107 / 116
第十章 マージョリー・ノエルテンペストの手記
10-10 懐かしの我が家へ、ようこそ
しおりを挟む
約一ヵ月ぶりとなった我が家に戻ると、留守番をしていた銀狼のシルバが出迎えてくれた。しかし、いつもと様子が違う。喜んで走ってくることはせずに、足を止めて様子を伺っている。どうやら、俺の後ろにいる師匠アドルフを見て戸惑っているようだ。
「シルバ、ただいま」
師匠が腰を下ろしてそう言うと、長い尻尾が揺れた。直後、駆けだしたシルバは、まるで幼い頃に戻ったようにはしゃいだ様子で師匠に飛びついた。
「何じゃ、シルバはアドルフが好きなのか?」
「シルバの怪我を直したのは師匠だからな」
「こらこら、もう私も年だからな。お手柔らかに頼むよ、シルバ」
「あ、あの、ラスさん……あれって魔狼ですよ、ね?」
「そうだな」
「……魔物と暮らしているんですか?」
予想外に、エイミーは俺を異端者でも見るような眼を向けてきた。
「エイミー、シルバは大人しいし良い子じゃぞ」
「しかし、魔女さん……えっ、えぇ!?」
「なるほど。シルバの背はビオラちゃんの居場所になったのか」
シルバの背にビオラがひょいっと乗ると、エイミーは驚きの声を上げた。その横で、師匠は頷きながら俺に寂しそうな目を向けてくる。どうせ、小さい頃は俺が乗っていたことを思い出しているのだろう。
「俺が乗ったら、シルバが潰れるだろうが」
「私も老けるはずだな」
「師匠、鏡を見たことあるのか?」
「失礼だぞ。毎朝、きちんと髭を剃っている」
「その髭、剃らない方が年相応に見えると思うぞ」
くだらないことを言いながら家の中に入ると、師匠は驚いたように声を上げた。
「ずいぶん綺麗にしてるな。それに、埃も湿気もない」
「家を空けている間は、ジョリーに換気を頼んでたからな」
「ジョリー君か! 元気にしているか? 妹のリアナちゃんはそろそろ学校を卒業する年じゃないのか?」
荷物をリビングに降ろしていると、師匠は懐かしそうに部屋に飾られた肖像画を眺めながら尋ねてきた。
「卒業が危しいって言ってたな」
「ジョリー君は優秀だったと思うが」
「リアナは考えるより動くタイプだからな」
「なるほど。それは学校で学ぶより、師匠を見つけた方が良いな」
「紹介してやれよ」
「ラス、お前がなってやればいいだろうが」
「俺はあいつの面倒で手一杯だ!」
そもそも弟子を取るつもりは欠片もない。そう言ってビオラが見ると、傍に駆けよってきた。
「ラス、荷物の整理も良いが、お茶にしようぞ!」
「で、では、私が淹れてきます! お台所はどこですか?」
「エイミーは客だ。ゆっくり座って待つのじゃ!」
少し緊張気味のエイミーは困った顔をしたが、師匠が座っていなさいと言うと、大人しくソファーに腰を下ろした。すご傍に、シルバが様子を探るようにして近づいたもので、驚いた彼女は顔を引きつらせて硬直している。
二週間前、封印の森で師匠と再会を果たし、必要な書籍や少しの遺物を持ち出した。マーマレース国は特にレミントン家の目が光っていると考え、帰りはハンフリーを経由してマーマレースの東にある商業国ケルシーから出港し、マーラモードに戻ってきた。予定より帰国が遅くはなったが、特に襲撃されることもなく、こうして今を迎えている。
エイミーと師匠をリビングに残してキッチンに行き、ハーブティーを淹れながら、俺は思わずため息を零した。
「どうしたのじゃ?」
「……どうしたもこうしたもだ。ハンフリーで少しはネヴィルネーダの話を探れると思ってたんだよ」
「ハンフリー?」
「歴史上では、暴食の魔女を封印するのに中心となった国ってことになっている。ネヴィルネーダの北に位置しているな」
「そうじゃったのか……北……」
「まぁ、仕方ない。またそのうち行くか。師匠もしばらく、ここに残るみたいだしな」
「うむ。そうじゃ、エイミーのことも相談せねばの」
「それは心配ないと思うぞ」
トレイにポットとカップを四つ並べ、俺は苦笑した。
ビオラは首を傾げてこちらを仰ぎ見る。
「どうしてそう言い切れるのじゃ?」
「まぁ、弟子の勘だな」
それから、戻ったリビングの前で立ち止まった俺は、静かにと合図するよう口元に指を当ててビオラを見た。
そっと扉を開けて手招くと、ぱちくりと瞬いたビオラは、その隙間からそっと中を覗いた。
師匠とエイミーは壁際に並ぶ家具の前で談笑している。師匠の手にあるのは、俺と母親が描かれた肖像画だ。
「楽しそうじゃの」
「そうだな。とは言え、まずは組合を納得させなきゃいけないな」
