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第十章 マージョリー・ノエルテンペストの手記

10-5 マージョリーの秘密の部屋

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 杖の先に明かりを灯して足元を照らした。
 人が一人、通れる程度の狭い階段を降りきると、石造りの壁があった。もしかしたら石造りに見せた隠しドアなのかもしれないが、ドアノブどころか指をかける隙間すらない。装飾すらないのっぺりとした壁だ。
 そうなると、考えられることはただ一つだろう。

「ここの鍵は……ビオラ、お前か?」
「うむ。ここを開けられるのは師匠と妾だけじゃ」
「やっぱりな。頼むぞ」

 俺の前に立つビオラは頷くと、小さな手を伸ばして壁に触れた。すると、その掌を起点にして四方へと輝く文字が走った。さらに浮かび上がった円陣にも古い言葉が浮かび上がる。

「ノエルテンペストの名を継し赤の魔女の帰還じゃ。開門せよアペリレ・ポルタ
 
 ビオラの声に反応した壁が一瞬、光を発した。それは縦半分に割るように線が浮き上がり、埃を巻き上げて左右に開いた。
 開かれた扉の先に足を踏み入れると、部屋にかかるランタンが自然と明かりを灯し、石の扉は音もなく閉ざされる。

 見渡すと、部屋の壁は本棚となっていて、ぎっしりと書物が並んでいた。その棚を仕切るように配置されてる柱にかかるランタンがゆらゆらと明かりを灯している。
 他にあるのは散らかった机と小さなテーブル、布張りの長椅子にはクッションと毛布が置いてある。ここで休むこともあったのだろう。

「師匠はここで研究をしておった」
「研究?」
「封印の魔法じゃ」

 本棚の前に立ったビオラは古びた本をいくつか抜き出すと、それらを抱え、小さなテーブルの上に置いた。

「五百年前、封印の魔法で生命を封じることは禁忌とされておった」
「禁忌? だけど、お前は封じられてたじゃないか。他にも、封印から目覚めた人間を知ってるぞ」
「時を操る魔法は難しいからの。失敗する者が多かったのじゃ」
「なるほど。失敗したら死人を出すだけだから、禁忌としたのか」

 ぱらぱらと一冊の本を捲りながらビオラは頷く。
 今でもそうだが、封印の魔法は基本的に、箱に鎖を撒いて鍵をかけるのと同じだ。ただ、その箱や鍵がちょっと特殊だったりして、基本的には魔法を扱える者でなければ解除できない。
 箱に人を入れて鍵をかければ、当然、中の人間は飲まず食わずになる訳だから、数日で死を迎える。時の魔法を操れなければ、いくら魔法で閉じ込めても同じことだ。

「師匠は、時の魔法をより簡単に発動させるにはどうしたら良いか考えておった」
「なぜだ?」
「不老不死じゃ」
「いきなり俗物みたいな話だな」
「師匠はが高かったからの。不死はじゃと言っておったの」
「つまり、時を操って老化を止めたかった……エイミーの探している魔法だな」

 ビオラが天才だと言うマージョリー・ノエルテンペストは、案外、俗物なんだな。
 真剣に書物をめくるビオラには悪いが、少々やる気の削がれる話に呆れすら感じた。

「不老不死は金持ちの夢みたいなものじゃ。高額で売り付けて研究費をがっぽりとも考えておったの」
「……お前の師匠、想像以上に俗物だな」
「じゃが、天才に変わりはない」

 一度顔を上げたビオラは、引きつった笑みを見せた。どうやら、マージョリーが俗物であることを否定しないようだ。

「金儲けになりそうな研究は大歓迎だけどな」
「なら、ラスもぼさっとせずに探すのじゃ。師匠が最後に残した記録を!」
「めんどくさいが、探すしかないか。まずは──」

 最も知りたいのはビオラの封印の経緯いきさつと解除の方法だ。
 これだけの本が積まれていると、片っ端から検分するわけにもいかない。極端に古そうな本は論外として、背表紙に何か分かりやすい印でも残されていれば良いのだが。
 並ぶ本の背表紙を眺めながら、考えを巡らせた俺は、ふとビオラの話を思い出した。

「なぁ、ビオラ……鏡の封印は、いつかは解ける設計だったんじゃないかって、前に言ってたよな?」
「うむ。あの魔法陣には、その可能性を否定する材料が見つからなかったからの」
「それと、幼児化したのは俺の解除が失敗したんじゃなくて、復活後に発動するよう仕掛けられた魔法だと」
「そうでなくては、妾がほんの短い間、完全復活していたことの説明がつかぬ」
「マージョリーは天才……俺たちは、もしかして、筋書き通りに動いているんじゃないか?」

 本棚を見上げ、じっくりとその背表紙を眺めた。
 いつか誰かが封印を解く日が来るとマージョリーは分かっていた。それは俺でなくても良かったのだろう。そして、重要なのは封印を解いた人間ではないとしたら、どうだ。
 一つの古い本の背表紙に視線を注いだ。

「どういう事じゃ?」
「もしもだ。お前の封印を解いた人間が魔術師じゃなかったら、お前は契約を結んだか?」
「ないじゃろうな。何の得もなかろう」
「極悪非道な奴だったらどうした?」
「結ぶはずがなかろう。妾は、もう二度と悪者に使われるのは嫌じゃ」
「じゃぁ……お前は、俺を選んで契約をしたってことだな」
「まぁ、そうなるの」

 不思議そうなビオラの声を背に、俺は右手の薬指を見る。そこに刻まれる文様が赤く光を放った。
 
「マージョリーは、お前が誰かを選ぶことを、分かっていたようだ」

 右手を伸ばし、俺はその本を手に取った。直後、本の表紙に刻まれた魔法陣が浮き上がった。
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