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第二章 五百年前の遺物

2-5 金と心中する気はないが、ちょっとばかし本気を出そうか。

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 ダグラス・メナードの目を真っすぐに見て、俺は尋ねあ。

「──例えばだ。封じられているのが危害を加える存在だとする。その場合、俺がそいつをほうむれるかどうかは、実際、対面しなければ分からない」

 鏡に封じられたものは、想定している魔獣や魔王なんて物騒なものでない場合も一応ある。ただ、その可能性は低いが。

「……てっきり、解除の前に分かるものだと思ってました」
「遺物によっては、それが何か伝える書物や口伝くでんがある場合もある」

 そういった物があれば対策を取りやすい。そういったものに記憶はないか尋ねてみるも、彼は申し訳なさそうな顔をしてかぶりを振った。
 
「母からは、これしか預かっていません」
「そうか。なら、開けてみるまで分からないな」
「……危険なものが封じられていると、お考えですか?」
「その可能性が高い」
「あなたが葬れないようなものだとしたら……」

 じっと俺を見るダグラスは不安そうで、その顔は真っ青だ。
 もしもの場合を想定し、弟のことを考えているのかもしれない。葬れないとしたら、その前に俺の命がヤバくなるんだが、このお坊ちゃんは、そこんとこには気付いてはいなさそうだ。
 よほど、弟が大切なのだろう。
 
「そうならないように、打つ手はある。魔力の一部や物体の半分を封じて無力化を図ることだ」
「無力化……そんなことが出来るんですね」
「事前準備が面倒だが、可能だ。ただ、少しばかり無理にこじ開けることになるな」
「無理にと言うと……どうなるんですか?」
「最悪、店と俺が吹っ飛ぶ」
「えっ!? そ、そんな危険なことを──」

 果たして依頼して良いのだろうか。ダグラスはそう戸惑ったようだ。狼狽うろたえる様子を見て、彼は人が良いのだろうと改めて感じた。
 やれやれ、このお坊ちゃんを封印解除に巻き込むのは、少々気が引けるな。

「俺一人なら、身を守ることは出来る。だが、同時にあんたを守ることは出来ない」
「私?」
「あぁ。まだ話していなかったが、封印解除には、依頼人を立ち会わせるのが、俺のやり方だ」
「そうなんですか……」
「どうする? 俺と一緒に、命賭けてみるか?」

 尋ねると、ダグラスはしばらく俯いて鏡を凝視した。それは覚悟を決めるためか、諦めるためか。

「……私が立ち会わないのは、無理ですか?」
「俺が何もせず、中身は空だったと嘘をつくかもしれない。全く関係ないものを渡し、鏡は割れたと嘘をつくかもしれない」

 当然、そんなことをする気は毛頭ない。だが、過去にはそうやって疑われ、腹の探り合いをすることもあった。そうなるくらいなら、依頼を受けない方がマシだ。
 
「あなたを信じます」

 思いもしない言葉に、俺は唖然として、ダグラス・メナードの顔をまじまじと見てしまった。
 こいつは、底抜けのお人好しなのか、バカなのか。
 
「俺が言うのもなんだが、簡単に他人を信じない方が良いと思うぜ」
「そうかもしれません。でも、あなたは貴族わたしびることなく対等に話してくれる。だから、信じたいんです」
「……そうか。じゃぁ、俺一人でやらせてもらう」

 俺を真っすぐ見ていた目が見開かれ、ダグラス・メナードは破顔したかと思えば、大きく安堵の息を吐いた。
 目の前でくるくると変わる表情に、思わず吹き出しそうになった。ここまで純真な貴族ってのも珍しいが、悪い気はしないな。
 元からだます気はないし、そうまで言われたら、やるしかないだろう。

「依頼料は跳ね上がるが、構わないか?」

 そう告げれば、晴れやかな顔のダグラスは鞄を開け、金の延べ棒を三本取り出し、テーブルに積み上げた。
 なんだ、まだあったのか。
 
「前金です」
「成功したら、さらに五本ってことか?」
「はい。足りないというなら、この鏡もお付けします。それなりの年代物です美術品としても価値があるでしょう」
「俺は美術品にはうといが……まぁ、それで良いだろう」

 それでも何も、充分だ。
 少しばかり睡眠時間を削って準備を行い、多少荒っぽくても解除さえすれば、この倍の金塊の山が手に入る。同業者が効いたら羨むほどに違いない。
 ただ気になるのは銀の鏡の中身だ。
 そこに視線を向けた時だ。曇りのない鏡面から、えも知れぬ威圧感プレッシャーを感じた。

 もしかしたら、とんでもない依頼を受けたのかもしれない。そう、この時に気付いていたら、俺の人生は違ったのかもしれない。
 だけどこの時は、積まれた金の延べ棒が放つ輝きに、謎の威圧感も消されてしまった。
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