「うむ。じゃが、それはアドルフが何とかするじゃろ?」
「……違いない」
師匠なら、黒を白にも変えそうだ。
そんなことを思って思わず笑い声を零すと、エイミーがこっちを振り返った。
扉を押し開け、何食わぬ顔で「お待たせ」と言い、俺たちはリビングに入った。
「シルバ、ただいま」
師匠が腰を下ろしてそう言うと、長い尻尾が揺れた。直後、駆けだしたシルバは、まるで幼い頃に戻ったようにはしゃいだ様子で師匠に飛びついた。
「何じゃ、シルバはアドルフが好きなのか?」
「シルバの怪我を直したのは師匠だからな」
「こらこら、もう私も年だからな。お手柔らかに頼むよ、シルバ」
「あ、あの、ラスさん……あれって魔狼ですよ、ね?」
「そうだな」
「……魔物と暮らしているんですか?」
予想外に、エイミーは俺を異端者でも見るような眼を向けてきた。
「エイミー、シルバは大人しいし良い子じゃぞ」
「しかし、魔女さん……えっ、えぇ!?」
「なるほど。シルバの背はビオラちゃんの居場所になったのか」
シルバの背にビオラがひょいっと乗ると、エイミーは驚きの声を上げた。その横で、師匠は頷きながら俺に寂しそうな目を向けてくる。どうせ、小さい頃は俺が乗っていたことを思い出しているのだろう。
「俺が乗ったら、シルバが潰れるだろうが」
「私も老けるはずだな」
「師匠、鏡を見たことあるのか?」
「失礼だぞ。毎朝、きちんと髭を剃っている」
「その髭、剃らない方が年相応に見えると思うぞ」
くだらないことを言いながら家の中に入ると、師匠は驚いたように声を上げた。
「ずいぶん綺麗にしてるな。それに、埃も湿気もない」
「家を空けている間は、ジョリーに換気を頼んでたからな」
「ジョリー君か! 元気にしているか? 妹のリアナちゃんはそろそろ学校を卒業する年じゃないのか?」
荷物をリビングに降ろしていると、師匠は懐かしそうに部屋に飾られた肖像画を眺めながら尋ねてきた。
「卒業が危しいって言ってたな」
「ジョリー君は優秀だったと思うが」
「リアナは考えるより動くタイプだからな」
「なるほど。それは学校で学ぶより、師匠を見つけた方が良いな」
「紹介してやれよ」
「ラス、お前がなってやればいいだろうが」
「俺はあいつの面倒で手一杯だ!」
そもそも弟子を取るつもりは欠片もない。そう言ってビオラが見ると、傍に駆けよってきた。
「ラス、荷物の整理も良いが、お茶にしようぞ!」
「で、では、私が淹れてきます! お台所はどこですか?」
「エイミーは客だ。ゆっくり座って待つのじゃ!」
少し緊張気味のエイミーは困った顔をしたが、師匠が座っていなさいと言うと、大人しくソファーに腰を下ろした。すご傍に、シルバが様子を探るようにして近づいたもので、驚いた彼女は顔を引きつらせて硬直している。
二週間前、封印の森で師匠と再会を果たし、必要な書籍や少しの遺物を持ち出した。マーマレース国は特にレミントン家の目が光っていると考え、帰りはハンフリーを経由してマーマレースの東にある商業国ケルシーから出港し、マーラモードに戻ってきた。予定より帰国が遅くはなったが、特に襲撃されることもなく、こうして今を迎えている。
エイミーと師匠をリビングに残してキッチンに行き、ハーブティーを淹れながら、俺は思わずため息を零した。
「どうしたのじゃ?」
「……どうしたもこうしたもだ。ハンフリーで少しはネヴィルネーダの話を探れると思ってたんだよ」
「ハンフリー?」
「歴史上では、暴食の魔女を封印するのに中心となった国ってことになっている。ネヴィルネーダの北に位置しているな」
「そうじゃったのか……北……」
「まぁ、仕方ない。またそのうち行くか。師匠もしばらく、ここに残るみたいだしな」
「うむ。そうじゃ、エイミーのことも相談せねばの」
「それは心配ないと思うぞ」
トレイにポットとカップを四つ並べ、俺は苦笑した。
ビオラは首を傾げてこちらを仰ぎ見る。
「どうしてそう言い切れるのじゃ?」
「まぁ、弟子の勘だな」
それから、戻ったリビングの前で立ち止まった俺は、静かにと合図するよう口元に指を当ててビオラを見た。
そっと扉を開けて手招くと、ぱちくりと瞬いたビオラは、その隙間からそっと中を覗いた。
師匠とエイミーは壁際に並ぶ家具の前で談笑している。師匠の手にあるのは、俺と母親が描かれた肖像画だ。
「楽しそうじゃの」
「そうだな。とは言え、まずは組合を納得させなきゃいけないな」
「うむ。じゃが、それはアドルフが何とかするじゃろ?」
「……違いない」
師匠なら、黒を白にも変えそうだ。
