守銭奴魔術師と暴食の魔女~俺が信じるのは金だけだ。金のためなら、伝説の悪女も守ってみせる~

日埜和なこ

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第六章 堕ちた遺跡≪カデーレ・ルイーナ≫

6-3 第五階層で出迎えてくれる厄介者の攻略法はただ一つ!

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 第一階層、入り口から向かって最奥にあるのが、各階層に向かう昇降機乗り場だ。一番、二番はガイド付きの観光客向け、三番以降は第三階層以上、あるいは地下に向かう魔術師や盗掘屋トレジャーハンター向けになっている。これとは別に階段も利用が出来るが、観光客以外使うやつはそういないだろう。
 少し古びた金属製のドアを開けて昇降機に乗り込むと、ビオラは物珍しそうに中を見回した。

「まるでおりのようじゃ」
「そうか?」
「うむ。あのドアがまるで鉄格子じゃ」

 金属製のドアは少し古びたタイプのものだ。あの金属の板全てに魔法を組み込んでいて、そこそこ頑丈にできているのだが、見た目は全くそうと見えないかもしれない。
 第五階層を示すボタンを押すと、少しの揺れもなく昇降機は動き出した。
 
「鉄格子って……この中は第八階層までなら安全な仕組みになってる、そこそこ凄い魔術を組み込んでるんだぞ」
「うむ。それは肌で分かる。わらわを見くびってもらっては困るの」

 ふんっと胸を張ったビオラを見て、三兄弟はよく分からないと言った顔をしながら拍手をした。どれだけビオラを甘やかすんだか。

「さてと、お前ら」
「はい、兄貴!」
「第五階層はほぼ調べ尽くされたエリアだが、最近になって新しい未踏箇所が発見された。そこになら遺物や魔法石の原石が隠されている可能性もある」

 俺の話に、三人は口を揃えるように歓喜の声を上げた。

「俺たちは赤色の原石を探している。それが見つかれば、今回の旅費はチャラにしてやる」
「兄貴、原石ってどんな感じで見つかるんですか?」
「転がってることもあれば、壁や床に埋まってる場合もある。魔物の体内で生成される石なんだが──」

 話の途中で、昇降機は到着を告げるベルの音を鳴らした。

「細かいことは、まぁ、いいか。宝だと思ったら迷わず声を上げろ。間違っても触れるんじゃないぞ。触れるだけで発動する遺物もあるからな」
「分かりました!」
「んじゃ、未踏箇所まで走っていくぞ。準備は良いか?」
「へ?」

 ビオラを片手で抱えあげた俺は、アホづらさらした三人に「しっかりついて来いよ!」と言うと、開いた昇降機のドアの向こうに飛び出した。
 直後、砂嵐のような音が響き渡った。

 何かが砂をかき分けるような音が近づいてくる。それを振り切るように、真っ直ぐ前を見据えた俺は石畳を蹴った。振り返っている暇はない。ひたすら進むだけだ。

「ビオラ、預けた魔書、出しておけ! あいつらが危なくなったら、援護してやるんだ」
「良かろう。ラスの手製の書、その出来を妾が吟味ぎんみしてやろうではないか」

 楽しそうに笑うビオラは鞄の中から厚みのある本を取り出した。ぺらっと音を立ててめくられるのは羊皮紙だ。その一枚一枚には魔法陣が書き込まれている。

「ふむ、これなど面白そうじゃの」
「この辺りにいるのは──!」

 交差する通路を曲がったその時、手をついた壁から砂が噴出した。その様子はまるで噴水のようで、その噴き出す砂の中には無数の魚の姿がある。
 砂の怪魚サンドレモラだ。やつらは砂を撒き散らして、別の壁へと潜っていった。

 すんでで衝突を免れたことに安堵している場合ではない。砂の怪魚は小型で攻撃力も小さいが、いかんせん、数の多さが厄介だ。出来れば素通りして魔力を温存したい。

「何っすか、あれー!」
「壁! 壁から出てきたし!」
「喋るな、兄貴に遅れるぞ!」

 後ろからついてくる三人の元気な声にほっとしつつ、俺は再び角を曲がる。

「今のは魚かの? 壁の中を泳ぐとは面妖めんようじゃの」
砂の怪魚サンドレモラだ! 奴らは石を噛み砕く。ここの壁は常に修復されるから、いくら壁を砕いても崩れない!」
「なるほど。この階は随分と入り組んでおるし、やつらにとって良い狩り場ということじゃの」
「五百年前には、いなかったのかよ!」
「おったが、あんな小魚ではなかったの。それにしても、迷路のような通路じゃの」

 呑気な声で感想を述べるビオラは、きょろきょろと通路を眺めている。
 通路を一本の棒と考えたら、ここは、それがいくつも突き刺さったような造りをしている。あるいは掘っていったトンネルが別のトンネルに突き当たった、そんな風にも感じるだろう。
 あり得ない急な曲がり角にバランスを崩しそうになり、無意識に舌を打つ。

「ここは、ラスでも苛立つか」
「あぁ、面倒ごとは嫌いだからな! ったく、変な階だろ。現代の建築技術じゃ、説明できない作りだ!」
「ふむ、横からようじゃの」

 数段の短い階段を飛び越えると、背後から悲鳴が上がった。
 後ろを振り返ったビオラが「囲まれたようじゃの」と欠片も焦りのない声で言うが、俺はそれに関わず「走れ!」と後方に怒鳴った。

「砂の怪魚は殺傷能力が低い。死ぬことはない。振り払え!」
「雑な説明よの」

 やれやれと呟いたビオラは羊皮紙に掌を当てた。
 ふわりと魔力のオーラが立ち上がる。

「少し手伝って、食ろうてやろう」
「はぁ!? 何言ってんだ、ビオラ!」
「心配せんでも、バレぬようにやるのでの。見ておれ」

 見ておれって、こっちは走っているんだが。
 突っ込みを入れる間もなく、ビオラは魔書に描かれる魔法陣の文言を指でなぞっていく。

「良い言葉じゃ……水の花、咲かせて見せようぞ」

 ふふっと小さな唇が笑みをたたえ、その赤い瞳が揺らいだ魔力を反射して輝いた。
 小さな指が砂の怪魚を狙い撃つように指さす。

かわきし大地にうるおいを、あらぶる大地に癒しの雨を」

 唱えた直後、すうっと息を吸ったビオラは「咲き誇れ!」と高らかに言い放った。
 冷たい風が吹いた直後だ。小さな破裂音が次々に響き渡った。その中で、三兄弟が恐怖におののいたような声で俺を呼んだような気がするが、俺は振り返らず次の角を曲がった。

「何をした、ビオラ! 今のは水を呼ぶ魔法だろうが!」
「うむ。あの魚の体内から水を噴射しただけじゃ」

 つまり、あの小さな破裂音は俺の背後で砂の怪魚が無残に弾け飛んだ音という訳か。

「まるで水の花のようで綺麗じゃぞ」
「魔物を粉砕して言うセリフか!」
「砂をまき散らしておるから、てっきり土人形ゴーレムかと思ったが生物なんじゃの」

 ぱむっと魔書を閉じたビオラは、血が飛び散っておったと事も無げに呟いた。
 砂嵐の中で血が飛び散る様を見た三兄弟は、変なトラウマを抱かなきゃいいんだが。

 低い階段を上がった俺は、そこで立ち止まると後ろを振り返った。すぐに、うの体といった様子の三兄弟と合流した。その姿は砂と血にまみれ、顔面蒼白だった。
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