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運転者にはノンアルコールのカクテルを。
女王と従者たち、そして…… 1
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「……え?」
「ホロをかぶせていれば大丈夫なのかもしれませんが、この季節は静電気もありますからね」
少しだけ驚いた顔をして、それから紗川の顔を見て笑った。
紗川も髪が長い。
「あははは。うん、邪魔。はっきり言ってすごく邪魔。まさか男の人からそんなこと言われるとは思わなかったなあ」
「時に、男性の方が髪について真剣に考えているものです」
「そりゃ、そうだ、禿げたら色男も台無しだもんねえ」
ケラケラとひとしきり笑った後、彼女は首を振った。
「あーおかし。あたしの髪はさ、仕事で仕方なく、こうなってるの」
「仕事のために伸ばしたのですか?」
「伸ばすとか、ないわー。これ、エクステンションね。本当はものすごく短いの、このくらい」
そう言って耳のところを指差した。ショートの方がイメージに合う。
「長いのってホント面倒。それに――」
彼女は毛先を掴むと、いちど指に絡めてから弾いた。
「この髪、見てたくないしね」
サラサラと髪が流れ落ちる。
――触ってみたい? だめ、触らせない
何度も見たCMのワンシーンが脳裏をよぎった。
あの女優は、もう世の中にはいないと思うと不思議な気持ちだ。
彼女の長い髪に、亡くなった女優がいるような錯覚を覚える。
「先ほどの女優ですが……映画の撮影最終日、打ち上げのパーティーの途中で仲のいい数名と抜け出して、その後、亡くなったと書かれていました。彼女が亡くなったのは」
「ふうん……その映画、どんなタイトルか知ってる?」
「そこまでは見ていませんでした」
「シリーズ三作目『プリンセス探偵・姫木!!』前作と前々作、結構ヒットしたよ」
「初めて聞くタイトルです」
女は驚いて目を見開き、そして笑い出した。
「何か、おかしなことを言いましたか?」
「知らないんだ?!」
「日本映画を見ないもので」
「ドラマもやってたのに?」
「テレビも殆ど」
「うっそ、こんな人いるんだ」
おかしくてたまらないと声を上げて笑う。
店内に残っている客は、彼女と紗川だけだ。
大きな声で笑っていても他の客の迷惑になることはない。
「ああ、ごめんなさいね、店長さん。うるさくしちゃって」
ここは静かな店だ。
大声で笑いたいなら、大衆居酒屋に行く方がいい。
彼女は素直に詫びると「そうか、知らないんだ」と改めてつぶやいた。
「私さ、みんな知ってると思ってた」
「そっか、今、あの子と言えばプリンセス探偵の姫木って言われるくらいだったのに」
「どんな話なのですか?」
「財閥系の、現代のお姫様みたいな美女が、自分の立場を隠して世直しをするの。現代版水戸黄門みたいな感じ」
「水戸黄門、ですか」
「そう。政治の汚職事件とか大企業の粉飾とかさ。悪いことしてるのに悪いことした人が捕まらないで、なんとなくうやむやにされてることってあるじゃない?」
うやむやと言うよりは、時間の経過とともに注目度が低くなるため、報道されなくなるのではないだろうか。
「そういうのをさー、『こんなの許せない、プリンセス探偵が折檻します』って、問題を解決するのよ。悪いことした人にちゃんとごめんなさいって言わせるのね」
「なかなか派手なストーリーのようですね」
「爽快でしょ?」
現実にできないことだからこそ、受けるのかもしれない。
紗川が頷くと、女は嬉しそうに微笑んだ。
「このドラマさ、姫木のカーアクションが売りなんだよね。カーアクションって高いからドラマで取り入れられること、少ないんだけど。スポンサーの意向で取り入れたら大人気でね」
「なるほど。見てみようと思います」
「あはは、車いっぱい出てくるから、見てみて」
「今度の映画の見せ場は、何ですか?」
「うん、炎上するドラム缶の上を、車が飛び越えていくんだよ。飛び越えた後で、ドラム缶がドーンッて爆発するの」
「随分派手なシーンですね」
