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本日のおやつは、さつま芋パイです。

遥かなるティータイム 4

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 自分のせいで、依頼人が死んでしまったのだ。
 平然として見せていても、紗川は強い自責の念に駆られているに違いない。

(先生は……依頼人の死を自分の責任だって考えるはずだ……自分が油断したから、自分が殺したも同然だって)

 探偵はいつも「死」が生じてから現れる。
 三枝は唇をかんだ。 

「では、岸さんは奥様を殺したのは、通信販売の顧客の誰かだとお考えなのですね」

 紗川の声は、いつも通り穏やかだ。
 優しく柔らかく内耳を慈しむように神経にたどり着く声。

「そうです。実際に被害が起きてからでは遅い。なのに妻は取り合わない。紗川さんなら、女性ウケもいいでしょうし、妻も素直に話を聞くんじゃないかと思ったんです」

 紗川は考え込むように頷いていた。
 事務所で聞いた話と矛盾はないように感じるが、紗川なら女性ウケがいいのではという言葉が引っかかった。
 しかし紗川は頷くだけだ。

「なるほど。では、なぜ被害者は最悪の結末になる前に警察に相談することを拒んだと思いますか?」
「軽く考えていたのか……ひょっとしたら、こんなにちやほやされたことはないから、いい気になっていたのかもしれません。とにかく、このままでは危ない、いつか被害が出る、その前になんとかしなくてはと、思っていました」

 三枝はひっそりと顔をしかめた。たしかに、ホームページやSNSで自分を出しすぎている印象は受けるが、自分を広告塔にして商品を売っている社長というのはどこにでもいる。

(先生に依頼してきたのは、奥さんの方なんだよな……)

 このままでは、嫉妬深い夫に殺されてしまうかもしれない。
 そう、不安に思った人の気持ちが分かる気がした。

「こういう形で奥様にお会いすることになってしまい、非常に残念です」
「そうですよね……申し訳ない」

 紗川に謝ることは少しもないのに、と遺体の首に巻きついたスカーフを見て思った。
 詳しくは鑑定を待つ必要があるだろうが、そのスカーフが凶器だったとみて良さそうだ。
 俊夫は低い声でゆっくりと語りだした。

「妻がインターネットで通信販売を始めたのは言いましたよね?」
「最初はうまくいかなかったそうですが、最近は軌道に乗っていたようですね」
「軌道に……そうですね。安定して売れるようになりました。最初の頃は全く反応がなく……毎月赤字が続いていて、私の給料でどうにかもたせていたんです」
「何がきっかけで変わったのでしょうか」
「宣伝のためにと、大手サイトのネットオークションを使った時だと思います。ネットオークションを見る人があんなにもいるとは思っていませんでした」
「宣伝が功を奏したと喜ぶだけでは済まなかった?」
「もともと、仕入れたアクセサリーや小物を実際に身に付けて、見ている人がイメージしやすくしていました。ところが、商品以上にモデルに興味を持たれてしまったんです」
「モデル……つまり、奥様に興味を持つ輩が出てきたというわけですね。しかし店主の魅力で商売が成り立っている店は少なくありません。うちの事務所の近くのガソリンスタンドが他より多少高くても人が入っているのはそう言う理由だと思いますよ」
「よく見てくれるって言ってましたっけね。私はエンジンオイルを売りつけられそうになりましたが」

 紗川はそれには答えず「美子さんはとてもきれいな方ですよね」と言った。

「店舗を軌道に乗せるのは難しいものです。どうすれば話題になるのか、どうすれば売れるのか、随分勉強されていたようですが、岸さんからアドバイスなどをされていたのですか?」
「さっぱりありませんでしたね。わたしに相談してくれればいくらでも力になったのに。独学でやろうとしたからおかしなことに……」
「ご自分でやりたかったんでしょう。――写真もどうとれば魅力的に映るか、彼女なりに勉強している真っ最中だったのかもしれませんね」
「それがいけなかったと言っているんですよ。最初のころは、わたしの給料から補填してたんです。わたしはね、それでもよかったんですよ。赤字が大きくなければ。金に困っているわけでもないんだから、大人しく家の中にいればよかったんだ」
「彼女なりに自分を表現したかったのかもしれません」
「自分を表現、ですか? 分かったようなことを……」

 敏夫は顔をしかめ、自分のスマートフォンを操作して美子のショップのページを開いた。

「これが表現ですか。ただのいやらしい写真じゃないですか」

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