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第二章 五百年前の遺物

2-10 我は時を進めし者、ラッセルオーリー・ラスト!

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 作業台に立て掛けていた杖を手にし、その先で床板を叩いた。
 息を深く吐き、呼吸を整える。

てつく黒の大地に芽吹く青き花」

 こんこんっと床を叩けば、魔法陣の周囲から青い光が立ち上がった。それはまるで、花が開くように少しずつ広がっていく。

「赤と白の風に誘われ、時を進めよ」

 俺の声に呼応するように、風が生まれる。
 熱をはらんだ風は赤い尾を引き、俺の赤毛を揺らした。まるで常夏を感じさせる一陣の風が、青い光を巻き上げた。
 二つの輝きが混ざり合い、すみれ色に染まった風の渦巻く中、魔法陣が白銀の輝きを放った。
 さあ、時を進めよう。

「時は来た。汝の封を解き、真の姿を開放する。我は時を進めし者、ラッセルオーリー・ラスト!」

 杖を突き立て、高らかに名乗りを上げる。
 直後だ。パンッと破裂音が上がり、白い宝石が一つはじけ飛んだ。
 反射的に舌打ちをし、杖をさらに強く握りしめた。

「持ちこたえてくれよ!」

 流れる魔力を練り上げ、杖の先に込める。そして、まるで錠前に差し込む鍵山のような形をしたそれで、魔法陣を示した。
 菫色の風が渦巻く中からびしびしと暗い魔力が放たれている。なんて重いんだ。

 杖を右に一度、回すとカチリと音が鳴った。
 石は割れていない。安堵に浅く息を吐き、再び杖に魔力を流す。カチリ、カチリと、二度、三度と杖を回し続けた。四度目、同じように動作を繰り返そうとしたその時だ。
 パンパンッと音を立てて、続けざまに白い宝石が砕け散った。

「くっそ……無理なのか!?」

 砕けた宝石の輝きを巻き込み、菫色の風が膨れ上がった。

 渦を巻いた菫色の風は鏡を持ち上げて飲み込み、まるで球体のようになって魔法陣の上に浮かんでいる。
 冗談じゃない。準備に大金積んでんだ。諦めてたまるか。
 準備不足だったかと、一瞬だけ後悔の念もよぎったが、始めてしまったものは止められない。

 次の一手はどうするか、一度巻き戻すか。いや、まだ石は残っている。もう一度、解除を試みるか。そう大金を脳裏に浮かべながら考えていた。
 その時だ。轟々ごうごうと唸るような風の音の中から、声が聞こえてきた。

 ──ふふふっ。
 愉快そうに笑う、女の声。

「やっぱり、封じられているのは、人間か!」

 音が聞こえるということは、全てを遮断していたはずの封印にほころびが出来たということだ。
 望みはまだあると思えば、俄然がぜんやる気が出るというものだ。
 無意識に口元がゆるまった。
 そうと決まれば、次なる一手は強硬手段。不完全だとしても、開けてしまえばいい。
 
「ちーっとばかし、手荒に行くぜ!」

 ガツンっと杖で床を叩き、その先を魔法陣に突き立てる。
 ぶわりと強烈な魔力が波となり、俺に覆いかぶさってきた。これは、鏡が放つものなのか。それとも封じられたものなのか。
 嫌な汗が背中を伝い落ちた。だが──

「時にあらがうなかれ。扉は開かれる!」

 意を決し、杖に力を込めてその先を魔法陣の描かれた床に差し込んだ。まるで錠前に差し込むように、杖の先は床に飲み込まれる。不自然にずぶずぶと入っていき、何かに突き当たった。
 硬く冷ややかな、まるで巨大な氷山にアイスピッグを突き立てたような感覚だ。

 まさしく全身全霊の魔力を杖に流し込む。そして、掴んだ柄を右に回した。
 ガチャッと音が響いた瞬間だ。
 耳をつんざくほどの爆音とともに、菫色の風がはじけ飛んだ。照明器具も全て割れ、部屋中の物が一瞬、舞い上がる。

 仕込んでいた遮断魔法を吹き飛ばす激しい衝撃に、ありとあらゆるものが巻き上げられ、床に壁にと叩きつけられて激しい音を立てた。
 展開された防御魔法も砕け散る。
 なんて魔力だ。

 強烈な爆風に耐え切れず、杖から手を放してしまったことを後悔する間もなく、あおられた体は吹き飛ばされた。壁が目前に迫った直前、突き出した掌から防御魔法を放つ。
 壁にと浮かんだ輝く魔法陣に上手いこと足をつければ、衝撃は全て吸収された。
 暗がりの部屋を、壁に着地した体制のまま辺りをうかがった。

 荒れ狂った風はすでに止んでいる。
 口の中に血の味が広がり、顔や腕のあちこちがひりひりと痛む。だが、今はそんな小さな傷なんてどうでもいい。
 瓦礫が散らかる床に降り立ち、ツバとともに血を吐きだして散らかったものを蹴って退かした。

「解除、出来た……のか?」

 外から差し込む夜明け前の薄明かりの中、魔法陣を描いた辺りを見るが、すでに白銀の輝きは消えていた。
 よく見れば、そこに人影が一つあった。
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