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本日のおやつは、さつま芋パイです。
お芋のドーナツ召し上がれ 2
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(殺人事件ってことか?)
ならば探偵助手としてしっかり話を聞いている必要がある。
しかし三枝は無関心を装って動き、話の邪魔にならないよう静かにカップを置いた。立ち上がりぎわに紗川をちらりと見ると、小さく頷いる。
これは合図だ。
三枝は自分の椅子に腰を下ろした。
「心配しすぎだと、紗川さんは笑うかもしれませんが、私は気が気ではないんです。妻が殺されるのではないかと」
ため息混じりに言う俊夫の顔からは、最初の明るさが消えていた。
「妻に言い寄る連中は異常です。あいつらは妻が身につけたもの、触れていたものを真っ先に欲しがる。妻を――美子を自分のものにしたいと思っているんです。これを見てください」
俊夫はスマートフォンを操作してSNSを表示した。
「これは、うちのショップのページです。男性ユーザーと思われるリプライが複数ついています」
三枝も身を乗り出してそれを覗いてみた。
まるでアイドルに群がるファンのように、写真を絶賛している。
(あー……こりゃ、勘違いするな)
ホームページで商品よりもモデル――妻の良子がメインになっている写真が多い理由が分かった気がした。
SNSのフォロワーたちは、商品よりもモデルになっている女性を見ていたからだ。
セクシーなポーズや、きわどいところまで見せている写真には称賛の言葉が特に多い。
入浴剤やランタンの紹介では、美子が入浴している写真があげられているため、それが顕著だった。
「妻にはこういう写真は控えるよう言っているのですが、一向に聞き入れる様子がありません」
「彼女にしてみれば、評判がいいのになぜ辞める必要があるのか、という事でしょうからね」
「そうなんですよ。それに、店の住所を公開していますから、実際に来てしまったことも何度もあります。強引にデートに誘われたことも……」
俊夫はため息をついた。
「妻は、女が店をやるからにはそういう客が一定数いる事は仕方がないと言っていますが、放っておいていいはずがない。脅しの言葉も『死ね』『殺すぞ』と過激ですし……」
「なるほど。それは心配です」
「紗川さん、そう思っていただけるのですね。お願いします。うちに来て妻に会っていただけませんか」
「奥様に、ですか?」
俊夫は頷く。
自分がいない間にどういう会話があったのかは不明だが、それにしても、家に来てくれとは唐突ではないだろうか。
「一緒に説得して欲しいんです」
「写真の撮り方について、ですか?」
「もちろんそれもありますが、警察にも行った方がいいんです。私がいない間、何があるかわかりません。今日は店が休みだから大丈夫かもしれませんが、営業日は……」
「随分急ですね」
「申し訳ない。でも何かあってからでは遅い。できるだけ早く手を打ちたいんです」
「岸さんの不安なお気持ちは分かりました。しかし、わたしで良いのでしょうか。失礼ですが知り合って間もない。それほど信頼関係が築かれているとは思えません」
紗川はセミナーで知り合ったと言っていた。しかも昨日の話だ。
俊夫は三枝の方を見ることなく、紗川に頭を下げた。
「縁のない人だからよかったんです。先ほどお話したとおり、妻は輸入雑貨の小さな店を経営しています。近所には快く思わない主婦も多い。ましてや外聞の悪い話なので……近くの人には聞かせたくないことだったんです」
「なるほど。赤の他人だからこその気楽さ、と言うわけですね。岸さんのご自宅はさいたま市の見沼区でしたね」
三枝には俊夫の気持ちがわかるような気がした。
商売をやるうえで噂話ほど厄介なものはない。
(もしかしたら……岸さんは相談相手を求めて、セミナーに参加したのかもしれないな)
そこで紗川と出会えたのは僥倖と言えるだろう。
(安心しなよ、オジサン。うちの先生、寝起きは最悪だけと仕事は一流だからさ)
不安そうにしている俊夫に、三枝は心の中でエールを送った。
(あ、そっか。先生が「依頼人」じゃなくて「客」って言ったのは……まだ依頼人じゃないって意味だったんじゃ……)
俊夫が相談と言って話し始めたのは今だが、セミナーでそれをにおわせることを言っていたのではないだろうか。彼がおしゃべりなのはこの短時間でも分かった。本人は言ったつもりはなくても、口に出していた可能性がある。
「分かりました」
