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第五章 魔法石を求めて

5-8 兄貴と呼ぶな。俺は野郎の面倒をみる気はない!

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 俺は今、展望デッキのベンチに腰かけている。晴れ渡る青空の下で海風を浴びながら、すっかり冷めたハーブティーを飲んでとした。
 目の前で雁首揃えて甲板に膝をついて座っているのは、ビオラに難癖つけて絡んできた男達だ。

 騒ぎを聞きつけた船員にちょっとぶつかっただけだと事情を話し、三人は「お騒がせしました!」と声を合わせ、見事に息のあった様子で土下座をしてきた。被害は何もかっため、お咎めもなしで、ことは穏便に済むはずだった。しかし、船員が立ち去った後、お詫びをしたいと言い出した彼らは立ち去ろうとせず、この状況だ。
 これでは、俺たちが三人に土下座をさせているようではないか。
 とんだ迷惑だ。
 俺は三人を追い返したいのに、ビオラは何を思ったのか──

「お前ら、何か訳ありかの? わらわから見たら、お前らの動きはちっとも戦い慣れをしてない、子どもも同じじゃ。歴戦のものは無駄に威嚇などせぬ」

 オレンジジュースを飲みながら事情を聴き始めたではないか。
 こいつ、絶対、面白がってるだけだろう。船の旅での暇つぶしくらいに思ってるに違いない。見ろ、あの好奇心に輝く赤い目を。
 男達は閉口して小さく唸ると、ちらりと俺を見てきた。
 まあ、五つか六つ程度の幼女に尋ねられて、大人がへこへこ相談するわけもないだろう。さらに、ビオラの言うことはもっともだからな。幼女にそこを言い当てられては、ぐうの音も出ないってところか。
 
 三人の中で最も大柄な奴が俺に抵抗しようとしたときを思い返しても、その動きは素人丸出しだった。
 やれやれ、何の目的でこの船に乗ったか尋ねるべきなのか。
 この三人の力量で、落ちた遺跡カデーレ・ルイーナに盗掘の仕事で向かうとは思えないが、万が一そうだとすると、こいつらを止めた方が良いな。何せあそこは、素人が入れるような遺跡でじゃない。そもそも、素人は門前払いされるから無駄足になるだろうが。
 
組合ギルドには所属してるんだろうな? ロックバレス行きの船に乗ってるってことは、落ちた遺跡絡みの仕事だろうが、あそこはそれなりの経験がないと依頼を受けられない」
「ラス、組合とは何じゃ?」
「色々あるが、簡単に言えば働く奴らをまとめる組織だな。俺はマーラモードの魔術師組合に所属してる」

 盗掘屋もいくつかの組合があり、競合しながら仕事の斡旋あっせんをしている。盗掘なんて名前がついているが無法地帯ではなく、俺たち魔術師と同じように組織の中でルールを守りながら仕事をしている職人気質のやつらばかりの集団だ。魔術師組合と同様に、慣れない新米には危険な仕事が回らないシステムになっている訳だ。

「ほう、仕事をするのも大変じゃの」
「組合に所属することで色々と権限や保証がもらえるんだ。俺が落ちた遺跡に単身で行けるのも、組合から許可が下りてるからだ」
 
 ふむと納得したビオラはブルーベリー入りのスコーンを食べ始めた。

「ほら、零すなよ」

 スカートの上にハンドタオルを広げ、汚さないように注意していると、小柄な男がぐすぐすと涙を零し始めた。
 何か泣かせるようなことを言っただろうか。突然のことに、俺が引き気味になっていると、三人の中央にいた大人しそうな男が身の上を話を始めた。
 おい、これは長くなるのか。俺は人生相談とか苦手なんだが。
 
「俺はマイヤーっていいます。ルナトゥム島から来ました」
「……ルナトゥム? マーラモードから船で十時間はかかるとこだな。薬草と花が名産だったと思うが」
「花を売るのかの?」
「あぁ。花の品種改良が盛んで、花畑の美しさも観光地として有名だ。それに、年間を通して温暖な気候と美しいビーチが人気で、マーラモードからも大型客船が定期的に出向している」

