探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

文字の大きさ
上 下
29 / 89
本日のおやつは、さつま芋パイです。

ラテの約束 2

しおりを挟む
 傘のつゆ先が、紗川がいる場所をとらえている。そのまま振り下ろされれば間違いなく、当たる。
 唐突に滑るように傘が軌道を変えた。
 紗川が腕を傘の曲面に添わせるようにして動きを変えたせいだ。
 そして、払う。
 長い髪の先が宙に浮く。
 腰を落とした紗川が、低い位置から俊夫との距離を詰める。

「あ――」

 俊夫の傘が、水たまりに落ちた。
 雨粒さえ止まっているように感じた一瞬。
 俊夫の体が崩れた。
 紗川がオイルをたっぷりと纏ったゴム手袋を俊夫の側頭部に当てたのだ。車で確認をしたのちに、移動しながら裏表をひっくり返していたらしい。オイルで重さを得た手袋はブラックジャックとまではいかぬものの、紗川が武器とするには手ごろだったのだろう。
 のちに、軽度な脳震盪を起こさせるのに適度な重さだったのだと聞くことができたが、この時の三枝には、紗川が何をしたのか分からなかった。
 頭を大きく揺らされ、俊夫がふらつく。
 黒く長い髪が雨を纏いながら三枝の視界を覆う。まるで古い映画のフィルムの一コマ一コマのように、俊夫が崩れ落ちていく。
 長い時間のように感じたが、しかし瞬きをする程度のわずかの間の出来事。
 三枝の視界にかかっていた黒い髪の最後のひと房が消え、全てが見渡せた。
 雨の中に凛と立つ紗川からは、何ひとつ感情を見つけることができない。

 冷たいほどに、無だった。

 三枝はただ、その横顔を呆然と見上げていた。
 リボンがほどけてしまったせいで、長い髪が雨に濡れて頬に張り付いている。

「はい、はーい。ご苦労様です。まずは、傷害未遂の現行犯逮捕という事で」

 その場にそぐわない明るい声が、緊張を崩した。
 木崎が俊夫に手錠をかける。
 それと同時に、周辺から警官がばらばらと表れてきた。

「え、え……」

 三枝は全く状況が理解できず、慌てて辺りを見渡す。
 紗川が両の指先をこめかみに差し入れるようにして雨で顔に張り付いた髪を後ろに流す。
 まるでオールバックにしたかのようで、いつもよりも怖そうだった。
 しかし戸惑う三枝に向けてくる視線はいつもと変わらない。

「逃亡の恐れがある容疑者をこれだけの人数で歩かせるわけにはいかないだろう? 当直の皆さんの護衛付きだったわけだ」
「そうなんですか?」

 三枝は目を見開く。

「なあ、英司」
「うん?」
「おそらく、岸さんは軽い脳震盪を起こしていると思うんだが……僕はとっさに手に持っていたゴム手袋を投げただけだっただろう?」
「そうだねぇ。あんなものを凶器にできるようなひとは、よっぽどの古武術の達人でもない限りは無理なんじゃないかな」




=================
2018.9.28 改稿
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

SP警護と強気な華【完】

氷萌
ミステリー
『遺産10億の相続は  20歳の成人を迎えた孫娘”冬月カトレア”へ譲り渡す』 祖父の遺した遺書が波乱を呼び 美しい媛は欲に塗れた大人達から 大金を賭けて命を狙われる――― 彼女を護るは たった1人のボディガード 金持ち強気な美人媛 冬月カトレア(20)-Katorea Fuyuduki- ××× 性悪専属護衛SP 柊ナツメ(27)-Nathume Hiragi- 過去と現在 複雑に絡み合う人間関係 金か仕事か それとも愛か――― ***注意事項*** 警察SPが民間人の護衛をする事は 基本的にはあり得ません。 ですがストーリー上、必要とする為 別物として捉えて頂ければ幸いです。 様々な意見はあるとは思いますが 今後の展開で明らかになりますので お付き合いの程、宜しくお願い致します。

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

処理中です...