9 / 19
裏切りの集う世界
警戒に満ちた束の間の__
しおりを挟む
凌弥は寝付けなかった。
悪夢を見、飛び起きてから眠れずにいる。寝返りを打つ度、眠さがどんどん遠ざかって行く。何度も寝返りを打っていると、頭が冴え始めた。
熟睡しているビルを挟んだ向こう側には窓がある。当然、雨戸代わりの板が付けられていた。(どう言う絡繰なのか凌弥には理解出来なかったが、外側からは破壊しない限り開けられないそうだ)
その雨戸の隙間から月光が覗き込んでいた。蒸し暑く汗がジトジトと貼り付くような嫌な夜だと言うのに、月だけは冴え冴えと冷たい光を放っていた。
凌弥は涼を求めるように月光の一本筋を見つめていた。
*
美桜は眠らなかった。
当然だ。死と隣り合わせのこの町に、14歳のひ弱な少女が降り立った。女でおり子どもである美桜には身の危険が多すぎた。護身術は身につけていたが、食料がほとんどないこの町では消費エネルギーを抑えた方がいいだろう。だが休養のための睡眠は、無防備な状態であるため、人目のない夜に寝ない方がいいだろう。
そう判断し、美桜は寝ずの番に立っていた。
それでも限界はあり、時折人がいないことを念入りに確認してから目を瞑るだけの時間も取っていた。
ザクッという足音を検知した美桜はそちらに注意を向けた。5つある感覚のうち、3つに全神経を注ぎ始めた。
1分ほど経ち相手はどこかにいってしまった。単なる偶然か、自分の命を狙っていたのか判断はつかなかったが、美桜はドッと疲れた。全神経を一気に集中させたため、頭に沸騰したような感覚が残りボーッとしてしまった。何度も「限界」の2文字が脳裏を過ったが、振り払い続けた。
ボーッとした頭で美桜の視界に月が入った。見事な満月だった。団子が食べたくなった。みたらし団子がいい。
*
凌弥は床から抜け出した。ビルには怒られるだろうが、眠れなかった。だから散歩に出ようと考え、実行に移した。
小屋から抜け出し、辺りに注意を払いながら静かに歩き始めた。何もない町、というより教科書に載っていた戦後の町並みに似ていた。あちこちにある建物の残骸を壁に、板を立て掛けて小屋にしている。
雪が積もる季節ですらないのに、歩く度にザクッザクッという音がする。
ふと凌弥は立ち止まった。
向こうに人がいる。人食いか?
凌弥は小屋の陰に隠れ、相手を遠目から睨み威嚇した。昔から「目力がある」と言われるんだから少しは効果があると思う。どうやら相手もこちらに気づいたようで、睨んでいる。向こうもこっちを警戒しているのか?
凌弥は警戒体勢を緩めると相手を観察した。体格からして、凌弥と同年代の女性だ。黒い髪に黄色い肌。ん?アジア人?
凌弥は一歩近づいたが、あちらが尋常でないほどに警戒していると気が付き、引き返した。
朝が明けたら、また探そう。
***
「ちょっと外行ってくる」
凌弥はビルに声を掛けてみた。
ほぼダメ元だ。夜中の外出がバレてなかったら多分イケる。あ、でも待てよ。白人ばっかのこの世界じゃ黄色い肌って普通に目立つよな?ビルもしかしてもう見掛けたりしてないか?あと、もしかしたらただの黄色い肌じゃなくて、日焼けしただけの可能性も……。あ、でもビルは日焼けしてる割に黄色くないよな。小麦色っぽいよな。
凌弥が悶々と考え込んでいる中ビルは雨戸を開け、外を確認した。相変わらず陽射しがキツイ上に湿気が強い。日射病になりうる。だが、13歳の子どもなら育ち盛りだ。しかも13歳という割には小柄で、顔色も黄色っぽく病弱に見える。外に出た方がいいか。
「気をつけてね」
予想外の答えに凌弥は驚くと、ビルの気が変わるまでに、と家を出ていった。
「行ってきまーす!」
「イッテキマァス?」
知らない言葉にビルは首を傾げた。「トム」の故郷で使われる言葉なのだろうか?先日もタンポポを、渋い顔をしながら「イタダキマス」と言ってから食べていた。
*
美桜の脳は処理回路がパンクしてしまったのか、今彼女の視線は空に向かっている。「あの雀食べられるのかな」ということを考えている。
目の前には美桜と同じ、黄色い肌の少年がいる、極東アジアの顔だ。青銅色の瞳にライトブラウンの髪、という点を除けば日本人らしい顔立ちをしている。しかも見覚えがある顔だ。去年、中学で同級生だった子と同じ顔。
「朝緑さん?」と、一か八かで呼んでみた。ファーストネームまでは覚えていなかったが。
凌弥はフェっと変な声を上げた。
自分の名前を知っていた。見知らぬこの世界で。名字呼び、ということは中学の人?花ケ迫さんの友達?取り巻き?机に落書きされていた。剣道部からのリンチに遭った。靴を隠された挙げ句、ダメにされた。先生は何もしてくれなかった、どんどん悪化した。机にハチの死骸があった。マットに巻かれ50分放置された。日本人らしくない顔を揶揄され続けた。ゴミ箱が降って来た。
脳裏に記憶が過り続けた。
凌弥は胸を抑えた。ひゅっひゅっひゅっと浅い呼吸音が響き、倒れ込んだ。
1年前は1年1組の学級委員長だった美桜は、異変を感じ取ると、凌弥のもとに駆け寄り恐る恐る彼の肩に触れた。「大丈夫です。ゆっくり息を吐いて」と、背中を擦った。
大丈夫なことなど何一つない、と思いながらも美桜は「大丈夫ですよ」と息を吐くように誘導を続けた。
悪夢を見、飛び起きてから眠れずにいる。寝返りを打つ度、眠さがどんどん遠ざかって行く。何度も寝返りを打っていると、頭が冴え始めた。