紗川が頷いた。
「ご自宅に伺います。詳しい内容は、奥様も交えて改めてお話しいただけますか?」
ならば探偵助手としてしっかり話を聞いている必要がある。
しかし三枝は無関心を装って動き、話の邪魔にならないよう静かにカップを置いた。立ち上がりぎわに紗川をちらりと見ると、小さく頷いる。
これは合図だ。
三枝は自分の椅子に腰を下ろした。
「心配しすぎだと、紗川さんは笑うかもしれませんが、私は気が気ではないんです。妻が殺されるのではないかと」
ため息混じりに言う俊夫の顔からは、最初の明るさが消えていた。
「妻に言い寄る連中は異常です。あいつらは妻が身につけたもの、触れていたものを真っ先に欲しがる。妻を――美子を自分のものにしたいと思っているんです。これを見てください」
俊夫はスマートフォンを操作してSNSを表示した。
「これは、うちのショップのページです。男性ユーザーと思われるリプライが複数ついています」
三枝も身を乗り出してそれを覗いてみた。
まるでアイドルに群がるファンのように、写真を絶賛している。
(あー……こりゃ、勘違いするな)
ホームページで商品よりもモデル――妻の良子がメインになっている写真が多い理由が分かった気がした。
SNSのフォロワーたちは、商品よりもモデルになっている女性を見ていたからだ。
セクシーなポーズや、きわどいところまで見せている写真には称賛の言葉が特に多い。
入浴剤やランタンの紹介では、美子が入浴している写真があげられているため、それが顕著だった。
「妻にはこういう写真は控えるよう言っているのですが、一向に聞き入れる様子がありません」
「彼女にしてみれば、評判がいいのになぜ辞める必要があるのか、という事でしょうからね」
「そうなんですよ。それに、店の住所を公開していますから、実際に来てしまったことも何度もあります。強引にデートに誘われたことも……」
俊夫はため息をついた。
「妻は、女が店をやるからにはそういう客が一定数いる事は仕方がないと言っていますが、放っておいていいはずがない。脅しの言葉も『死ね』『殺すぞ』と過激ですし……」
「なるほど。それは心配です」
「紗川さん、そう思っていただけるのですね。お願いします。うちに来て妻に会っていただけませんか」
「奥様に、ですか?」
俊夫は頷く。
自分がいない間にどういう会話があったのかは不明だが、それにしても、家に来てくれとは唐突ではないだろうか。
「一緒に説得して欲しいんです」
「写真の撮り方について、ですか?」
「もちろんそれもありますが、警察にも行った方がいいんです。私がいない間、何があるかわかりません。今日は店が休みだから大丈夫かもしれませんが、営業日は……」
「随分急ですね」
「申し訳ない。でも何かあってからでは遅い。できるだけ早く手を打ちたいんです」
「岸さんの不安なお気持ちは分かりました。しかし、わたしで良いのでしょうか。失礼ですが知り合って間もない。それほど信頼関係が築かれているとは思えません」
紗川はセミナーで知り合ったと言っていた。しかも昨日の話だ。
俊夫は三枝の方を見ることなく、紗川に頭を下げた。
「縁のない人だからよかったんです。先ほどお話したとおり、妻は輸入雑貨の小さな店を経営しています。近所には快く思わない主婦も多い。ましてや外聞の悪い話なので……近くの人には聞かせたくないことだったんです」
「なるほど。赤の他人だからこその気楽さ、と言うわけですね。岸さんのご自宅はさいたま市の見沼区でしたね」
三枝には俊夫の気持ちがわかるような気がした。
商売をやるうえで噂話ほど厄介なものはない。
(もしかしたら……岸さんは相談相手を求めて、セミナーに参加したのかもしれないな)
そこで紗川と出会えたのは僥倖と言えるだろう。
(安心しなよ、オジサン。うちの先生、寝起きは最悪だけと仕事は一流だからさ)
不安そうにしている俊夫に、三枝は心の中でエールを送った。
(あ、そっか。先生が「依頼人」じゃなくて「客」って言ったのは……まだ依頼人じゃないって意味だったんじゃ……)
俊夫が相談と言って話し始めたのは今だが、セミナーでそれをにおわせることを言っていたのではないだろうか。彼がおしゃべりなのはこの短時間でも分かった。本人は言ったつもりはなくても、口に出していた可能性がある。
「分かりました」
紗川が頷いた。
「ご自宅に伺います。詳しい内容は、奥様も交えて改めてお話しいただけますか?」
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