探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

文字の大きさ
上 下
47 / 89
運転者にはノンアルコールのカクテルを。

パーティーの夜に 3

しおりを挟む
「不審点があるのですか?」
「ADの子はお酒弱いのに、その日は風邪気味だったから……」

 紗川は眉を寄せた。

「風邪をひいているのに酒を飲んだのですか?」

 アルコールと薬の組み合わせは危険だ。それこそ命に係わる。

「あ、それなら平気。危険だって本人も分かってたから薬は飲んでなかったんだよね」
「……それで酒を?」
「女優のウチに行きたかったんだと思うよ。隠れて付き合ってたから、なかなかチャンスないし」

 なるほど、と頷く。

「立場も大きく異なります。彼の方が女優に入れ込んでいたのでしょうか」
「うん、そう。その夜もいいトコロ見せたくて、お酒飲んだらいつもよりフラフラになっちゃってさ……」

 彼女はため息をつき、カクテルグラスのふちを指でなぞった。

「映画で女優の相手役の俳優さんはさ。お酒強いんだよね。だからってさ……なんでそんなトコで張り合おうとするかな」

 勝てるわけないのにね、と笑う。
 だが紗川は静かに首を振った。

「愚かなことは、誰よりも本人が知っていますよ」
「馬鹿なことしてるって?」
「高嶺の花に惚れた男の選択は二つしかありません。あきらめるか、ひたすら努力を続けるか……。まして一度は手に入れたのなら、必死になるでしょうね」

 だからこそ、犯人ではないかと真っ先に疑われたのだろう。

「ふうん、男って、そうなんだ。他に彼のことを好きな女がいるかもしれないじゃない? そっちに流れればいいのに」
「気づかないか、気付いていたとしても気づいていないことにするかもしれません」
「なんで? 手ごろなところで適当に遊んでおけばいいのに」
「そういう人は、最初から高嶺の花を必死で追いかけたりはしないと思いますよ」
「んー……いわゆる、オスの狩猟本能ってやつ?」
「そうかもしれません。ことわざでもありますよね、二兎を追う者は一兎をも得ず」
「馬鹿だなあ……獲物を切り替えればいいのに」
「それができれば、苦労はしないのではありませんか?」
「あはは、確かに」

 女にも思い当たる節があるのかもしれない。

「まあ、つまりさー彼は酒に強いとか弱いとか、風邪ひいてたし。フラフラしてとてもじゃないけど、殺して背中に担いで歩けるはずないんだって」
「例えば、酔っている演技をしていたとは考えられませんか? もしくは体調不良を装うこともできそうですが」
「警察もそう言ってた。でも、それはないって」
「何故そう言い切れるのですか? ADと言う仕事をしているならば、芸能関係に興味があるわけですから、過去に演劇の経験などがあっても不思議ではありません。あるいは現在も何らかの舞台で活動している可能性すらある」

 女は緩やかに首を振った。
 長い髪が広がり、暗めの照明の下でも輝いて見えた。

「それも違うんだよねぇ。もともとは有名メーカーで広報やってたエリートさんだったから」
「会社員、ですか」
「そう。彼が担当していた商品、いっぱいCMしてるよ。まあ、まさにそのCMの制作現場で女優と出会ったわけだけど」
「つまり、大手の有名メーカーの広報だったのですね……それをやめてADに転職ですか。収入が大きく減ったはずです。思い切りましたね」
「だよねえ……馬鹿だと思うわ。大手企業のエリートで、金回りが良かったから女優も興味持ってくれてたのにさ」
「しかし、ADになってからも付き合っていたのではありませんか?」

 女はケタケタと笑った。

「だから、別れ話になったんだってば。ほんと、馬鹿だと思わない? 傍にいて欲しいって言われて、真に受けて仕事辞めるなんてさ」
「……詳しいのですね」
「私みたいなポジションって、敵にならないから話しやすいみたいでさ。女優はいろいろ話してくれたよ。あ、同僚に、だけど」
「なるほど……話を纏めさせていただくと、ADの彼は女優と出会うまでは芸能界に興味のない会社員だったのだから、演技の経験がないといいたいのですね?」
「ないない。全然ない。あれが演技だったら、日本中の俳優が大根役者だわ」

 つまり、到底演技とは思えない様子だったのだろう。
 疑えばきりがない。
 紗川は、彼女のこの発言が正しいと仮定することにした。

「ねえ、彼にはできなかったら……誰が犯人だと思う?」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...