壁ドン被害に遭った女子のひとりごと

神永 遙麦

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壁ドン被害に遭った女子のひとりごと

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 蜜歌みつかは進学と共に、東京を離れ一人暮らしを始めてから3ヶ月経った。これを機に、髪にピンクのエクステをつけた。メイクも少し濃ゆくした。最近貼り始めたタトゥーシールは私の白い肌によく映える。
 大学ではそれなりにモテている。でも、どうしても特定の異性を作れない。こんな物騒な世の中、どこに危険因子が潜んでいるのか分からない。何がキッカケで刺されるのか分からない。男の人と住んだ方が安全なのは知っている。だけどそこから傷害事件に遭うかもしれない。
 心配しすぎですって? そんなことはそうそう無いですって? でもあった、私には何度もあった。

 高校生だった時は黒髪ストレートのロングを、ハーフアップに。校則通りメイクもしなければ、私服もクラシカルなロングワンピースが多かった。
 そのせいかちょくちょく痴漢にあった。バイト先でもたまにお客様からのセクハラに遭った(店長に報告したら「お客様は神様」と。だから辞めた)。しまいには……。

 蜜歌みつかはぷんと顎を上げ目を細めると、アイライナーで泣きぼくろを書いた。そうすると、蜜歌の色の白さが際立つことをよく知っていた。あまりオシャレにばかり気を遣いすぎるのも良くないのかもしれないけど……。
 蜜歌はまだ18年と少ししか生きていない。また彼女の身に起きた「史上最悪の事件」すらも、ありふれているために紙面に載らない。

 蜜歌が高校生だった頃、体力をつけるために徒歩で通学していた。
 毎朝毎朝通っているうちに「よく顔を合わせる人々」を覚え始め、やがてすれ違いざまに一言二言交わす高齢者もいた(突然来なくなったが)。中年の主婦もウォーキングと称しゴミ捨ても兼ねて歩き回っていた、彼女はよく蜜歌に子育ての悩みをぶちまけては蜜歌から苦笑いを受けていた。
 蜜歌が明るい女子高生らしく挨拶をしても返事をしないオドオドとした男もいた。2年間一方通行の挨拶を送っていたが、17歳の冬、突然手首を掴まれ壁に押し付けられ唇を奪われた。そこに中年子育て愚痴主婦が通りかからなければ、どうなっていたのか分からない。
 犯人は前科がなかったから、不起訴処分になった。警察から聞いたけど「毎日笑顔で挨拶してくれるから好きなんだと思った」と供述していたらしい。ありえない、何が悲しくて花の16歳が40過ぎの子ども部屋おじさんに恋するの?

 ——この視界に入るな。出来ればさっさと死んで欲しい——。

 初めてそう願った。今もそう思う。叶わないのなら私が死にたい。これ以上誰かを憎みたくないから。
 鏡を見るたび思う。「いつかまた私の好きなファッションを楽しめる日が来るのかしら?」と。
 私は生まれ持った方の黒髪が好きだった。カラコンなんて、青のカラコンなんて好みでもなんでもない、只者じゃなさそうな感じはでるけど。タトゥーシールはちょっと気に入っている。でも服装は好みじゃない、ケバいもん。メイクだってファンデが重たいから、止めたい。
 いつか楽しめる日を、何も感じずに鏡を見られるようになった時、私は若さを失っているのかもしれない。



 叶うなら……叶うなら…………。私には到底無理だけど……犯人を赦したい……赦せたら……………。

 そんな祈りに気づいたのは最近のこと。「祈り」と言うよりは「赦すべき」と言う命令。

「あなたの敵を愛しなさい」と小さい頃から教わってきた。
 でも無理、絶対に無理だから。これを言った先生には敵なんて居なかったから言えるのよ。
 あ、でもイエス様にはいた。祭司長や学者たちに、十字架にかけた人々が……。その人々を赦した。
 私には到底ムリ。絶対に無理。絶対赦さない。だけど、私も赦された側。「私には神なんて必要ない」と、思っていた。その傲慢さを。

 車を運転しながら蜜歌は考えた。

 神に赦された私になら、赦せるんじゃ?
 無理かもしれない。時が流れ記憶の薄れにより、何も感じなくなることはあるかも、だけどそれは本当の解決にはならない。私じゃ絶対に赦せない。だけど、イエス様は赦した。

 蜜歌は手を止めず祈りながら、ふと空を見上げた。
 ビルディングのない空に一抹のホームシックを感じつつも、安堵感もあった。
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