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第九章 魔女の記憶

9-10 寝不足は思考を鈍らせるから気を付けろ。

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 記憶の中で泣くビオラの姿が、鮮明に俺の脳裏へ刻まれていたのだろう。ビオラがこうして静かに眠っている間は、どんな幸せ時間ゆめを見ているのか。そっと見守っていたいと思えるほど、その寝顔は穏やかだった。

 また寝続けるんじゃないかと心配していたエイミーに休むように言い、俺はビオラの眠るベッド横にあるソファーで仮眠をとった。
 今度こそ、ただの魔力の浪費だろうと思いながら、不安がなかった訳じゃない。あるいは、気持ち良さそうな寝顔のせいなのかもしれないな。幸せな夢から、起きたくないと駄々ごねをするんじゃないか、と。

 うたた寝を繰り返していた俺は、一瞬、深い眠りに落ちた。
 
 気付けばシロツメグサが広がる野原にいた。
 幼いビオラが花を摘んで、無邪気な笑みを振り撒きながら花冠を作っている。見ていると、自分が釣られて笑っていることに気付き、俺は思わず口許を手で隠していた。
 すると、その顔は突然真っ赤になり小さな頬が丸く膨らんだ。何かに怒っているようだ。しかし、一分と経たずにまた笑い出す。
 なんともせわしないもんだ。

 マージョリー・ノエルテンペストを師匠と呼んでいた少女と、泣いていた赤いドレスの女と、どれがビオラの本質なのか。ふと疑問に思った。
 全てがビオラなんだと頭で分かっていても、ころころと表情を変える幼い姿が、俺にとってのビオラなのだろう。
 届かないと分かっている幼い姿に指を伸ばすと、聞き覚えのある声が届いてきた。
 それは、繰り返し俺を呼んでいる。

「──ラス、起きてたもれ。ラス」

 小さな声にうっすらと目を開けると、幼い表情が視界いっぱいに広がった。
 ビオラだ。俺の足元で屈んで顔を覗き込み、その小さな手で俺の頬をぺちぺちと叩いた。

「起きてたもれ」
「……ビオラ?」
わらわがエイミーに見えるかの? お主は相変わらず寝覚めが悪いの。ちゃんと寝ておらぬから、そうなるのじゃ」

 俺の顔を覗き込んでいたビオラは、深いため息をつくと背を伸ばして部屋を振り返った。
 薄暗い部屋はしんと静まり返っている。

「何か、食べるものはないかの?」

 空腹を訴え、俺から離れようとするビオラの背に、無意識に指を伸ばしていた。小さな肩を掴み、腕の中に引っ張り込む。その全てが、無意識だった。あるいは、夢の続きのように感じていた。

「何じゃ?」
「……また、寝続けるかと思った」
「ちょっと魔力を使って疲れただけじゃ」
「だから、お前は見てろって、言っただろう」
「……もしかして、それで、エイミーを頼っておったのか?」

 驚きを滲ませるビオラに、肩から力が抜けるのを感じた。
 俺の魔力を使ったとしても、魔法を扱えば体や脳は酷使される。いくら魔法を扱えても、子どもの体では限界値が大人より低いはずだ。俺はそう判断したからビオラを止めに入ったし、エイミーを動かすことで彼女を休ませようとした。
 だが、ビオラは自分の限界を全く考えていなかったようだ。

「お前が倒れたら、この旅に意味はないだろう」
「う、うむ……すまぬ」
「俺の魔力だって無尽蔵にある訳じゃない。今回はエイミーの情報のおかげで、魔物の少ないルートを選べたが──」
「すまぬと言っておるじゃろ!」

 突然、俺の腕を振り解いたビオラは靴を脱ぎ捨てると、再びベッドに潜り、頭まですっぽりと毛布を被って丸まってしまった。

「勝手に大量の魔力をろうたのは謝る。じゃが……」
「ビオラ?」
「……妾だって、役に立てるのじゃ……」

 小さな声は今にも消えそうだった。
 腹が減っているんじゃないかと声をかけても、ビオラが返事をすることはなかった。
 ひとまず、ビオラの身体に問題はなさそうだと分かると、どっと眠気が襲ってきた。俺は長椅子に倒れ込むと、やっと安堵して意識を手放した。

  ***

 早朝に起きたビオラは、朝食をいつもの倍以上食べていた。冷めた紅茶を飲み干したビオラが満足そうに一息つく様子を眺めていると、エイミーがため息をついた。

「ここからは私も道が分からないんですよね」
「地図も遺跡の場所が分かる程度だしな」

 封印の森セージョセルバは探索が進められていないこともあり、道の整備も進んでいなければ地図もろくなものがない。その地図を広げて分かることと言えば、さらに北に進むしかないことくらいだ。

「妾が案内すれば良かろう」
「魔女さん、この辺りに詳しいのですか?」
「お主よりはの。車の速度であれば、ここから二日もあれば着くじゃろう」
「それでしたら、魔女さんには助手席に座ってもらい、私が魔物の対応をします! 丁度開発していた武器も試してみたかったんですよね」

 嬉々として立ち上がったエイミーはバッグの中から拳銃を取り出した。

「武器を作るのは好きじゃないって言ってなかったか?」
「それは魔法と比べたらの話ですよ。せっかく作ったものは試したいじゃないですか」
「……言わんとしていることは、分からなくもないが」
「実践でどれくらい使えるか試してみたかったんですよね」

 けろっとして答えるエイミーは革袋の中から弾倉と銃弾をいくつか取り出し、テーブルに並べた。

「それは何じゃ?」
「銃を見るのは、初めてですか?」
「うむ。それで魔法が発動できるのかの?」
「簡単に説明すると、この銃弾はラスさんが作る魔書のように魔法を書き込んだものなんです。遠い敵に打ち込み、魔術師の号令によって魔法を発動することが出来ます」

 興味津々のビオラに、興奮気味に説明するエイミーは拳銃を構えてみせた。
 つまり、俺が使った魔法を込めたピアスのように、遠方の敵と距離を取って戦うことが出来るということか。人間が投げるよりも速度を出せる上に狙いを定めることも出来ると考えたら、各国が食いつきそうだな。

「……随分、物騒なもんを作ってんな」
「まだ簡単な魔法しか書き込めないんですが、ゆくゆくは砲弾の開発をと父は考えています」
「それ、組合で証言しろよ」
「魔法の研究をさせてくれるなら、いくらでも!」

 にこにこ笑うエイミーは、鞄の中からホルスターを出して身に着けると、慣れた手つきで拳銃を収めた。
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