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第十章 マージョリー・ノエルテンペストの手記
10-1 朽ちたネヴィルネーダ王城
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トランクに一週間近い食料を積んで、俺たちは再び失われた魔法大国ネヴィルネーダ王城を目指していた。
車を走らせている間、襲い来る魔物に銃口を向けるエイミーは実に楽しそうだった。それを見たビオラは、使ってみたいと言い出し、眺めながら終始そわそわとしていた。
少ない魔力で魔法が発動できるとなれば、当然、今のビオラには魅力的だが、それを除いても新しいものに興味津々だったようだ。相変わらずの好奇心の塊だな。
「やはり、魔法弾と拘束、催眠の魔法程度でも、先手を打てるメリットは大きいですね」
「もっとデカい魔法が使える様になったらと思うと、末恐ろしいけどな」
後部座席で新しい弾倉を詰め替えているエイミーに、純粋な感想を述べると、彼女のきょとんとした顔が鏡越しに確認できた。
「恐ろしい?」
「今は魔物に向けられているから心強いが、武器って言うのは人に向けられることもある」
「あー……そうですね。ごもっともです」
「そもそも、それは戦争屋とやらが作ってるのじゃろ? であれば、対人武器ということじゃな。魔物は人と戦争する気なんてなかろう」
「だな。魔物が攻撃してくるのは、生きるためだ。獲物を狩り、群れを守るためだからな」
森を抜けた先、広がった見渡しの良い荒野で車を止めた俺は、窓越しに瓦解した廃城を見上げた。
ここまで来るのに約二日。ビオラの推測通りだ。この先に待ち受けているのは、俺たちが求めている情報なのか、はたまたまだ見ぬ獣か。
「まぁ、昔は人並みの知性を持つ魔物も多かったなんて話もあるし、そういうのが現れたら、魔法が使える拳銃ってのも重宝されるだろうな」
「魔王とその眷属のことかの? それが復活したら、戦争どころじゃなかろう」
「だろうな……さて、もう一走りして、目的地の探索を始めるか」
そう言ってアクセルを踏んだ俺は、エイミーが黙り込んでいたことを、この時は何ら不思議に思っていなかった。
***
小高い丘の上にその廃城はあった。その麓には都市が栄えていたのだろうが、風化した建物は僅かにそれと分かる形を所々に残していたが、木々に飲み込まれ森となっていた。
朽ちてもなお、頑強な石造りの壁で囲われる王城は太い蔦が絡まっている。まるで御伽噺に出てくるお姫様が眠る城のようだ。
壊された門扉をくぐって先に進むと、ガタガタに崩れた石畳が続いた。沿道には、おそらく美しい庭園が広がっていたのだろう。瓦解した石像や噴水と思われるものが生い茂った植物の間に見られた。
魔物の気配はなかったが、食料も積んでいることだし、出来れば車を朽ちた瓦礫や茂みの陰に隠しておきたいところだ。そんなことを考えながら、城の中、進めるギリギリまで車を走らせた。
「魔物の気配はなさそうだな」
「城の中に住み着いてはおらんかの?」
「どうだろうな」
「エイミーは連戦で疲れておるじゃろ? 少し、休めると良いのじゃが」
「休める場所か……組合が調査に入ったことはあるから、運が良ければ、まだ休憩場所に仕えそうな場所が残っているかもな」
その調査もだいぶ昔の話だが、もしかすると、大規模な調査隊が組まれていないだけでその後も続いている可能性はある。
「わ、私は大丈夫です。先に進みましょう!」
「しかし、顔色が優れぬぞ」
「揺られて気分が悪くなっただけです。外の空気を吸えば大丈夫です」
「……そうかの?」
後部座席を覗き込んだビオラは、心配そうにエイミーに言葉をかけていたが、当の本人はいたって元気だと主張した。俺から見ても、顔色が悪いように見えるが、こればっかりは本人にしか分からないことだ。そもそも、魔力を増幅しているエイミーが、この二日間でそれを使い切ったとは思えない。その行使にも、あの拳銃を使っていた訳だし。
どうしたものかと思案していると、ビオラが俺に視線を送って来た。まるで、どうするか決めろと言うように、横顔に突き刺さる。
「ひとまず、車を止めて城の内部を進むか」
念のため、一日程度の非常食を持っていくことを提案すると、ビオラは後部席に移動してバッグを用意し始めた。その姿にため息をつきながら「菓子ばかり詰めるなよ」と声をかけると、バレたと言うように小さな肩がビクンと跳ねた。
「全く、お前は……この先はお前の記憶が頼りだからな」
「う、うむ。任せるのじゃ!」
誤魔化すように笑うビオラは、お気に入りのチョコレートの袋をしっかりリュックに詰め込んだ。
廃城に近づくと、上がる石段のすぐ傍まで木々が生い茂っていることがすぐに分かった。その石段のすぐ傍、茂みに突っ込むような形で車を止めて外に出た。さらに、辺りから木々の枝を落として車体を覆い隠した。
「これでは容易に見つかりそうじゃ」
「だろうな」
「……魔物に荒らされて、帰りは徒歩! なんてのは勘弁じゃぞ」
そうなったら、おんぶしてたもれ。そう騒ぐビオラを無視して、俺は足元の石畳を均すように細かな石や枯葉を蹴り飛ばした。
