推し活ぐー!

明日葉

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・君に堕ちた理由 《SIDE 樹林》

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たいていの事は、人より上手にできた。
勉強でも、運動でも、踊りでも、歌でも。
上手くできたら、もっともっと上を求められて、そのうちに何もかも面倒になった。
やる気のない。省エネのアイドル。万年最下位。
それが、今の俺を彩る言葉。

エゴサって知ってる?
エゴサーチ。
自分が他人にどう思われているかをインターネットで調べる行動のことを言うんだって。
世の中便利なもんで、ちょっと□のなかに調べたいことを打ち込むと色んな事を知らせてくれる。
知りたいことから、知りたくないことまで、ね?
例えば、自分を応援してくれている人がいるかを知りたくて、   って検索してみると?
君、FIZZER結成当時からの推し!してる!
こういう文章が読みたいのに、余計な文章ももれなく検索に引っかかってくるんだよね。
している奴ってまだいるの?オワコンじゃね?
推してなくてよかったー!!私透真推し!!いつもしてる!!
とか、ね?

そういう言葉は雪のように降り積もり続けて、心に重く作用する。
ほら、雪かきしなかったら、雪って溜まっていくばかりでしょう?
しかも、少しは溶けて、その上にさらに雪は降り続けるから。
もうカッチカチで雪かきしようと思ってもできなくなる。
積み上げられて固くなった雪をどうにかする作業、とてつもなく重労働なわけ。

そんなわけで、その頃の俺の心はほとんど死んでいたと思う。
皆以外とちゃんと見てる。
省エネとは上手く言ったものだ。
俺は自分の中にある余力だけで、日々過ごしていた。

そんな俺を見かねたのか、東園寺さんが話しかけてきた。
「きー坊、このチャンネル知ってる??」って。
東園寺さんの携帯電話で見せられたのは、FIZZERのファングッズを作っている手元が映るTtubeだった。
どうせ、俺以外の奴のグッズでしょ?とボーっと見ていたら、作っているのは俺のグッズばかりだった。
たまに、意味の解らないクマが映ったりしてたけど。
へーー。俺にもまだ応援してくれる奴いたんだなー。初めて見た時の感想はそのくらい。
「この子、すごいの。よくこんなに色々思いつくよなー。小学生なのに」
「へ、小学生?」
俺よりも年下の子がやっているなんて思わなくてちょっと驚いた。
確かによく見ると、作業している手は小さいかもしれない。
「この更新頻度、すごくない??週1かそれ以上」
言われて下にスクロールしてみたら、動画の種類が凄く多いことに気付いた。
「それにね、今度、このグッズの作り方の本、出すのよ。俺の後輩が勤める出版社で」
「へーー」
確かに凄い。普通の小学生で本を出せるようになるまで努力することは並大抵ではないはずだ。
俺らが小学生でデビューした時みたいに。
「自分を追いかけてここまで頑張ってくれるファンがいるなんて、きー坊もすみに置けないねーー」
「えっ??」
「だって、そうだろ、この子きー坊の推しだから、こーーんなに動画作ってあげてんだろ?」
そう言われてみてみたら、この沢山の動画は、俺に向けた一種の応援のようにも感じた。
「それにさー、この子、結構登録者数いるだろ?だから、誘ってみようと思うわけ、エンタメ科に」
「エンタメ科って??」
「また、きー坊きいてないんだからー。きー坊の通う学校、来年からエンタメ科できるの。俺、そのアドバイザー。
有名Ttuberとかスカウトするのもお仕事なわけ。」
「それじゃあ、この子も同じ学校に??」
「まあ、来たいって言えばだけどね?ま、おじちゃん、キー坊のためにひと肌脱いでくるわーー」

それから、俺はエゴサをやめて、「推し活ぐー!」という何とも気の抜けた名前のTtubeを見ることにした。
週1回は必ず上がる動画は、俺の楽しみになっていた。
コメント欄は、上手ですね!とか、グミの容器の活用法楽しみにしています!とか、なんともほのぼのとしたコメントが並んでいた。
捨てるようなゴミとしか思ってなかった自分達のキャラがデザインされた商品も、グッズもなんだか価値あるものの様に思えてきた。
一度だけ、樹林が推しとかショボッというコメントが表示されたことがあった。
だけどそのコメントは、動画を見終わる頃、削除された。
それを見たら、なぜだかつーーーっと涙が頬を伝ったんだ。
自分を応援してくれている人がいる。
自分が傷つかないようにしてくれている人がいる。
消したのは、小学生本人じゃなく、保護者かもしれないけど、それでも。
その子が自分の心に降り積もった固くて重い雪の塊を、少し取り除いてくれた感じがしたんだ。

