守銭奴魔術師と暴食の魔女~俺が信じるのは金だけだ。金のためなら、伝説の悪女も守ってみせる~

日埜和なこ

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第六章 堕ちた遺跡≪カデーレ・ルイーナ≫

6-1 落ちた遺跡は、朝早くからお祭り騒ぎだ。

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 早朝、俺は窓から見える落ちた遺跡カデーレ・ルイーナを眺めながらハーブティーを啜っていた。
 ここは遺跡まで徒歩三十分圏内にある魔術師組合ギルドが管理する宿だ。遺跡の調査におもむく魔術師の宿であり、問題が発生した場合の対処を行えるよう組合の職員たちが常駐している。
 他にも、盗掘屋トレジャーハンター組合の宿や観光客向けの宿などもあり、落ちた遺跡を眺めることがでいるこの一帯は宿場町として栄えている。

 魔物の住みつく遺跡が観光名所っていうのも、不思議な話だよな。
 面白いことに、魔物が建造物から出てくることはない。建造物自体がそういった生物を封印する役割を持っていると考えられる。それは俺が幼い頃からの一般常識になっていて、不思議に思ってる奴の方が珍しい。おかげで、観光業も成り立つんだろうけどな。
 だけど、不思議に思ってる奴がいない訳じゃない。
 未踏みとう遺跡は未だになくならない。この落ちた遺跡だって、百年経っても攻略されていない。それが本当に安全なのか、何を意味するのか、疑問に思うやつがいたって不思議じゃないんだ。

「百年経っても真相は解明されそうにないな……」

 誰に言うわけでもなく低く呟くと、洗面所に繋がるドアが開いた。
 顔を洗い終わったビオラが、まだ眠そうな顔のままくしを片手に近づいてくる。

「ラス、髪を結ってたもれ」
「しゃぁねぇな。ほら、椅子に座れ」

 テーブルセットを指さすと、ビオラは布張りの長椅子に座って欠伸あくびをこぼした。

「ラスとおそろいの三つ編みが良いの。父娘おやこっぽいじゃろ?」
「何でも良いだろうが」
「なら、三つ編みでも良いのじゃな」
 
 にんまりと笑うビオラにため息をつきながら、俺も長椅子に腰を下ろすと、その豊かなハニーブロンドに櫛を通した。
 
「のう、ラス」
「何だ?」
「落ちた遺跡は、空から落ちてきたのじゃろ?」
「ああ。世界でも珍しい遺跡だ。ここ百年、突然遺跡が出現するって事例が報告されているんだが──」
「他に空から落ちてきたものはないのじゃな?」
「そうだ。ただ、落ちた遺跡は少し特殊でな。角錐かくすい型の建造物がひっくり返った状態で埋まっているだろ?」
「ふむ、水晶の振り子ペンデュラムが突き刺さったような形のがいくつも繋がっておるの」
「振り子って言うより、テントのようにも見えるが……まぁ、あの三角をひっくり返したやつは予想以上に難解な建造物なんだ」

 俺の言葉に頷いたビオラは窓の外に視線を向けた。
 そこには木々が生い茂っている。さらに奥にある遺跡の全体を見ることは出来ないが、上層部に向かうにつれ、階層が大きくなっているのは遠目に見ても分かる。
 
「何もなかったとこに忽然《こつぜん》と新しい通路が現れることもある。だから調査はまた振り出しに戻る訳だ」
「まるでじゃの」
「しかも、突き刺さって埋まった地下への階層もある。まぁ、今回は上層部に向かうけどな」
「冒険しがいのある遺跡じゃの!」
「おいおい、目的は火蜥蜴の石サラマンドライトだってこと、忘れるなよ」
 
 少し興奮気味のビオラにため息をつくと、隣の部屋に通じるドアがノックされた。

「兄貴、おはようございます!」

 部屋に入ってきた三兄弟は、俺たちを見ると頬を緩め、朝から仲が良いですね等と言って和み始めた。三男のレムスに至っては、少し羨ましそうな顔でこちらを見ている。そんな顔をするなら、さっさと家に帰って親の手伝いをしろと言いたくなるぞ。

「下で朝飯食ったら遺跡に向かうぞ」

 ビオラの髪を結び終え、そう言って俺が立ち上がると、ビオラは椅子を飛び降りて革のリュックを背負った。

 ***

 まだ朝も早いと言うのに、落ちた遺跡の周辺には出店もあり、観光客でにぎわい始めていた。

「ラス、サンドイッチが美味しそうじゃ!」
「朝飯食ったばかりだろうが」
「アイスもあるの!」
「……観光に来たわけじゃないんだぞ」

 にぎわいに目移りするビオラは、ことあるごとに俺の手を引いては足を止めた。そのほとんどが食い物だ。どれだけ食い意地が張っているんだかと呆れながら歩いていると、再び「あ!」と高い声が上がった。
 今度はスコーンかクッキーか、それともキャンディーか。

「菓子は買わないぞ」
「そうじゃない! ほれ、あそこに……はわっ!」

 人混みの先を指さしたビオラは、誰かとぶつかったのか横から押されたようで、俺の足にしがみつくような形となった。顔を強かに打ったらしく、少し赤くなった鼻先を撫でながら顔を上げて俺を見てくる。
 その赤い目は、好奇心に輝いていた。

「あの娘がおったのじゃ!」
「娘?」
「スコーンをくれた娘じゃ!」

 そう言われ、船で会った少女を思い出して辺りを見渡した。
 ぱっと顔を思い出すことが出来きず、特徴的と言うにはありふれた栗毛色の頭だけを探していた訳だが、当然、見つけることが出来なかった。思い出してみれば、あの少女は良くも悪くも、どこにでもいそうな印象だったからな。
 
「いないぞ。見間違いじゃないのか?」
「そうかの……もう一度話してみたかったのじゃが」
「話?」
「うむ。いないのであれば、別にい。縁があれば、また会うじゃろう」

 少し残念そうな顔をしたビオラだったが、ふと辺りを見回して「三兄弟はどこじゃ?」と言った。
 早速はぐれたのか、あいつらは。まだ遺跡に入ってもいないっていうのに、先が思いやられる。
 呆れてため息をつくと、遠くから「お嬢!」と声がして、手に菓子を持った三兄弟が人混みをかき分けて近づいてきた。

「食べたいと言っていた菓子、買ってきたっす!」
「おい、お前ら……」
「この桃のアイス、新作だそうです」
「飲み物買う、ついでだし!」

 三人三様の菓子がビオラに付き出されると、つぶらな赤い瞳が見開かれた。その幼い顔が喜びに輝いたのは言うまでもない。
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