熟睡しているビルを挟んだ向こう側には窓がある。当然、雨戸代わりの板が付けられていた。(どう言う絡繰なのか凌弥には理解出来なかったが、外側からは破壊しない限り開けられないそうだ)
その雨戸の隙間から月光が覗き込んでいた。蒸し暑く汗がジトジトと貼り付くような嫌な夜だと言うのに、月だけは冴え冴えと冷たい光を放っていた。
凌弥は涼を求めるように月光の一本筋を見つめていた。
*
美桜は眠らなかった。
当然だ。死と隣り合わせのこの町に、14歳のひ弱な少女が降り立った。女でおり子どもである美桜には身の危険が多すぎた。護身術は身につけていたが、食料がほとんどないこの町では消費エネルギーを抑えた方がいいだろう。だが休養のための睡眠は、無防備な状態であるため、人目のない夜に寝ない方がいいだろう。
そう判断し、美桜は寝ずの番に立っていた。
それでも限界はあり、時折人がいないことを念入りに確認してから目を瞑るだけの時間も取っていた。
ザクッという足音を検知した美桜はそちらに注意を向けた。5つある感覚のうち、3つに全神経を注ぎ始めた。
1分ほど経ち相手はどこかにいってしまった。単なる偶然か、自分の命を狙っていたのか判断はつかなかったが、美桜はドッと疲れた。全神経を一気に集中させたため、頭に沸騰したような感覚が残りボーッとしてしまった。何度も「限界」の2文字が脳裏を過ったが、振り払い続けた。
ボーッとした頭で美桜の視界に月が入った。見事な満月だった。団子が食べたくなった。みたらし団子がいい。
*
凌弥は床から抜け出した。ビルには怒られるだろうが、眠れなかった。だから散歩に出ようと考え、実行に移した。
小屋から抜け出し、辺りに注意を払いながら静かに歩き始めた。何もない町、というより教科書に載っていた戦後の町並みに似ていた。あちこちにある建物の残骸を壁に、板を立て掛けて小屋にしている。
雪が積もる季節ですらないのに、歩く度にザクッザクッという音がする。
ふと凌弥は立ち止まった。
向こうに人がいる。人食いか?
凌弥は小屋の陰に隠れ、相手を遠目から睨み威嚇した。昔から「目力がある」と言われるんだから少しは効果があると思う。どうやら相手もこちらに気づいたようで、睨んでいる。向こうもこっちを警戒しているのか?
凌弥は警戒体勢を緩めると相手を観察した。体格からして、凌弥と同年代の女性だ。黒い髪に黄色い肌。ん?アジア人?
凌弥は一歩近づいたが、あちらが尋常でないほどに警戒していると気が付き、引き返した。
朝が明けたら、また探そう。
***
「ちょっと外行ってくる」
凌弥はビルに声を掛けてみた。
ほぼダメ元だ。夜中の外出がバレてなかったら多分イケる。あ、でも待てよ。白人ばっかのこの世界じゃ黄色い肌って普通に目立つよな?ビルもしかしてもう見掛けたりしてないか?あと、もしかしたらただの黄色い肌じゃなくて、日焼けしただけの可能性も……。あ、でもビルは日焼けしてる割に黄色くないよな。小麦色っぽいよな。
凌弥が悶々と考え込んでいる中ビルは雨戸を開け、外を確認した。相変わらず陽射しがキツイ上に湿気が強い。日射病になりうる。だが、13歳の子どもなら育ち盛りだ。しかも13歳という割には小柄で、顔色も黄色っぽく病弱に見える。外に出た方がいいか。
「気をつけてね」
予想外の答えに凌弥は驚くと、ビルの気が変わるまでに、と家を出ていった。
「行ってきまーす!」
「イッテキマァス?」
知らない言葉にビルは首を傾げた。「トム」の故郷で使われる言葉なのだろうか?先日もタンポポを、渋い顔をしながら「イタダキマス」と言ってから食べていた。
*
美桜の脳は処理回路がパンクしてしまったのか、今彼女の視線は空に向かっている。「あの雀食べられるのかな」ということを考えている。
目の前には美桜と同じ、黄色い肌の少年がいる、極東アジアの顔だ。青銅色の瞳にライトブラウンの髪、という点を除けば日本人らしい顔立ちをしている。しかも見覚えがある顔だ。去年、中学で同級生だった子と同じ顔。
「朝緑さん?」と、一か八かで呼んでみた。ファーストネームまでは覚えていなかったが。
凌弥はフェっと変な声を上げた。
自分の名前を知っていた。見知らぬこの世界で。名字呼び、ということは中学の人?花ケ迫さんの友達?取り巻き?机に落書きされていた。剣道部からのリンチに遭った。靴を隠された挙げ句、ダメにされた。先生は何もしてくれなかった、どんどん悪化した。机にハチの死骸があった。マットに巻かれ50分放置された。日本人らしくない顔を揶揄され続けた。ゴミ箱が降って来た。
脳裏に記憶が過り続けた。
凌弥は胸を抑えた。ひゅっひゅっひゅっと浅い呼吸音が響き、倒れ込んだ。
1年前は1年1組の学級委員長だった美桜は、異変を感じ取ると、凌弥のもとに駆け寄り恐る恐る彼の肩に触れた。「大丈夫です。ゆっくり息を吐いて」と、背中を擦った。
大丈夫なことなど何一つない、と思いながらも美桜は「大丈夫ですよ」と息を吐くように誘導を続けた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話
赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。
前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる