金の滴

藤島紫

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紅茶の天使と 珈琲の魔王2

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 心の中ではいつも、時には我慢できず実際に口に出すこともあるが、翼の生えた天使が本当に実在しているわけではない。もちろん魔王も同様だ。
 天使は弊社、株式会社ティーミッシェルCEOであるミッシェル様。
 魔王は紗祿珈琲の社長、諏訪乃清明。
 れっきとした人間だ。
 ただし、アピアランスを偏差値で表したとき、二人の数字は東大京大の首席レベルだろう。
 そんな二人が中高を共にする同級生で、片や紅茶専門店、片や珈琲専門店を営んでいるのだ。当然、話題になる。
 カフェ専門雑誌で特集を組まれ、比較されることもある。
 天使、魔王と表現されるのはその時が多い。
 諏訪乃は自分が魔王にされたのは私のせいだとクレームをつけるが、知ったことではない。人より真っ黒な髪と目のせいだし、黒いバリスタスタイルを選択したのは彼自身だ。
 ミッシェル様も天使と呼ばれるのを初めは嫌がっていたが仕方がない。輝くプラチナブロンドと煌めく碧眼を前にしたら、誰もが「天使だ」と思うはずだ。それも、弱弱しくはかなげな天使ではなく、軍団を率いて戦う美しくも強い天使。
 それがミッシェル様にとって苦痛であるならば、それこそが天使である証と言えよう。美しく生まれたが故の苦しみを背負うなど、人間とは思えない宿命ではないか。
 ゆえに、私は美人秘書でなければならない。
 命がけでミッシェル様を推すならば、彼の近くにいることを許される美しさを備える必要がある。
 だから、私は努力する。美しくあるために。
 そしてミッシェル様の美人秘書として、彼の美味しい紅茶を世界に伝えるのだ。




 私のミッションはミッシェル様の紅茶を世界に伝えること。
 その為にはどんな努力も厭わないつもりでいるが、苦難は予想の外側にあった。実は今、早々に苦痛を感じている。
 友岡と肩が触れそうな距離で並んで座るのは抵抗があるのだ。
 かといって、年上の男性が好意で用意した椅子を断るのは心が痛む。まして、年齢と立場を考えるとなおさらだ。
 友岡は四十八で、私は二十八。
 二十も下なのに、職位は私の方が高い。
 彼の最終面接をしたのは私だし、好ましく思わなければ採用もしない。
 だが彼を採用してから一週間もたっていない。雑談をするにはお互いを知らなすぎる。
 正直、何を話せばいいのかわからないのだ。無難な話題には限りがある。天気の話は撮影の前にしたし、家族の話はハラスメントになる可能性があるのでご法度だ。
 またハラスメントと言えばほかにも気がかりがあった。
 友岡が私の胸を見ている気がする。
 今日はジャケットのインナーが衿ぐりの広いデザインなので、スカーフを挟み込んでいる。気にしすぎかもしれないが、視線が私の顔よりやや低い気がする。
 友岡は私よりずっと年上だし、気にするのはおかしいかもしれない。疑うのは申し訳ない。きっと、気にしすぎだ。そう思いながらも私は胸元のスカーフを整えた。

「いやあ、流石ですねぇ」

 一方、友岡はのんきそうだ。
 人のよさそうな笑顔で話しかけてきた。
 鳥の声は相変わらず騒々しいが、声を張り上げなくても聞こえる距離だ。近い。

「あの……流石って?」
「さすがだとは思いませんか。うちのCEOと紗祿珈琲の社長」

 ミッシェル様はともかく、諏訪乃はどうでもいい、と喉元まで出そうになった本音を飲み込み、うなずいた。

「そうですね。私の周りは優秀な方が多いですが、彼らほど成功している同年代はまれです」
「そっちじゃなくて、ポーズですよ、ポーズ。決まってるじゃないですか」

 こちらを振り返った瞬間、友岡は眉間に皺を寄せていたが、すぐに柔らかく微笑んだ。笑うと目尻の皺が目立つ。

「二人ともイケメンですから。これでますます人気が出ますよ」

 魔王はともかく、天使の美しさをただのイケメンと軽い言葉で済まして欲しくない。とはいえ、ますます人気が出ると言う点には全力で同意する。
 彼らの人気はさらに高まるに違いない。
 この店にやってくる客の笑顔が目に浮かぶようだ。

「そうなれば、このお店も人気が出ますから、友岡さんも忙しくなりますよ」

 私は期待を込めて友岡を見つめた。
 この店の責任者になるのは彼だ。

「よろしくお願いしますね、友岡さん」

 ぐっと拳を握って沸き起こるストレスを握りつぶす。
 苦手意識を持ってはダメだ。
 私はティーミッシェルのCEO秘書だが、同時にマネージャーでもある。
 つまり、新店舗の店長である友岡の直属の上司なのだ。

「華子君!」


2022/01/07修正
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