私だって光輝く側の人間になりたかった

神永 遙麦

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私だって光輝く側の人間になりたかった

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 今日もなんだかやる気が起きなくとも、2年目最初の授業くらい出席しないと。そうじゃないと単位が落ちる。単位が落ちてしまえばますます自分が嫌になってしまうかもしれない。
 何とか身だしなみを整え、手抜きメイクをした。日焼け止めを塗った後、パウダーをまぶして、ちゃっとリキッドアイシャドウをひと塗り。ダボダボのパーカーにジーンズを履き、キャップを被りマスクもつける。

 バスと電車を乗り継ぎ、何とか大学に着いた。
 周りにはおしゃれ女子しかいない。春らしくて可愛いお洋服、爪先までキラキラ、もうマスクをせずナチュラルで綺麗なメイク。みんなキラキラとお友達や彼氏と楽しそうに歩いている。
 
 いいなぁ。私だって、ああなりたかった。でも仕方がない。女子校育ちだから、メイクなんて大学に入るまでやったことなない。男子に慣れていない。友達もいなかった。最悪。大学は男女共学だから男女どっちかの友達は出来ると思っていたのに。2年目に入った分、キャンパスを歩くのには慣れた。舞い散る桜にも目を留めてやらない。ふん、だ。

 *

 とりあえず出席した。出欠の返事もした。
 でも、何となくむしゃくしゃする。何でなのか分からないから。私だけ、授業中やることがなかった。メイクもしない、スマホも見ない、こそこそ話だって相手がいない。そもそも最前列だった、最悪、トイレにだって行けない。
 同級生の笑い合う声や待ち合わせの声を背に、私は陰のように退散した。
 
 電車では女性専用車両に乗ろうとして、乗り場で待っていた。そして来た電車に乗った。快速電車だから女性専用車両なんてなかった。結果的に家の最寄り駅の一駅先で降りるはめになった。近くにショッピングモールがあるせいでキラキラオーラがすごい。こんなに知らない友達同士やカップルの笑いさざめく音が、無意識に鳴らしているであろうカシャカシャというシャッター音が響く。ホームにこんなにも響き渡っているのに、誰だって私から鳴っているであろう呼吸音やバッグのガチャガチャという音に気づく人なんていない。もしかしたら私に音なんてないのかもしれない。
 逆方向の普通電車に乗り換え、最寄り駅に着いた。電車を間違えたせいでバスに乗り遅れた。次のバスを待つより歩いたほうが早い。情けなくて涙が出る。

 私だって光側の人間になりたかった。こんなにも存在することが耐えられないほど陰の人間になるなんて……想像だってしたくなかった最悪の未来に突き進んでいる。もうやだやだやだ。視界の端ではパンを咥えた女子高生が、曲がり角から出てきた美少年にぶつかった。でも私の前にある曲がり角の先には誰もいない。
 
 ああ、だけど足元には小さな芽がある。死にかけで貧弱。可哀想にねぇ。初めて、この世で私より底辺の存在。ペットボトルに入っていた水を与えてやった。水は勢いよく吸われていったから、慈悲深い私は再び水を掛けた。

 ***

 2年目に入ってから一週間たった。同級生はおろか、後輩の友達すら出来ない。もう、諦めたほうが楽だろうな。
 
 ふん、と勢いよく地面を蹴るとバナナの皮で勢いよく滑った。
 もう嫌だ、と上半身を持ち上げると目の前にピンと根を張った若芽があった。小さな蕾を掲げながら、小さな若菜色の胸をはっている。
 ツンツンと小指の先で突っついてみると、フリフリと揺れた。蕾は首が座っていない赤子のようにグラグラと。


 坊やはどこからやって来たの? この辺りでは君みたいな若芽は見たことがないよ。タンポポのように飛んできたの?

 若芽はまたフリフリと揺れた。

 じゃあワン公に付いてきたの?

 若芽は「違うよ」と否定した、声が聞こえた気がした。末期だな、私も。

 じゃあ誰かのお洋服に付いてきたの?

 若芽は初めて私の指に逆らわず揺れた。甘えん坊の猫が顎を撫でられて喜ぶように。

 さて、お姉さんはそろそろ帰るね。

 *

 駅に行くのにバスを使うのを止めた。
 日一日と育っていく若芽の成長を見逃したくなかったから。若芽の成長を見逃してしまえば、私の中にフツフツと湧き起こる何かを思い出せなくなってしまうだろうから。
 お陰で毎日大学に行けるようになった。講義が無い日は大学の附属図書館にある植物図鑑を漁っている。

 若芽はいつの間にか大きく蕾を膨らませていた。蕾の先端からチラリと黄色く輝くものが見える。
 君は一体どんなお花なの? あぁ、子どもの成長を見守るのってこんな感じなのかな? このお花が一体どんな花を咲かせるのか、若芽ちゃんはどんな花をさかせようとしているの? 君はどんな風に種を飛ばすの?

 *

 体重計の針が数年ぶりに50kg台前半を指した頃、私はズボンを買い替えた。ついでに若芽の様子を見に行った。
 若芽の花は萎みつつあり、もう少しすれば種が飛ぶ。

 ねぇ、知ってる? 私ってお姉ちゃんになり損ねだったんだよ。本当ならね、双子の兄弟が生まれてくるはずだったの。だけどさ……。私、小学生だったから何も分からなくてさ、何度も赤ちゃんの行方を聞いてママを泣かせた。
 君はね、こうやって生きているだけで私の目の喜びだったんだよ。私には出来ない芸当。君はこの先どこに行くのかなぁ。そんなことを考えているだけでね、1日が輝くんだ。だって今、私にあるのはどうしようもない未来と現実だけど、君は違うから。君はね、私のひと月を輝かせた君はね誰よりも輝いているんだよ。
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