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運転者にはノンアルコールのカクテルを。

エピローグ 涙

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「清明、待たせたてごめん」

 女が姿を消して一〇分ほど過ぎた頃、待ち人が現れた。
 テーブルはまだ空いていなかったが、紗川の隣のカウンター席は空いている。

「閉店五分前。いいタイミングだ。僕以外の客はみんな帰った」
「よかったー、店が閉まる前に到着できた。――あ、ありがとう」

 本来の待ち合わせの相手、木崎がネクタイを緩めながらスツールに腰を下ろした。
 店長が渡してくる蒸しタオルで顔までぬぐいだす。
 普段はこんなことをしないのだが、よほど疲れているらしい。

「ああ……生き返る……」
「おつかれ。休みがないのはきついだろ」

 紗川がメニューを開いて見せてやりながら労いの言葉をかけると「そうでもないかな」と木崎は笑った。
 連続勤務の疲労のせいか、目の下には陰りがある。

「肉体的には、問題ないよ。でも精神的にくたびれてたから、助かる」
「目の下にクマを作っておいて、どこが問題ないんだ。肉体的にも限界だろうが。せめて精神が限界になる前に言え。飲みも愚痴も付き合ってやる」
「やったあ~、じゃあ、今夜は清明の奢りな?」
「自分で払え――安心しろ、一番高いのを注文してやる」
「まって、一番高いのって一杯一万円のコーヒーだよね。酒より高いコーヒーって、この店どうなの」
「店長、注文お願いします」

 店長に声をかけ、木崎が好んで飲むレモンベースのカクテルを頼む。価格は三桁だ。
 すでに入り口にはcloseの看板が出ている。

「ほら、これだけは奢るから、あとは自分で払え」

 紗川は片肘をついて食事メニューを指さした。
 高校以来の気の置けない友人だ。限界に達しているか否か、すぐにわかる。

「んーわかった。店長さん、今の時間で用意できるのって何ですか?」
「深谷ネギのピザと鰹節たっぷり猫まんまパスタなら材料が残ってます」
「じゃあ、それで。いつもすみません。こんな時間で」
「構いませんよ。ゆっくりしていってください」

 木崎は礼を言って再び温かな蒸しタオルを目の上に置いて天井を仰いだ。

「あー……本当にきつかった……流石に、今回は心が折れそうだった」

 木崎は上を向いたまま、つぶやいた。

「たぶん、あと数分もすればネットのニュースなんかで流れるだろうけどさ。拘留してた容疑者が、首つった」
「……」

 紗川は何も言わずにカクテルを傾けた。
 今度はアルコールが入っている。

「俺ね、忙しいのは平気なの。でもこういうのは……キツイ。何度もさ、死のうとしてたから容疑が晴れてからも家に帰せなかったんだよね」
「そうか」
「うん。わかってたんだ。目を離したら死ぬって分かってた。だけどもう容疑は晴れてたからこっちも油断してたんだと思う」
「油断? 疲れていたんだろう?」
「まあね。でもミスはミスだよ。だからさ……心配させ――うーん、遅刻してごめん」
「気にするな」

 木崎は目の上に乗せていた蒸しタオルで再び顔をこすると、カウンターに置いた。

「よし。じゃあ本星を迎え撃つ前に、リラックスを――」

 と、木崎が気合を入れようとしたときだ。突然、ビープ音がなった。木崎の携帯電話だ。少しずつ大きくなってくる。
 無視できない音量になったとき、木崎はため息をついて内ポケットから携帯電話を取り出した。

「悪い、呼び出しだ」

 音が大きくなるまで取らなかったのは、わざとではない。それが自分を呼んでいる音だと分からないほどに疲労しているのだ。

「分かっていたから早く出てやれ」
「ごめんな……って、おい、なんで分かってたんだ?」
「さあ?」
「この野郎……どこかで絡んでるだろ、この事件」
「悪いが無関係だ」

 木崎は舌打ちをすると、札をテーブルに置いて立ち上がった。先ほど頼んでしまったフードの分だろう。
 焦って店を出ていこうとする木崎に、店長がそれ以上に慌ててパックを渡す。

「何これ」
「猫マンマパスタの簡単バージョンです」
「助かる。ありがとう」

 木崎はパックを掴むと笑顔で店のドアに手をかける。

――ごめん、また今度!

 ジェスチャーで伝えてきた木崎に軽く手を振って見送る。
 慌ただしい夜だ。

「こんな時間まで、悪かったな」
「大丈夫ですよ。この時間まで、お客さんがいる事もありますしね」

 店長はそう言って木崎が顔を吹いた蒸しタオルを片付けた。

「どうぞ」

 入れ替わりに、紗川の前にエスプレッソを置く。

「今更ですが、ラストオーダーはとっくに過ぎていますよ」
「ピアノの演奏のお礼にって、他のお客さんがコーヒー代を置いていってくれてたんですよ」

 彼の言っていることが本当かどうかは分からない。
 だが紗川は素直に礼を言って、エスプレッソに手をのばした。
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