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第八章 赤の魔女

8-6 涙をぬぐったビオラの考えは、俺の想像を越えていた。

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 丸くなる小さな背を撫でながら、脳裏にふと、エイミーの背中に広がっていた赤い魔法陣を思い浮かべた。
 あの魔法陣が魔力の増殖と圧縮を行うためのものだとすると、体内をめぐる経絡けいらくから魔力を引き上げているのだろう。それを圧縮して高濃度になった魔力を胸に埋めた石へと送り、腕に刻んだ魔法陣で出力を上げているのであれば、落ちた遺跡カデーレ・ルイーナで見たあの威力も納得だ。

「……エイミーの魔法陣は、取り除けぬのか?」

 わずかな期待が込められた問いに、俺は顔をしかめた。
 細い首に下がるペンダントの火蜥蜴の石サラマンドライトに触れ、無理だと言い切ると、ビオラは小さくそうかと頷いた。
 
 このペンダントは、肌に触れるチェーンが首を通る経絡から魔力を吸い上げている。仕組みはエイミーの魔法陣に似ているが、接触部分が少ないため体に負担をかけずに行える。
 体が小さい分、負担を最小限にするよう配慮して術式を組んだが、果たしてあの魔法陣は体への負担をどれほど配慮しているのだろうか。

「あれはタトゥーと同じ手法で、火蜥蜴の石を顔料にして彫ってある。消すことは出来ない」
「そんなむごいことをする親元で、幸せなのか?」
「俺には親がいないから、その質問には答えられないな。だけど、幸せなんてのは人それぞれだろ」
「そうじゃが……親に体を弄られ、家の商売のために武器を作る人生が、幸せなのかの? もっと、外を見たいと……」

 ぶつぶつと言っていたビオラは何を思ったのか、顔を上げて俺を見てきた。その赤い瞳が大きく見開かれている。

「ビオラ?」
「……あぁ、わらわはエイミーに、己を重ねておったのか」

 いつの間にか引いていた涙が、再びあふれだした。

「妾は、ラスと共に外を見ることが楽しいのじゃ。五百年という時を超えた今、妾を縛るものは何もないからであろう」
「お前、ほんと毎日、楽しそうだもんな」
「だから……楽しそうに笑っているエイミーも、何ものにも縛られず、好き勝手やっておるのだと思っておった」

 落ちた遺跡での一件を思い出し、俺は相槌を打った。
 そうだ。エイミーは楽しそうに火蜥蜴サラマンダーを切り刻み、さらにその魔力を三兄弟に向けようとした。何一つ躊躇ためらいもなく、目的の為に力を行使していた。
 それが俺はしゃくに障り、あいつに嫌悪感を抱いた訳だ。しかしビオラは、その様子に己が楽しんでいる姿を重ねて、興味を持っていたということか。

「だが、エイミーは籠の中におる。妾とは違う……」
「それでも、あいつは自由だと言ってただろう?」
「しかし、の自由じゃろう」
「かりそめか……当人がそれで満足なら、良いんじゃないか?」
「じゃがもし! エイミーが家を出たいと言ったら、どうじゃ? 手を貸すことは出来るじゃろ?」

 エイミーが家に縛られず生きる場所があるのか。俺としては少しばかり疑問が残るところだ。
 どうやら、ビオラはあいつを放っておく気がないらしい。
 組合ギルドから手配書が出ているってのを忘れてるんじゃないか。これ以上、金にならない厄介事には関わりたくないんだけどな。

「お前の気持ちは分からないでもないが、エイミーが望まなければ、どうすることも出来ないぞ」
「エイミーが望めば、なんとか出来るのじゃな?」
「まぁ、やりようはあるだろうが……おい、ビオラ?」

 ぱっと顔を輝かせたビオラは頬を濡らす涙を、ぐいぐいと手の甲で拭った。

「エイミーを呼んでくるゆえ、ラスは待っておれ!」
「は? おい、待て。ビオラ!」
 
 俺の制止も聞かずにベッドを飛び降りたビオラは、振り返りもしないで部屋を飛び出した。
 また思い込みで変なことを言い出さなきゃいいんだが。
 
 一人取り残され、深いため息をついた俺は、涙に濡れたベッドのシーツに触れ、しばらく人差し指に刻まれた紋様を見つめた。
 これはビオラとの繋がりの証だ。
 エイミーの魔法陣とは比べ物にならないが、繋がりを意味する点では似ている。大きく違う点は、ビオラの意志があれば消えるということか。

 俺はこれに縛られているのだろうか。
 あの時、自分の意志で契約をしたし、ビオラの為にこうして過ごす毎日を苦とも思っていない。
 なら、エイミーの本音はどうなのか。母親の意志と自分の意志が混在したあの魔法陣は、彼女の心に何をもたらしているのか。むしろ、あの魔法陣が彼女の拠り所でもあるんじゃないか。
 付き合いの浅い俺が考えても、その答えは出ないのだが。
 出るのは、ため息だけだ。

「ビオラは、何を考えているんだか」

 ベッドから降り、この部屋での俺の定位置と決めた長椅子に戻り、二人が戻ってくるのを待つことにした。
 ややあって、騒々しい足音が聞こえてくると、勢い良くドアが開け放たれた。

「ラス! エイミーをお主の弟子にするのじゃ!」
「……は?」

 つまんだナッツを思わず取り落とし、俺は硬直した。
 どうやら、ビオラは俺の想像の斜め上をいくどころじゃないらしい。こいつといたら退屈はしなさそうだが、そこに俺の自由と意思はあるのだろうか。
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