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第十一章 レミントン家
11-1 招かれざる客は早朝に火を放つ
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早朝、キッチンに立って四人分の朝食を用意していると、店のベルが鳴らされた。また村の婆さん達が来たのだろう。放っておくと騒がしくなるだろうから、さっさと出るかな。
仕方なくコンロの火を止め、廊下に出ると師匠がいた。
欠伸をする姿を、物珍しく見ながら朝の挨拶を交わすと、師匠は手櫛でその長い髪をかき上げ、器用に結びながら歩き出した。
「何だい、その顔は」
「そりゃぁ、こんな早朝に起きてるのを見れば……」
思い出す師匠の姿と言えば、その大半が寝るか食べるかだ。勿論、俺に魔法のあれこれを指南してくれていたが、それ以外の私生活は自堕落なもんだった。朝は特に弱くて布団を引っ剥がすのに苦労した記憶が鮮明に残ってくる。
「出来れば寝ていたいところだが、そうもいかないだろう」
「寝てて良いですよ。来客は俺が相手しますので」
「お前一人では手に余ると思うぞ」
「こんな早朝に来るのは、村の婆さん達でしょう」
「それはそれで、顔を出さないとだ」
「そりゃそうですが……」
この人は何を言っているんだか。
ため息をつきながら、店に通じる扉を開けた瞬間、俺は異様な気配に動きを止めた。
静かだ。村の婆さんや顔馴染みが来ているなら、こんなに静かなはずがない。しかし、ドアの向こうに誰かがいるのも確かだ。
来客を告げる呼び鈴が鳴らされた。
「こんな早朝にやり合うのは勘弁だな」
「やり合う?」
「まぁ、たいした相手じゃなさそうだが」
欠伸を一つこぼした師匠はそう言い、ドアの前に立つ。
こちらの気配を察したらしい、外の客が再び呼び鈴を鳴らした。
「おはようございます。まだ開店前ですが、何か、ご用でしょうか」
「少々、お尋ねしたいことがございます」
師匠の問いに返ってきた声は、男のものだった。声から察するに、三十から四十代といったところか。
「こちらに、封印や魔法絡みの仕事を引き受けてくださる魔術師がいると聞きました」
「いますよ」
師匠は静かに返事をすと窓を指さした。俺に、相手の様子を伺えと言うのだろう。どうやら、対面する気はないらしい。
「どんな仕事でも、対価を払えば引き受けるというのは、間違いないでしょうか?」
「内容にもよりますね。例えば、人の命を殺めたり盗みに加担するようなお話は、お断りしています」
「そうですか……では、人探しは引き受けていただけますか?」
「人探し? そういったものは、魔術師の仕事ではないですね。自警団に知り合いもいますし、紹介しましょうか」
師匠がゆっくりと話を続ける傍ら、壁に背をつけた俺はカーテンの隙間から外を見た。そこには、黒塗りの車と黒づくめの男が数名いた。どう見たって客には見えない。
「いえね。うちのお嬢様が十日ほど前から行方不明なんですが、こちらでご厄介になっているらしいと聞きましてね」
「おやおや……うちには弟子と親類の子しかいませんから、人違いでしょう」
「そうですか。一度、店の中を見させていただいても良いですかね?」
「お疑いでしたら、魔術師組合に直接問い合わせてください」
ちらりとこっちを見た師匠に頷き、俺はベルトに挟む杖を引き抜いた。
しばらく間があり、再び外を見ると黒づくめたちが銃をホルスターから抜く姿が見えた。
「穏便に済ませたいと思っているんですよ。必要とあれば、対価とやらもお払いします」
「何を言っているか、分かりませんね」
「この丘の下には、民間人もいますよね。そんなところで、騒ぎは起こしたくないんじゃありませんか?」
「ですから、仰ってる意味が分かりません」
師匠が穏やかに返すと、外の男たちが銃を構えた。それに反応するよう、俺が杖を構えた瞬間だった。
激しい銃声と共に店が揺れた。
窓の向こうに浮かび上がる魔法陣は、森の中で見たエイミーの撃つ銃から発動したものと酷似している。
「ラス! 丘一体の結界を発動した。お前はビオラちゃんとエイミーを地下に避難させるんだ」
「師匠は──!?」
「私は掃除をしてくるよ。これでは、店が開けられないからね」
赤い魔法陣が浮かぶ扉を押し開けた師匠は、俺の返事を待たずに外へと出ていった。その直後、激しい銃声が轟いた。
いくら師匠でも、複数相手は酷だろう。
急いでビオラとエイミーのもとに向かおうとすると、後ろの扉が開き、寝間着姿のビオラとエイミーが顔を出した。
エイミーは顔面蒼白だ。当然、外を見て男達を確認しているのだろう。
「何事じゃ?」
「エイミーを連れ戻しに来たらしい。今、師匠が応戦してる」
「では、妾も──」
「ダメだ! お前らは地下に行け」
「何故じゃ!?」
「……もしもだ。やつらがネヴィルネーダの情報を手にしたら、厄介だろう?」
「持ち帰った書物は、お主らの作った封印庫に入っておるのじゃ、そう簡単に取り出せぬ」
