探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

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本日のおやつは、さつま芋パイです。

食後には傘をさして夜の散歩を

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 玄関を出ると、しとしとと雨が降っていた。

「まだ降ってるし……」
「いや、恵みの雨だ」

 独り言を否定され、三枝はおどろいて見上げた。
 自分たちの後ろには、木崎と俊夫がいる。
 紗川は小さく笑うと、雨にぬれながら車に向かう。三枝も続いたが、雨粒の冷たさに、すぐに後悔した。

「紗川さん、どうしたっていうんですか」

 俊夫が不安そうな顔で問いかけてきた。

「岸さん、これがなんだかわかりますか?」」

 紗川はミニクーパーの後部を懐中電灯で照らした。
 黒く虹色に光る何かがある。

「岸さんの車……どうかしたんですか?」
「正しくは被害者の車だ。岸さんの車は普段乗っているのはプリウスだがこちらは点検中。もう一台のトヨタ2000GTはガレージの中にあった」
「え、なんで自分の車、使わなかったんですか?」

 三枝は、思わず俊夫を振り返った。

「天気が悪く、汚れてしまいそうだったから乗りたくなかった――そんなところではありませんか」

 俊夫は罰が悪そうにうなずいた。

「キヨアキ、それよりそっちのテラテラしてるのはなんだ?」

 木崎の懐中電灯の光がミニクーパーの足元をくるくると回っている。

「それはエンジンオイルだ。さて、岸さん。このミニクーパーからオイルが零れている――それについてお心当たり貼りますか?」
「全くない。何なんですか。それに先月車検を通したばかりなんですよ」
「岸さんは新車を5年ごとに乗り換えているとおっしゃっていましたね。こういう古い車は初めてですか?」
「そうですよ。いい車でしょう? このミニクーパーも四〇周年の限定車です」
「ほとんどの車は古くなるほど価値が下がりますが、このミニクーパーも時を経るほどに価値を高める、数少ない名車の一つです」

 紗川はスーツが汚れることも意に介せず、ミニクーパーの下に手を差し入れた。
 どこに触れたのかは分からないが、その手は真っ黒に汚れている。

「ご安心ください、岸さん。クルマには何もしていません。私は」

 素手で触れたのかと思いきや、ゴム手袋だったようだ。脱いだゴム手袋は三枝が預かろとしたが、紗川がそのまま持つことにしたらしい。

「この黒い汚れは、このミニクーパーの移動を示しています」

 紗川はそう言って、路面を照らした。
 虹色の反射をする黒の汚れが水面を汚している。
 直系にして五十センチメートルほどの円を描いていた。
 紗川は懐中電灯の光を別の方角に向けた。何かを探すように光は揺れて、止まった。そこにも虹色の反射があった。それほど大きなものではなかったが、点々と続いている。紗川が一度懐中電灯を消すと、路面に街灯に反射する虹色の光があることに気づいた。よく見ると三筋の線のようになっていることになっている。
 雨に濡れた路面の上で、その光り方は明らかに異質だった。

「行きましょうか、岸さん」

 紗川が歩き出し、その後に続く。
 俊夫の両脇には木崎と三枝がついた。
 すぐに、紗川が虹色に反射する点を追っているのだとわかった。
 三枝は、その光を写真に撮っておくことにした。紗川は先に行ってしまうが、そのペースは遅い。何かを考えながら歩いているのか、光の筋を失わないように注意しているのかは分からない。
 おかげで三枝は写真を撮りながら歩いても置いていかれずに済んだ。
 しばらく歩いていくと、三本の筋が二本と一本に別れていた。紗川は何も言わずに二本の筋のほうを選ぶ。やがて、コンビニエンスストアにたどり着いた。

「あれ? ここ、くるときに落ち合ったコンビニですよね」
「歩いたのは1キロ弱……旧16号はひと区画向こう側だ」

 紗川が呟いた。
 それから分岐点まで戻り、今度は一本の筋を辿る。
 点々と続く光の跡は、中央線のない道路の真ん中にあったが、絶え間なく続いていたので追うのに苦労はなかった。
 距離はそれほどないはずだが、ゴールがわからないと長く感じる。

(さむっ! まだコートはいらないと思ってたけど着てくりゃよかった。今度、レインコートを車の中に置いておこう)

 トランクに積んでおくくらいなら紗川も文句は言うまい。
 住宅街を歩き、寒さのせいで傘を持つ指の感覚がなくなってきたころだった。

「この先にあるものが、分かりますか?」

 指先に息を吐いて温めていた三枝は、紗川の声に顔を上げた。
 紗川は俊夫を見ている。
 俊夫は青ざめた顔で紗川を見返していた。
 ただ、雨が降る音だけが響いた。
 紗川の懐中電灯の明かりで示された先には何もなかった。
 ただ太い道があり、車が走っている。スピードが出ているせいだろう、車が通るたびに泥水が狭い歩道に跳ね上がる。
 もしも歩道を歩いたら、胸のあたりまでずぶ濡れだろう。

「あの……あの道の横、歩くんですか……?」

 戸惑って言うと、紗川は小さく笑った。

「英司は分かっているだろう。わかっていないのは三枝君だけか。いい加減に目を覚ませ。この道は、夕方に僕らがとても退屈させられた、あの混みあった旧16号だ」
「え……? そうなんですか?」
「右側――西方面から僕らはやってきた」
「あ、はい」

 途中で見かけたレストランの看板を探したが、見つけることはできなかった。

「では反対側……東側にカフェがあるのが見えるか?」
「あ、オープンって書いてありますね。帰りに――」
「この時間でもある程度客が入っているようで何よりだ」

 紗川が被せるように言ってきた。これは明らかに三枝が何を言おうとしているのか分かっていて遮っている。
 三枝は内心で口を尖らせ、看板に書かれた24Hの数字にわずかな期待を向けることにした。

「開店直後だから余計に人が来てるのかも……あ」

 気づいた。
 カフェは反対車線側にある。右折で入ろうとすれば、対向車線が切れるのを待たねばならないため、流れを止めることになる。
 一度完全停止してしまった車は、すぐに元のスピードには戻らない。
 ましてや雨で視界が悪い。
 カフェだから自転車や徒歩の客も付近には多かったのではないだろうか。
 それだけではない。片道一一車線でガードレールがあるこの道は、歩道が狭いため自転車は車道を走ることになる。
 禁止されているとは言え、傘をさして自転車に乗る人は多い。フラつくそれを避けようとしたら中央線をはみ出なければならず、その為にはやはり対向車線の流れが切れる必要がある。

(混むはずだ)
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