上 下
10 / 32

10.椿の花の下のコータ

しおりを挟む
 今日は加藤先生以外の先生が教えてくれる授業が音楽しかなかった。先生の顔を見るたびに、今朝の話を思い出して嫌な気分になった。
 でも、誰かにこの話をする気にはなれない。
 ハルカちゃんにも言いたくない。
 だって、この話をしようと思ったら、転校することを打ち明けなくちゃいけない。
 でも、学校で転校の話はしたくなかった。

「どうしたの。今日、なんだか暗いよ?」

 ハルカちゃんが心配してくれたけど、わたしは首を振って一所懸命にこにこした。
 そんなことないよって、何度も言って、帰りは逃げるようにして教室から出た。
 今日は昨日よりも早く下駄箱に着いた。
 靴を履いて外に出ると少し先にコータが見えた。
 別に誰よりも先に帰ろうとしたわけじゃないけど、わたしより先に外に行った子がいるなんて気がつかなかった。
 そういえば、昨日もコータは早かったんだっけ。
 それで、ようやくコータのことを思い出した。
 今朝学校に来るまではコータのことばかり考えていたはずなのに。
 そうだ。
 コータ、昨日、何してたんだろう。
 公園にランドセルが隠してあったけど、本人はそこにはいなかった。
 昨日見かけたおじさんの姿を思い出したら急に心配になってきた。
 この頃、ヘンな人が多いから気をつけなさいって、ママが防犯ブザーを新しく買い換えてくれたばかりだ。
 わたしはランドセルを揺らして防犯ブザーがついているのを確認してから走り出した。
 もちろん、コータに見つからないように気をつける。
 コータはわたしにつけられてるなんて、ちっとも考えていないのか、後ろを気にすることなく、どんどん先に進んでいく。
 いつもなら、石を蹴ったり、木の棒を拾ってふりまわしながら歩いていくのに、今日はそんなこと全然しない。それだけじゃなくて時々走ったりしてる。
 最初は隠れながら着いていったけど、途中からはずっと走らないといけなくなった。だって、コータはクラスで一番走るのが速いんだもん。隠れながらついていくなんて無理。
 公園につく頃にはわたしはゼイゼイ息を切らす羽目になった。
 コータは公園に着くなりそれまで急いでた足を止めてキョロキョロ辺りを見回した。見つからないように慌てて道にとまっていた車の影に隠れる。
 気がつかれなかったみたい。よかった。
 公園に入りこんだコータはランドセルを下ろし、ベンチの下に隠すと、その後ろにあるツバキの前でしゃがんだみたいだった。
 わたしのところからだと、しゃがまれちゃうと見えなくなる。体を乗り出せば見えるのかもしれないけど、そんなことしたらバレる。
 どうしよう。
 コータが何をしているのか見えない。
 見えなきゃ結局分からないままだ。
 しばらく考えてから、えいっ、と車の影から飛び出した。
 見つかることを覚悟して出てきたのに、コータの姿は見えない。
 それどころか、昨日と全く同じ状況だった。
 閑散とした、薄暗い公園がいつもと同じようにあるだけだ。
 なんで?
 コータはどこに行っちゃったんだろう。
 慌ててベンチに近づく。
 ベンチの下には昨日と同じようにコータのランドセルがあった。
 顔を上げると目の前にはうっそうと生い茂ったツバキの木がある。
 この公園が暗い感じがするのは、全体が大きな木の影にすっぽり入っちゃっているだけじゃなくて、ツバキの木がごちゃごちゃ生えているせいもあるんだよね。
 ツバキの花は赤くてきれいだけど、葉っぱは色が暗いし、ぎゅうぎゅうに混み合ってるから余計に暗い感じがする。
 それだけじゃなくて、このツバキにはクモがたくさんいるからわたしは嫌いなんだ。
 だからあんまり近づかないようにしていた。