「そうだが。もしも持ってかれたら取り返すのも面倒だろう。つべこべ言わず、地下で待ってろ!」
ビオラを抱え上げた俺は、エイミーの手を引っ張った。
仕方なくコンロの火を止め、廊下に出ると師匠がいた。
欠伸をする姿を、物珍しく見ながら朝の挨拶を交わすと、師匠は手櫛でその長い髪をかき上げ、器用に結びながら歩き出した。
「何だい、その顔は」
「そりゃぁ、こんな早朝に起きてるのを見れば……」
思い出す師匠の姿と言えば、その大半が寝るか食べるかだ。勿論、俺に魔法のあれこれを指南してくれていたが、それ以外の私生活は自堕落なもんだった。朝は特に弱くて布団を引っ剥がすのに苦労した記憶が鮮明に残ってくる。
「出来れば寝ていたいところだが、そうもいかないだろう」
「寝てて良いですよ。来客は俺が相手しますので」
「お前一人では手に余ると思うぞ」
「こんな早朝に来るのは、村の婆さん達でしょう」
「それはそれで、顔を出さないとだ」
「そりゃそうですが……」
この人は何を言っているんだか。
ため息をつきながら、店に通じる扉を開けた瞬間、俺は異様な気配に動きを止めた。
静かだ。村の婆さんや顔馴染みが来ているなら、こんなに静かなはずがない。しかし、ドアの向こうに誰かがいるのも確かだ。
来客を告げる呼び鈴が鳴らされた。
「こんな早朝にやり合うのは勘弁だな」
「やり合う?」
「まぁ、たいした相手じゃなさそうだが」
欠伸を一つこぼした師匠はそう言い、ドアの前に立つ。
こちらの気配を察したらしい、外の客が再び呼び鈴を鳴らした。
「おはようございます。まだ開店前ですが、何か、ご用でしょうか」
「少々、お尋ねしたいことがございます」
師匠の問いに返ってきた声は、男のものだった。声から察するに、三十から四十代といったところか。
「こちらに、封印や魔法絡みの仕事を引き受けてくださる魔術師がいると聞きました」
「いますよ」
師匠は静かに返事をすと窓を指さした。俺に、相手の様子を伺えと言うのだろう。どうやら、対面する気はないらしい。
「どんな仕事でも、対価を払えば引き受けるというのは、間違いないでしょうか?」
「内容にもよりますね。例えば、人の命を殺めたり盗みに加担するようなお話は、お断りしています」
「そうですか……では、人探しは引き受けていただけますか?」
「人探し? そういったものは、魔術師の仕事ではないですね。自警団に知り合いもいますし、紹介しましょうか」
師匠がゆっくりと話を続ける傍ら、壁に背をつけた俺はカーテンの隙間から外を見た。そこには、黒塗りの車と黒づくめの男が数名いた。どう見たって客には見えない。
「いえね。うちのお嬢様が十日ほど前から行方不明なんですが、こちらでご厄介になっているらしいと聞きましてね」
「おやおや……うちには弟子と親類の子しかいませんから、人違いでしょう」
「そうですか。一度、店の中を見させていただいても良いですかね?」
「お疑いでしたら、魔術師組合に直接問い合わせてください」
ちらりとこっちを見た師匠に頷き、俺はベルトに挟む杖を引き抜いた。
しばらく間があり、再び外を見ると黒づくめたちが銃をホルスターから抜く姿が見えた。
「穏便に済ませたいと思っているんですよ。必要とあれば、対価とやらもお払いします」
「何を言っているか、分かりませんね」
「この丘の下には、民間人もいますよね。そんなところで、騒ぎは起こしたくないんじゃありませんか?」
「ですから、仰ってる意味が分かりません」
師匠が穏やかに返すと、外の男たちが銃を構えた。それに反応するよう、俺が杖を構えた瞬間だった。
激しい銃声と共に店が揺れた。
窓の向こうに浮かび上がる魔法陣は、森の中で見たエイミーの撃つ銃から発動したものと酷似している。
「ラス! 丘一体の結界を発動した。お前はビオラちゃんとエイミーを地下に避難させるんだ」
「師匠は──!?」
「私は掃除をしてくるよ。これでは、店が開けられないからね」
赤い魔法陣が浮かぶ扉を押し開けた師匠は、俺の返事を待たずに外へと出ていった。その直後、激しい銃声が轟いた。
いくら師匠でも、複数相手は酷だろう。
急いでビオラとエイミーのもとに向かおうとすると、後ろの扉が開き、寝間着姿のビオラとエイミーが顔を出した。
エイミーは顔面蒼白だ。当然、外を見て男達を確認しているのだろう。
「何事じゃ?」
「エイミーを連れ戻しに来たらしい。今、師匠が応戦してる」
「では、妾も──」
「ダメだ! お前らは地下に行け」
「何故じゃ!?」
「……もしもだ。やつらがネヴィルネーダの情報を手にしたら、厄介だろう?」
「持ち帰った書物は、お主らの作った封印庫に入っておるのじゃ、そう簡単に取り出せぬ」
「そうだが。もしも持ってかれたら取り返すのも面倒だろう。つべこべ言わず、地下で待ってろ!」
ビオラを抱え上げた俺は、エイミーの手を引っ張った。
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