「だよね。姫木、すごくない? 燃え盛る炎も謎も軽々飛び越えちゃうんだよ、すごくない?」
「ホロをかぶせていれば大丈夫なのかもしれませんが、この季節は静電気もありますからね」
少しだけ驚いた顔をして、それから紗川の顔を見て笑った。
紗川も髪が長い。
「あははは。うん、邪魔。はっきり言ってすごく邪魔。まさか男の人からそんなこと言われるとは思わなかったなあ」
「時に、男性の方が髪について真剣に考えているものです」
「そりゃ、そうだ、禿げたら色男も台無しだもんねえ」
ケラケラとひとしきり笑った後、彼女は首を振った。
「あーおかし。あたしの髪はさ、仕事で仕方なく、こうなってるの」
「仕事のために伸ばしたのですか?」
「伸ばすとか、ないわー。これ、エクステンションね。本当はものすごく短いの、このくらい」
そう言って耳のところを指差した。ショートの方がイメージに合う。
「長いのってホント面倒。それに――」
彼女は毛先を掴むと、いちど指に絡めてから弾いた。
「この髪、見てたくないしね」
サラサラと髪が流れ落ちる。
――触ってみたい? だめ、触らせない
何度も見たCMのワンシーンが脳裏をよぎった。
あの女優は、もう世の中にはいないと思うと不思議な気持ちだ。
彼女の長い髪に、亡くなった女優がいるような錯覚を覚える。
「先ほどの女優ですが……映画の撮影最終日、打ち上げのパーティーの途中で仲のいい数名と抜け出して、その後、亡くなったと書かれていました。彼女が亡くなったのは」
「ふうん……その映画、どんなタイトルか知ってる?」
「そこまでは見ていませんでした」
「シリーズ三作目『プリンセス探偵・姫木!!』前作と前々作、結構ヒットしたよ」
「初めて聞くタイトルです」
女は驚いて目を見開き、そして笑い出した。
「何か、おかしなことを言いましたか?」
「知らないんだ?!」
「日本映画を見ないもので」
「ドラマもやってたのに?」
「テレビも殆ど」
「うっそ、こんな人いるんだ」
おかしくてたまらないと声を上げて笑う。
店内に残っている客は、彼女と紗川だけだ。
大きな声で笑っていても他の客の迷惑になることはない。
「ああ、ごめんなさいね、店長さん。うるさくしちゃって」
ここは静かな店だ。
大声で笑いたいなら、大衆居酒屋に行く方がいい。
彼女は素直に詫びると「そうか、知らないんだ」と改めてつぶやいた。
「私さ、みんな知ってると思ってた」
「そっか、今、あの子と言えばプリンセス探偵の姫木って言われるくらいだったのに」
「どんな話なのですか?」
「財閥系の、現代のお姫様みたいな美女が、自分の立場を隠して世直しをするの。現代版水戸黄門みたいな感じ」
「水戸黄門、ですか」
「そう。政治の汚職事件とか大企業の粉飾とかさ。悪いことしてるのに悪いことした人が捕まらないで、なんとなくうやむやにされてることってあるじゃない?」
うやむやと言うよりは、時間の経過とともに注目度が低くなるため、報道されなくなるのではないだろうか。
「そういうのをさー、『こんなの許せない、プリンセス探偵が折檻します』って、問題を解決するのよ。悪いことした人にちゃんとごめんなさいって言わせるのね」
「なかなか派手なストーリーのようですね」
「爽快でしょ?」
現実にできないことだからこそ、受けるのかもしれない。
紗川が頷くと、女は嬉しそうに微笑んだ。
「このドラマさ、姫木のカーアクションが売りなんだよね。カーアクションって高いからドラマで取り入れられること、少ないんだけど。スポンサーの意向で取り入れたら大人気でね」
「なるほど。見てみようと思います」
「あはは、車いっぱい出てくるから、見てみて」
「今度の映画の見せ場は、何ですか?」
「うん、炎上するドラム缶の上を、車が飛び越えていくんだよ。飛び越えた後で、ドラム缶がドーンッて爆発するの」
「随分派手なシーンですね」
「だよね。姫木、すごくない? 燃え盛る炎も謎も軽々飛び越えちゃうんだよ、すごくない?」
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