「こんなの平気だよ」

 わたしはツバキをにらみつけた。
コータはこのツバキの前にしゃがんでた。
 何をしているのか突き止めようと思ったら、同じことをしないといけないと思う。
 目の前の葉っぱにはクモのタマゴがくっついてる。
 ちょっと離れたところには巣がはってる。
 どうしようか。
 このまま逃げたいけど、それ以上に、コータのことが気にかかった。
 きっと、今日も帰りが遅くなるんだ、コータ。
 人に、アリバイを頼むくせして、どこで何をしているのか、絶対に教えてくれないのは分かってる。
 わたしは意を決してしゃがみこんだ。

「こんなの平気だってば」

 クモとか、ほかの色んなムシは下のほうがたくさんいる。だけど仕方がない。できるだけ体があちこちに触れないようにしながら辺りを見回す。すると、立って見下ろしたら分からないような、すき間が見えた。
 すき間と言っても、ツバキとツバキの間をかき分けて無理やり作ったような、そんな程度のものだけど。
 これはコータが作ったものなんじゃないかってすぐに気がついた。
 きっと、ここを通ったんだ。
 だけど、どうしよう。
 もしもここを通ったら、絶対クモとか、ほかのムシにぶつかると思う。洋服だって汚しちゃう。今日はお気に入りのチェックのスカートだから汚れるようなことはしたくない。
 恐る恐るのぞき込む。
 すると、その向こう側に家が見えた。
 あれ?
 わたしは立ち上がった。
 ツバキが生えている所をぐるっと回ってその後ろ側を見に行こうと思った。
 似たような小さい家が二軒並んでる。でも、どっちも誰も住んでいないだった。チラシがたまってるし、草がぼうぼうに生えてる。家の正面は小さな門が閉じてて不動産屋さんの看板がかかっていた。
 もしかしたら……
 わたしは公園に戻ると、ランドセルを下ろしてコータのようにベンチの下に隠し、椿の前にしゃがみこんだ。ランドセルを下ろしたのは、背負ったままだと通れないところをこれから通るから。
 ぎゅうっと目を閉じて、開いてから息を止めてツバキの小さなトンネルをくぐった。
 髪の毛が絡まって引っ張られたけど、クモにぶつかることもなく、向こう側に出た。
 向こう側、つまり、空き家の敷地の中に。
 後ろを振り返るとその部分だけカベがないことに気がついた。
 カベは正面のあたりにしかなかったみたい。
 これまで、ツバキがあったから、そんなことに気がつかなかった。
 ずっと、ここまでカベがあるんだと思ってたのに。
 びっくりして辺りを見回した。
 わたしが立っているところはちょうど庭だったらしい。下には草が生えてる。水仙の花がすみっこで咲いていたから、きっとその辺に花壇があるんだと思うけど、草がはえすぎていてどこまでが花壇なのか、さっぱり分からない。長いこと手入れをしていないんだろうな。枯れた草と、新しく生えてきた草とが入り混じってる。
 だけど、わたしがいるあたりは草がふみつぶされてたから立っていても苦じゃなかった。それだけじゃなく、道になっている。きっとコータが通った跡だ。
 そのまま進む。
 庭に面して大きな窓がある。
 縁側がくっついてて、その上にコータの靴があった。
 見つけた。
 コータったら、こんなところにいたんだ。
 空き家に入り込んで何をやってるんだろう。
 家の中をのぞきたいけど、カーテンで中は見えない。
 どうしようかと思ったときだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

子猫マムの冒険

杉 孝子
児童書・童話
 ある小さな町に住む元気な子猫、マムは、家族や友達と幸せに暮らしていました。  しかしある日、偶然見つけた不思議な地図がマムの冒険心をかきたてます。地図には「星の谷」と呼ばれる場所が描かれており、そこには願いをかなえる「星のしずく」があると言われていました。  マムは友達のフクロウのグリムと一緒に、星の谷を目指す旅に出ることを決意します。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

