守銭奴魔術師と暴食の魔女~俺が信じるのは金だけだ。金のためなら、伝説の悪女も守ってみせる~

日埜和なこ

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第九章 魔女の記憶

9-3 繋がる指と夢に垣間見る古い記憶。

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 契約を結んだ相手と魔力を共有するのは、そう難しくない。その証を繋げるだけで、容易に受け渡しが出来る。
 俺とビオラの契約の証は右手の人差し指、その付け根に刻まれた赤い茨のように見える文様だ。ビオラの小さな手にも、同じような場所に似たものがある。

 まるで握手をするように手を握ると、指から刺すような痛みが走った。それはまるで、本当に良いのかと問うてるようだった。

「遠慮するなんて、お前らしくない」

 少し強く手を握ると、小さな指が動いた。
 赤い紋様が輝きを放ち、赤い蔦が巻き付くように俺たちの手に広がった。

 俺の心音に合わせるように赤い蔦が脈動を始めると、体内を循環している魔力が指先を目指し、そぞろ動き始めた。
 まるで傷口から血が滴り落ちるように、ゆっくりと俺の魔力がビオラの中へと落とされていく。

「さっさと食って目を覚ませ」

 あまりの緩やかな魔力の移動に苦笑った俺が小さく呟くと、何かが俺の指に深く突き刺さった。
 突然の痛みに、思わずぐうっと呻くと、エイミーがおろおろとしながら「大丈夫ですか」と尋ねてきた。それに口の端を上げて笑うと、どくんっと心臓が跳ねた。

「そうだ。さっさと、起きろ」

 今まで感じたこともない、強制的な魔力の移動に全身の力が抜けていく。
 ビオラはそれほどまでに魔力を必要としていたのか。これで目覚めたとして、さて、どうやって必要最低限を維持させるか。毎度、この量を与えていたら俺は何も出来ないぞ。
 そんなことを考えながらビオラの顔を見ていると、閉ざされた瞳の上で、睫毛が少しだけ震えた。その直後だ。突然、吸い上げられるような感覚に、目の前が暗くなった。
 ビオラの赤い瞳が開くのを見ずに、俺は意識を手放した。

 ***

 気が付くと、そこは見覚えのない部屋だった。
 足元の絨毯は美しい模様が織られたいかにも高級そうだ。壁にかかる絵画も値が付けば相当高いだろうと想像がつく。大きな窓に下がるカーテンの生地は見るからに高級だし、家具だって職人が一つ一つ丹精に作ったと分かる品ばかりだ。
 メナード家の来賓室を見た時も驚いたが、この部屋はそれ以上だろう。

 俺は安い宿の一室にいたはずだ。
 ここがどこか分からずに立ちすくんでいると、背後で扉が音を立てて開いた。

「師匠、いい加減起きてください!」

 聞きなれた声に振り返ると、そこには十二歳くらいのビオラがいた。紫のローブの下に花柄のワンピースを身にまとい、美しいハニーブロンドは赤いリボンできっちり団子に結んでいる。
 赤い瞳が俺を見ていた。

「……ビオラ?」
「起きるのじゃ、師匠!」
「は? 起きるって、それはお前──」
「寝たふりをしてもダメなのじゃ!」
 
 噛み合わない会話に首を傾げると、ビオラはずかずかと大股に歩き、俺に近づいてきた。

「おい、ビオラ、ぶつかる。止まっ──」

 手を突き出し、ビオラを止めようした。だが、その小さな体は、俺をすり抜けていった。
 慌てて振り返ると、ビオラの後ろ姿があり、その先の大きな天蓋付き寝台ベッドで誰かが身じろいだ。

「師匠!」
「ビオラ……相変わらず騒々しいな。宰相が何か云ってきたのか?」

 寝台の上で両手を伸ばして起きた女は、気だるそうに真っ赤な髪をかき上げると、ビオラが手にしてた紙を受け取った。
 師匠と呼ばれているということは、ビオラの師マージョリー・ノエルテンペストなのだろう。彼女は呆れたようにため息をつき、つまらなそうな顔をして、紙をビオラに押し付けるように返した。

 これは、ビオラの記憶か。
 ふと右手を見ると、その人差し指で紋様が赤々と輝いていた。魔力を共有することで、もしや、俺はビオラの意識に触れているのだろうか。

「お前なら出来るだろう?」
「こんなことをしたらゴードン家が潰れ──」
「で、あろうな。だが、私は囚われの身。お前がこなさねば、この首は飛ぶぞ」
「師匠が本気を出せば、宰相など相手になどならないじゃろう!?」
「ビオラ、国を敵に回して逃げるのはめんどいぞ。それに、云うことを聞いておれば、は安全だ」

 そう言ったマージョリーは人差し指を突き出すと、赤い爪でビオラの肩をとんっと突いた。

「師匠が本気を出せば、国一つ潰すなんて──」
「物騒な話をしていますね」

 感情的になっているビオラの声をさえぎったのは、低い男の声だった。
 振り返ると、いつの間にか扉の前に綺麗な男が立っていた。俺と同じか少し年上ってところだな。
 質の良い黒の衣服に身を包んだ男は、長い黒髪を揺らしながら静かに部屋に入ってきた。

「宰相殿、子どもの戯言くらい聞き流せる大人になった方が良いぞ?」

 下着姿のまま、毛足の長い絨毯に足を下ろしたマージョリーは寝台の上に広げていたガウンを羽織ると、テーブルの上の水差しを持ち上げた。

「私はここでの生活に満足している。宰相殿の手伝いをすれば、この身は安全。研究も続けられる」
「であれば、良いのですが」
「妾は納得できない。今回の依頼も……宰相はゴードン家を潰すつもりか!?」
「お嬢さんは知らなくて良いことです」
「ビオラ、大人しく従うんだ。それが、明日も平穏に過ごすための最善策だ」

 ビオラは顔をくしゃりと歪ませると、手に持っていた紙を強く握りしめた。悔しそうにその唇を噛むときびすを返し、宰相の横を走り抜けていく。
 その後を追うように俺も振り返るが、後ろの二人が追いかけてくる様子はなかった。
 ビオラを追おうと思った瞬間、目の前が暗くなった。
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