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第十一章 レミントン家

11-3 久々に訪れたジョリーの解体屋

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 師匠に渡されたを見た俺は、深くため息をついた。それをジャケットの胸ポケットに押し込め、久々のバイクにまたがる。その横、サイドカーではビオラがご機嫌な顔で待機している。

「ラス、アドルフとエイミーは置いていくのか?」
「師匠たちは他に用があるからな」
「二人も町に行くのか?」
「そうだが?」
「もしも、また奴らが襲ってきたら……大丈夫かの?」

 ビオラはおそらく、早朝に襲撃してきた男達──エイミーを迎えに来たレミントン家の手先が、再び現れることを心配しているのだろう。
 エイミーも奴らが諦めたとは思えないって言ってたし、俺と師匠も撃退できたなんて思っていない。

 朝食をとっていた間中と同じように、浮かない顔をするビオラに、俺は心配ないだろうと言ってキーを鍵穴に挿した。

「むしろ、俺とお前がいない方が師匠は動きやすいだろうし」
「そうかの?」
「守るもんが少ないに越したことはないだろ。それに──」

 言葉を切った俺は、ガレージの隅に視線を向けた。そこには、二人乗りタンデムシートのバイクある。俺が十二、三歳の頃に師匠と二人で旅をするのに使っていたものだ。
 師匠がいなくなってから、使うことはなかったが、定期的にメンテナンスをしてきた。それに、大陸から船でマーラモードに戻る前、ジョリーに魔力の補充をして使える状態にしてもらえるように連絡しておいたから、問題はないはずだ。
 俺の視線の先に気づいたビオラは首を傾げた。

「あのバイクがどうか──ん? サイドカーは付いておらんの」
「あぁ、だけど、シートは二人乗り用だ」
「二人……後ろに乗れるのか?」
「そうだ。あれなら小回りが利くし、もしも追われたとしても巻きやすいだろ」
「二人乗りとな? 面白そうじゃ。わらわもあれに乗ってみたいの!」
「お前はもう少しデカくなったらな」
 
 ガキ、それも十歳にも満たない幼女を後ろに乗っけるとか、運転する方の身としたら、おっかなすぎるだろう。しかも、ビオラは好奇心の塊だ。唐突に身を乗り出されたりしたら、たまったもんじゃない。
 想像しただけで顔が引きつり、俺はため息を零した。

「子ども扱いするでない!」
「今はガキだろうが」
「ぐぬぬっ……元の姿に戻ったら、あれに乗るからの!」
「はいはい」
「何じゃ、その気の抜けた返事は!」
「あー、そろそろ行くぞ」
「妾の話を聞いて……っ!」

 まだ言い足りなさそうなビオラを無視して、俺はスロットルを大きく回し、一度、エンジン音を大きくとどろかせた。
 バイクを走らせていれば、ビオラのことだから機嫌がよくなるだろう。そう思って走らせれば、数分と待たずに、やかましい文句は止んだ。本当に、外を走るのが好きだよな。

 季節はすっかり夏になったが、朝方の風はまだ気持ちがいい。
 丘を降りる坂道は青々とした木々に覆われ、そこを走り抜けると草木の匂いと風が頬を叩くようにして抜けた。
 日が高くなる前に、用事を済ませないとな。
 そんなことを考えながら、俺はジョリーの解体ジャンク屋を目指した。

 ***

 ジョリーの店に着き、文句ばかり言っているビオラにげんなりしながら、そのドアを開けた。

「夏のバイクは最悪じゃ!」
「うるせぇ……なら、あの丘から歩いてくる方がマシだったか?」
「それはもっと嫌じゃ!」

 バイクを停めたと同時に、日差しが暑い、汗が気持ち悪いと騒ぎ始めるのは想定外だった。
 ため息をついていると、店番をしていたらしいリアナが声をかけてきた。

「ラスさん、ビオラちゃん!」
「昨夜は、迎えありがとうな。ジョリーはいるか?」
「リアナ! 外は暑くて敵わんのじゃ!」
「おい、ビオラ黙ってろ」
 
 きゃんきゃんと仔犬のように煩いビオラの頭をがしりと掴み、睨みつけると、その小さな唇が突き出された。

「真夏のバイクは暑いよね。今、冷たいジュースを入れるわね」
「それより、ジョリーはいるか?」
「いるけど……今日のお兄ちゃん、ちょっと変なの」
「変? あいつが変なのはいつものことだろう」
「うーん、そうなんだけど。そうじゃなくって……」

 眉をひそめたリアナは開いたドアを振り返って「あ!」と声を上げた。
 そこには、いたっていつもと変わらない様子のジョリーがいた。と思った直後だ。

「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか?」

 見事な営業スマイルを見せたその姿に、俺とビオラは一歩後ずさった。
 昨日、船着き場に呼び出して家まで車を出してもらった。それを恩着せがましく言ってくるかと想像していたが、その様子は微塵みじんもない。それに、久々に会ったビオラを可愛いと褒めちぎりそうなものだが、ジョリーはちらりとその存在を確認しただけだ。
 別人としか思えない。

「ね、変でしょ」

 声をひそめたリアナは、冷たい飲み物を持ってくるねと言って奥に行ってしまった。
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