【完】ことうの怪物いっか ~夏休みに親子で漂流したのは怪物島!? 吸血鬼と人造人間に育てられた女の子を救出せよ! ~

丹斗大巴
児童書・童話
 どきどきヒヤヒヤの夏休み!小学生とその両親が流れ着いたのは、モンスターの住む孤島!? *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆*   夏休み、家族で出掛けた先でクルーザーが転覆し、漂流した青山親子の3人。とある島に流れ着くと、古風で顔色の悪い外国人と、大怪我を負ったという気味の悪い執事、そしてあどけない少女が住んでいた。なんと、彼らの正体は吸血鬼と、その吸血鬼に作られた人造人間! 人間の少女を救い出し、無事に島から脱出できるのか……!?  *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* 家族のきずなと種を超えた友情の物語。

バンズくん

こぐまじゅんこ
児童書・童話
バンズくんと呼ばれるパンが悲しそうに言いました。 「ぼくは、サンドイッチになれないんだよな〜」 まるいパンだから、三角の形になれないのです。

「羊のシープお医者さんの寝ない子どこかな?」

時空 まほろ
児童書・童話
羊のシープお医者さんは、寝ない子専門のお医者さん。 今日も、寝ない子を探して夜の世界をあっちへこっちへと大忙し。 さあ、今日の寝ない子のんちゃんは、シープお医者んの治療でもなかなか寝れません。 そんなシープお医者さん、のんちゃんを緊急助手として、夜の世界を一緒にあっちへこっちへと行きます。 のんちゃんは寝れるのかな? シープお医者さんの魔法の呪文とは?

絆の輪舞曲〜ロンド〜

Ⅶ.a
児童書・童話
キャラクター構成 主人公:水谷 陽太(みずたに ようた) - 年齢:30歳 - 職業:小説家 - 性格:おっとりしていて感受性豊かだが、少々抜けているところもある。 - 背景:幼少期に両親を失い、叔母の家で育つ。小説家としては成功しているが、人付き合いが苦手。 ヒロイン:白石 瑠奈(しらいし るな) - 年齢:28歳 - 職業:刑事 - 性格:強気で頭の回転が速いが、情に厚く家族思い。 - 背景:警察一家に生まれ育ち、父親の影響で刑事の道を選ぶ。兄が失踪しており、その謎を追っている。 親友:鈴木 健太(すずき けんた) - 年齢:30歳 - 職業:弁護士 - 性格:冷静で理知的だが、友人思いの一面も持つ。 - 背景:大学時代から陽太の親友。過去に大きな挫折を経験し、そこから立ち直った経緯がある。 謎の人物:黒崎 直人(くろさき なおと) - 年齢:35歳 - 職業:実業家 - 性格:冷酷で謎めいているが、実は深い孤独を抱えている。 - 背景:成功した実業家だが、その裏には多くの謎と秘密が隠されている。瑠奈の兄の失踪にも関与している可能性がある。 水谷陽太は、小説家としての成功を手にしながらも、幼少期のトラウマと向き合う日々を送っていた。そんな彼の前に現れたのは、刑事の白石瑠奈。瑠奈は失踪した兄の行方を追う中で、陽太の小説に隠された手がかりに気付く。二人は次第に友情と信頼を深め、共に真相を探り始める。 一方で、陽太の親友で弁護士の鈴木健太もまた、過去の挫折から立ち直り、二人をサポートする。しかし、彼らの前には冷酷な実業家、黒崎直人が立ちはだかる。黒崎は自身の目的のために、様々な手段を駆使して二人を翻弄する。 サスペンスフルな展開の中で明かされる真実、そしてそれぞれの絆が試される瞬間。笑いあり、涙ありの壮大なサクセスストーリーが、読者を待っている。絆と運命に導かれた物語、「絆の輪舞曲(ロンド)」で、あなたも彼らの冒険に参加してみませんか?

おっとりドンの童歌

花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。 意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。 「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。 なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。 「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。 その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。 道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。 その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。 みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。 ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。 ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。 ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?

魔法の森の秘密

味噌坊主
児童書・童話
**アリアンドラ**は、小さな村の近くに住む普通の少女でした。彼女はいつも森に憧れていました。ある日、彼女は勇気を振り絞って、魔法の森への冒険を決意しました。

処理中です...