そんなことを思って思わず笑い声を零すと、エイミーがこっちを振り返った。
扉を押し開け、何食わぬ顔で「お待たせ」と言い、俺たちはリビングに入った。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
闇に堕つとも君を愛す
咲屋安希
キャラ文芸
『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。
正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。
千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。
けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。
そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。
そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
ガダンの寛ぎお食事処
蒼緋 玲
キャラ文芸
**********************************************
とある屋敷の料理人ガダンは、
元魔術師団の魔術師で現在は
使用人として働いている。
日々の生活の中で欠かせない
三大欲求の一つ『食欲』
時には住人の心に寄り添った食事
時には酒と共に彩りある肴を提供
時には美味しさを求めて自ら買い付けへ
時には住人同士のメニュー論争まで
国有数の料理人として名を馳せても過言では
ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が
織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。
その先にある安らぎと癒しのひとときを
ご提供致します。
今日も今日とて
食堂と厨房の間にあるカウンターで
肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める
ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。
**********************************************
【一日5秒を私にください】
からの、ガダンのご飯物語です。
単独で読めますが原作を読んでいただけると、
登場キャラの人となりもわかって
味に深みが出るかもしれません(宣伝)
外部サイトにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……
こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。
鎮魂の絵師
霞花怜
キャラ文芸
絵師・栄松斎長喜は、蔦屋重三郎が営む耕書堂に居住する絵師だ。ある春の日に、斎藤十郎兵衛と名乗る男が連れてきた「喜乃」という名の少女とで出会う。五歳の娘とは思えぬ美貌を持ちながら、周囲の人間に異常な敵愾心を抱く喜乃に興味を引かれる。耕書堂に居住で丁稚を始めた喜乃に懐かれ、共に過ごすようになる。長喜の真似をして絵を描き始めた喜乃に、自分の師匠である鳥山石燕を紹介する長喜。石燕の暮らす吾柳庵には、二人の妖怪が居住し、石燕の世話をしていた。妖怪とも仲良くなり、石燕の指導の下、絵の才覚を現していく喜乃。「絵師にはしてやれねぇ」という蔦重の真意がわからぬまま、喜乃を見守り続ける。ある日、喜乃にずっとついて回る黒い影に気が付いて、嫌な予感を覚える長喜。どう考えても訳ありな身の上である喜乃を気に掛ける長喜に「深入りするな」と忠言する京伝。様々な人々に囲まれながらも、どこか独りぼっちな喜乃を長喜は放っておけなかった。娘を育てるような気持で喜乃に接する長喜だが、師匠の石燕もまた、孫に接するように喜乃に接する。そんなある日、石燕から「俺の似絵を描いてくれ」と頼まれる。長喜が書いた似絵は、魂を冥府に誘う道標になる。それを知る石燕からの依頼であった。
【カクヨム・小説家になろう・アルファポリスに同作品掲載中】
※各話の最後に小噺を載せているのはアルファポリスさんだけです。(カクヨムは第1章だけ載ってますが需要ないのでやめました)
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる