生きる者であれ

神永 遙麦

文字の大きさ
上 下
1 / 1

生きる者であれ

しおりを挟む
 おばあちゃんが死んだ。
 曾祖母ちゃんと大伯母さん達の79回目の命日を迎えた直後だった。
 もう葬式も終えて、大人たちのバタバタも一段落着いた。だから私は今日でおばあちゃんの家を発つ。

 この時点で、おばあちゃんの死因が分かる人はどれくらい? 例年だったら分かるかも。でも今年は忘れられがちの年だったから分からないかな。かく言う私だって忘れかけていた。
 ま、たぶん老衰で亡くなっただけ。 なんたって87歳だったからね。長崎で生まれて、滋賀で亡くなった。長崎は中学を卒業してから出て、大阪で就職したけど「ピカの毒が移る」と差別を受けていたらしい。

 おじさん達に挨拶をしてから家を出る。バスに乗る。

 
 愛莉ちゃん従姪によると、おばあちゃんは死の床でぼそぼそと歌っていた。いつものやつを歌っていたらしい。拓也従兄がググったやつによるとカトリックが新年に歌う曲で、「新年の恵みと忠誠を誓う」内容らしい。
 おばあちゃんもおばあちゃんの家族もカトリックだった。戦時中だから差別されてそうだったのに、ちゃんとミサに出席するタイプの信徒だったらしい。アメリカはキリスト教徒が多いのに、なんで教会にも落としたんだろう?
 神様でもマリア様でもどっちでもいい。熱心な信徒だった、戦後に離教したけど。けど何で原爆なんかを落とすことを許したの? 信徒が惨たらしく死ぬのを上からただ見ていたのはアメリカ人と神様。なんで? 日本はキリスト教の国じゃないから?

 
 おばあちゃんは死ぬ直前まで取材を受けていた。
 私達や愛莉ちゃんの名前を間違えることが多かった。なのに79年も前の記憶を語り続けていた。執念か、それほど鮮明に刻まれたのか。はたまた両方か。
 
 10年後の私が30歳になる頃、おばあちゃんと同じ経験をした人はどれくらい残っているんだろう? 愛莉ちゃん辺りが生の証言を聞ける最後の世代かも。最後であれ。

 街中と比べるとゆったりしたアナウンスを聞きながら、私は切符を入れ改札を通った。通った改札を振り返っても、おばあちゃんが手を振ることはもうない。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

亡くなった妻と、こたつでお茶を飲む。〜聞きたかった言葉〜

櫻月そら
現代文学
妻が亡くなった。 その年、初めて雪が降った日の夜に。 しかし、ある雪の夜、彼女は俺の前に現れた。 生前と変わらない笑顔を浮かべて。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...