一度、依頼をしてください」

 固く冷たく、しかし、悲しい声だ。
 紗川は何かを言いかけ、唇を震わせたが、結局は何も言わないままだった。
 本能が逃げろと叫ぶが、三枝は動けなかった。
 ここには満ちている。
 まだ、新しい「ソレ」の気配が。
 ソレは、生きようとする本能が最も忌避する存在の気配だ。

「三枝君」
「は、はい」

 紗川が視線を向けた。
 目が合うと同時に、三枝は凍り付いた。
 もともと紗川は切れ長で、平均よりも瞳の色が黒い。
 にもかかわらず冷たさを感じないのは、日頃穏やかな空気を纏っているからだ。
 今はそれがない。
 あらゆる感情が、消え失せているかのように見える。
 黒く鋭い双眸の奥からは暖かさが一切失われ、そこには色彩のない無が広がっているように感じる。
 三枝は息をすることも忘れ、立ち尽くした。

――ちがう

 無ではない。
 炎は熱いほど色彩を失う。
 赤よりも青、青よりも無色。
 内側の熱が彼の色彩をすべて失わせ、周囲を凍り付かせるほどの怒りとなる。
 だから、怖いと思ったのだ。
 紗川はそれ以上に三枝を見ることはなくソファの上に視線を戻した。
 そして静かに手を伸ばす。
 指先が、動脈をとらえる。
 どれほどの時がたっただろうか。
 ほんの数秒だったのかもしれないし、数分だったかもしれない。
 だが、三枝には永遠に思えるほどの時だった。

「死んでいる」

 ソレ――死が名を得て臭いが立ち上る。
 心臓が壊れてしまいそうだ。

「……はい」

 返事をするのが精いっぱいだった。

「電話をかけてくれ」

 三枝は頷くと、数字をタップした。

――1、1……

 最後の数字が分からない。
 人の生をつなぐための車を呼ぶのか、あるいは――

「先生。最後の一桁は『9』ですか、『0』ですか」

 紗川の返答には、時間がかかった。
 声にするために整えている呼吸が震えている。
 一度落とされた視線が、再び上を向く。

「分からないのか?」

 分かっている。
 だが三枝は自分でその答えを出したくなかった。
 すがるように上司を見つめる。

「『0』だ」

 紗川は低い声で、だが残酷に生の可能性がないことを告げた。

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