愛用の杖を振り、結合部分をカチリと鳴らす。
「俺を誰だと思っているんだ? 見つからないように、魔法をかけりゃ良いんだろうが」
にっと笑って、杖の先を石畳に叩きつけた。
車を走らせている間、襲い来る魔物に銃口を向けるエイミーは実に楽しそうだった。それを見たビオラは、使ってみたいと言い出し、眺めながら終始そわそわとしていた。
少ない魔力で魔法が発動できるとなれば、当然、今のビオラには魅力的だが、それを除いても新しいものに興味津々だったようだ。相変わらずの好奇心の塊だな。
「やはり、魔法弾と拘束、催眠の魔法程度でも、先手を打てるメリットは大きいですね」
「もっとデカい魔法が使える様になったらと思うと、末恐ろしいけどな」
後部座席で新しい弾倉を詰め替えているエイミーに、純粋な感想を述べると、彼女のきょとんとした顔が鏡越しに確認できた。
「恐ろしい?」
「今は魔物に向けられているから心強いが、武器って言うのは人に向けられることもある」
「あー……そうですね。ごもっともです」
「そもそも、それは戦争屋とやらが作ってるのじゃろ? であれば、対人武器ということじゃな。魔物は人と戦争する気なんてなかろう」
「だな。魔物が攻撃してくるのは、生きるためだ。獲物を狩り、群れを守るためだからな」
森を抜けた先、広がった見渡しの良い荒野で車を止めた俺は、窓越しに瓦解した廃城を見上げた。
ここまで来るのに約二日。ビオラの推測通りだ。この先に待ち受けているのは、俺たちが求めている情報なのか、はたまたまだ見ぬ獣か。
「まぁ、昔は人並みの知性を持つ魔物も多かったなんて話もあるし、そういうのが現れたら、魔法が使える拳銃ってのも重宝されるだろうな」
「魔王とその眷属のことかの? それが復活したら、戦争どころじゃなかろう」
「だろうな……さて、もう一走りして、目的地の探索を始めるか」
そう言ってアクセルを踏んだ俺は、エイミーが黙り込んでいたことを、この時は何ら不思議に思っていなかった。
***
小高い丘の上にその廃城はあった。その麓には都市が栄えていたのだろうが、風化した建物は僅かにそれと分かる形を所々に残していたが、木々に飲み込まれ森となっていた。
朽ちてもなお、頑強な石造りの壁で囲われる王城は太い蔦が絡まっている。まるで御伽噺に出てくるお姫様が眠る城のようだ。
壊された門扉をくぐって先に進むと、ガタガタに崩れた石畳が続いた。沿道には、おそらく美しい庭園が広がっていたのだろう。瓦解した石像や噴水と思われるものが生い茂った植物の間に見られた。
魔物の気配はなかったが、食料も積んでいることだし、出来れば車を朽ちた瓦礫や茂みの陰に隠しておきたいところだ。そんなことを考えながら、城の中、進めるギリギリまで車を走らせた。
「魔物の気配はなさそうだな」
「城の中に住み着いてはおらんかの?」
「どうだろうな」
「エイミーは連戦で疲れておるじゃろ? 少し、休めると良いのじゃが」
「休める場所か……組合が調査に入ったことはあるから、運が良ければ、まだ休憩場所に仕えそうな場所が残っているかもな」
その調査もだいぶ昔の話だが、もしかすると、大規模な調査隊が組まれていないだけでその後も続いている可能性はある。
「わ、私は大丈夫です。先に進みましょう!」
「しかし、顔色が優れぬぞ」
「揺られて気分が悪くなっただけです。外の空気を吸えば大丈夫です」
「……そうかの?」
後部座席を覗き込んだビオラは、心配そうにエイミーに言葉をかけていたが、当の本人はいたって元気だと主張した。俺から見ても、顔色が悪いように見えるが、こればっかりは本人にしか分からないことだ。そもそも、魔力を増幅しているエイミーが、この二日間でそれを使い切ったとは思えない。その行使にも、あの拳銃を使っていた訳だし。
どうしたものかと思案していると、ビオラが俺に視線を送って来た。まるで、どうするか決めろと言うように、横顔に突き刺さる。
「ひとまず、車を止めて城の内部を進むか」
念のため、一日程度の非常食を持っていくことを提案すると、ビオラは後部席に移動してバッグを用意し始めた。その姿にため息をつきながら「菓子ばかり詰めるなよ」と声をかけると、バレたと言うように小さな肩がビクンと跳ねた。
「全く、お前は……この先はお前の記憶が頼りだからな」
「う、うむ。任せるのじゃ!」
誤魔化すように笑うビオラは、お気に入りのチョコレートの袋をしっかりリュックに詰め込んだ。
廃城に近づくと、上がる石段のすぐ傍まで木々が生い茂っていることがすぐに分かった。その石段のすぐ傍、茂みに突っ込むような形で車を止めて外に出た。さらに、辺りから木々の枝を落として車体を覆い隠した。
「これでは容易に見つかりそうじゃ」
「だろうな」
「……魔物に荒らされて、帰りは徒歩! なんてのは勘弁じゃぞ」
そうなったら、おんぶしてたもれ。そう騒ぐビオラを無視して、俺は足元の石畳を均すように細かな石や枯葉を蹴り飛ばした。
愛用の杖を振り、結合部分をカチリと鳴らす。
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