 不思議そうに首を傾げるビオラは男達を見た。

「俺たちの両親は花農家です。けど、新規事業に失敗しまして……」

 話を聞くと、どうやら親が一年前に事業を失敗をしたようだ。そこで三兄弟は資金調達のために盗掘屋トレジャーハンターに転職した。しかし、盗掘の仕事は上手くいかず、少々苛ついていたところで、俺たちと出会ったそうだ。
 苛ついてたところで、このクソ生意気な幼女ビオラと接触したのは、不幸だったな。わずかだが、同情してやらんこともない。
 
 ビオラに当たり散らしていた大柄な男が次男オーソン、今ぐずぐずと泣いているのが三男レムスだと名乗った。三人はまだ十代で、レムスに至っては十四歳だという。大人たちに負けまいと尊大な態度を振舞っていたようだ。
 戦闘慣れしてないどころの話じゃない訳だ。

「大人しく農家を継いだ方が良いぞ、お前ら」

 残念だが、盗掘屋にも向き不向きがある。
 どう見たってこの三人は武器の扱いを学んだことがなさそうだし、喧嘩慣れしているようにも見えない。若さと勢いだけで上手くいく奴もいるにはいるが、彼らにはやるべきことがあるだろう。

「商売に失敗はつきものだけど、地盤があるなしじゃ随分と違う。どれだけの事業失敗かは分からないが、家に帰って親を手伝うんだな」
「けど、俺たち、資金集めてくるって家飛び出したのに、手ぶらじゃ帰れねぇっす!」

 オーソンは低い声を上げ、前のめりになって訴えてきた。この次男、三人の中でもひときわ筋肉質で縦にも横にも大きいため、迫られると多少の威圧感はある。ビオラも若干引き気味にその様子を見ていた。
 
「親父さん達、そんなの期待してないと思うぜ」

 ハーブティーを飲み干して空のカップをベンチに置き、長男のマイヤーを見た。彼は唇を噛んで俯いている。おそらく、俺が言いたいことも分かっているのだろう。

「で、もう一度聞くが、お前ら組合には所属してるんだろうな?」
「……それは」

 返事はない。つまり、無所属で盗掘屋の真似事をしていたってことか。
 やれやれとため息が自然と出た。
 現実を突きつけてやることが、この兄弟のためになれば良いのだが。

「お前ら、世の中舐めすぎだ。組織の後ろ盾がなく、遺跡で遺物を発見できるなんてことはない。遺跡ってのは組合の管轄かんかつの元、段階を踏んで調査をしているんだ。所属していない者が踏み入れるのは、すでに到達したエリアのみ。収穫がなくて当然だ!」
「じゃが、入ることは出来るのじゃろ?」
「……まぁ、そうだが」

 俺の説教を気にもせず、ビオラが尋ねてきた。

「なら、お前ら、妾たちと共に来い!」
「はぁ!?」

 突然の提案に、俺はデカい声を上げ、三兄弟は衝撃に目を見開いてビオラを見た。

「旅は道連れ世は情けと言うではないか。その代わり、お前らは今回の落ちた遺跡を最後に、盗掘屋は引退じゃ。成果があってもなくても、両親のもとに帰る。ラス、それでよかろう?」
「……おいおい、ビオラ……」

 お前の面倒を見るだけじゃなく、この三兄弟の面倒まで見ろと言うのか。
 あまりの提案に気が遠くなり、頭を抱えた俺だったが、突き刺さる視線に耐えかねて三人を見た。

「……分かったよ」

 期待の眼差しにため息をつき、片手を上げて承諾した。

「兄貴! お嬢! よろしくお願いします!」

 土下座をする三人の声に気が重くなった。俺は舎弟しゃていを持つ気はさらさらないんだが、この構図、どう見てもそう言う図じゃないだろうか。
 満面の笑みのビオラは「楽しい旅になりそうじゃ」等といって満足そうな笑みを湛えていた。
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