「きー坊、前教えたあの子、学校見学に来るぞー!」
東園寺さんは、ご機嫌で俺に話しかけてきた。
「え、あのTtubeの小学生?」
「おう、ちゃんと覚えてたのな」
「あのっ!!俺も会えますか!?」
「いやー、それ、きー坊の仕事次第じゃないの?」
「できれば、俺が会えそうな日に!見学の予定組んでくださいっ!」
そうだ。ライブのチケットをその時渡そう。
小学生っていう位だから、最前列のチケットなんてそうそう持っていないはず。
遠くの席よりは、近くで自分を見てほしい。
ん??待てよ??
その時見せるのは、こんな俺でいいわけ??
もっと俺のカッコいいとこ見てほしいーーーー。
そう思ったら、前みたいに力が湧いてきて、身体を思うように動かせるようになった。
前と同じくらいに声がだせるようになった。
丁度、メンバーが怪我をしたから、俺の見せ場を増やしてもらえた。
そう、確かデビューしてすぐはこれくらい頑張ってた。
小学生、すごいって思ってくれるかな??

そして迎えた見学日、最初から俺がいたら騒ぎになると困ると、東園寺さんに部屋での待機を命じられた。
本当は俺が行って案内したいくらいだけど、あー、俺、案内できるほど学校に詳しくないわ。
そして、待ちに待ったこの瞬間。
もうすぐ、小学生に会えるんだ。

呼びかけても、呼びかけても、全然こっちを見てくれない。
そういえば、俺、小学生の名前しらないや。
手を取って、こちらを意識させて、やっとこっちを向いてくれた。
小学生と聞いていたから、脳内では冬のつなぎを着た性別不明の小さい子を思い描いていた。
だけど、よくよく考えてみれば、学校見学に来る来年入学予定の小学生なんて、小学6年生に決まっている。
普通に自分より1歳下のだけのーーーー女の子だった。
「こんなちっちゃな手で、色々頑張って作ってくれてるんだね?すごく嬉しい!!」
繋いだ手はびっくりするくらい小さくて、照れている様子がすごく可愛い。
「ふふっ。照れちゃってるの?かーーーーわいーーーー!!」
思わずその手を頬ずりしようとしたら、一瞬だけ肌に触れて熱が消えていった。
ああ、この子は本当に存在しているんだな。
そう思ったら、なんだかどんどん元気になれる気がする。
「ライブ、待っているからーー!」
そう言って別れたら、あとは俺にできることをやるだけ。
あれ、でも、あの子、黒髪以外にどんな様子の女の子だった?

ライブでは、前の様に踊り、歌い、話せたと思う。
たまに見える、関係者席の棋王の団扇はきっとあの子。
ほら、俺あんまりファンがいないからすぐわかる。
段々と増えてくる自分への応援、そして、黄色のペンライト。
いつの間にか、沢山の人が俺を応援してくれている。
そうだ、最初はこうだった。
頑張れば頑張るほど結果が着いてきて、あれ?
俺は、いつから、なんの理由で頑張らなくなったんだっけ?
たまたま、ファンサービスをねだる自分に向けてのメッセージの団扇が目に入ったから、そのリクエストに応えてみた。
目の前で、涙ぐんでしまうファンも、大喜びしてくれるファンもいて、ああ、昔はこうだったなと懐かしむ。
関係者席の前に来れば、黒髪のあの子は俺に向けて団扇でメッセージを伝えてくる。
バン☆ってこれ、皆好きだよね。
周りも沸き立つし、俺もやってて楽しいから結構好き。
あの子がぺらりと団扇のメッセージを変えた。
え、何それカンペなの?受けるんだけど!
そこに書かれたメッセージは。
樹林君応援してる!
あれをしろ、これをしろ。
そう指示されるのはいつものこと。
従ったらいい反応が返ってくるからこっちも面白いと思ってやっている。
だけど、一番うれしいのは、そう、こういうメッセージ。なんだよね。
絶対自分を見ているのがわかっているから、俺に指示する絶好のチャンスなのに、こういうことしてくれるんだ。
すっげー嬉しい。
俺は思わず心から笑ってしまったんだ。

アップテンポの曲で、バカ騒ぎするのもライブ。
お祭りみたいな曲で、踊るのもライブだと思う。
皆で盛り上がる曲も悪くないけど、俺が本当に好きなのはバラードだ。

皆を沸かせるアクロバットも、皆を盛り上げるダンスもいらない。
ただ、全身全霊心を込めて。
伝われ、伝われ、伝われと。
祈るように歌い上げる曲は、君にだけ届けばいい。

この声で、この仕草で、この視線だけで。
この手で、君の心を奪えたら。

そう思って見つめた先で、初めて君の顔が見えた。
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