守銭奴魔術師と暴食の魔女~俺が信じるのは金だけだ。金のためなら、伝説の悪女も守ってみせる~

日埜和なこ

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第一章 守銭奴魔術師の日常

1-8 気楽な独り身であって、寂しい独り身な訳じゃない!

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 取り出されたのは銀粉ぎんぷんが入った保存瓶だ。それなりの重量があるだろう大きめの瓶を、ジョリーは軽々と持っている。相変わらずの馬鹿力だな。
 ごとりと重い音を立てて瓶が下ろされた。

大銀貨ルナ二枚分でいいか?」
「あぁ、頼む」

 使い込まれたはかりの皿に載せられる純銀の粉は寸分の狂いもなく、きっちり量られる。
 こいつも大概にして守銭奴だ。古い付き合いなんだから、少しくらいくれても良いものだが。

「お互い様だろ」
「……何がだよ」
「お前の目が、少しくらいサービスしろって言ってる気がしたからな」

 ジョリーのしたり顔は、何年の付き合いだと思っているんだと言わんばかりだ。
 それはそうだと賛同する代わりに、大銀貨二枚と引き換えに銀粉の入った袋を受け取った。
 
「そういや、メナード家って言えば、少し前に当主が死んだよな。跡目争いが激しいって話だぜ」

 秤をしまいながら、ジョリーがふと思い出したことを口走った。
 
***

 俺の自宅兼仕事場でもある店は、町から少し離れた高台にある。西に面した裏手の山は鬱葱うっそうとした森だ。

 仕事の大半は壊れた魔法道具の修理や遺物の封印解除に、魔法薬の生成と販売だ。危険を伴う大物の依頼を請け負うことも、まれだがある。
 昨日の魔剣との遭遇はが、時として、得体の知れないものが封じられた依頼を受ける。そう言ったものは実入りが良いが、被害が出る場合もあるわけだ。

 だから、いざって時に町への被害が少ない場所にきょかまえている。そんな風に町民たちは思っているらしい。
 実際のところ、ここは行方知らずとなった師匠の持ち家で、留守を預かってるだけなんだが。

 ガレージにバイクを停め、サイドカーに積んである肩掛けの鞄を掴んだ。
 ふと、ジョリーに女の一人でも乗せてるところを見せてみろと、いつぞや言われたことを思い出した。元々、サイドカーは荷物を積むためにつけてるのだから、大きなお世話だ。
 くだらない揶揄いを思い出して不愉快になった気分を、深い息と共に吐き出して裏口に回ると、一匹の銀毛の狼がかけてきた。

「シルバ! 留守番、ご苦労だったな」

 足にまとわりつく銀狼シルバの毛並みを撫で、ドアノブに手をかざすと、すぐ上にある数字盤ダイヤルがカチカチと音を立てて回り出した。右に左にと数度回ると、ガチャリと鍵が開いた。
 
 入ってすぐ、作業を行うための工房に向かった。
 ケビン・ハーマンとの約束の日まで三日だ。それまでに、準備を進めなくてはならない。

 シルバが作業台の下で腰を下ろし、丸くなった。
 すぐ側に荷物を下ろし、棚の引き出しから乾燥させたホワイトセージの葉を取り出す。それを乳鉢で砕いて粉にした。丁寧に、光の魔法を込めながら。
 出来上がったホワイトセージの粉と買ってきた銀粉を混ぜ、適量の石膏せっこうと合わせる。そこに水を加えたものを型に流し入れた。

 窓辺に並ぶ低い棚の上に型を置き、外に視線を向ける。そこには雲一つない青空が広がっていた。
 しばらくいい天気が続きそうだ。三日もあれば石膏も乾くだろう。そうすれば、魔法陣を書くのに使うチョークの完成だ。
 
 それから約束の日まで、大きな騒ぎが起きることもなかった。
 三日間、部屋にこもってバラバラになった魔法陣の組みなおし方を模索していたのだから、人と会うこともなかった。
 騒ぎが起きないのも当然か。

 依頼品の正六面体キューブを前にして、長い息を吐いた俺は、その横、ノートに書き出した古代魔術言語エンシェント・ソーサリーを改めて見返した。
 組み込まれた魔法陣は見事に壊れている。
 正確に言えば、作られた複数の魔法陣が分割されて組み直されているのだ。このままでは、封印を解くことは出来ない。

「パズルみたいだな」

 ぐるりと一周、四面にまたがって文字が連なっているのが、三種並んでいる。さらにその面と交差するように、同じく封印魔法が重ねてかけられている。そうすることで、正六面体の全面に文字が刻まれている状態だ。
 これを正常な並びにすることが、解除の鍵だ。

 そう気づくまでには、いくらか時間がかかった。その努力の結晶がノートに敷き詰められた古代魔法言語って訳だ。
 疲れをにじませて息をつくと、シルバが足にすり寄ってきた。そのふさふさの毛並みを撫でながら「大丈夫だ」と呟き、正六面体を手に取る。

 改めて、その一面を見た。

「……九分割か」
 
 一面に対して、文字は均等に九分割されている。
 混ぜられた文字盤は、正しい順番で回転させなければ元の位置に戻らない。全面を揃えるのにかかる時間は──

「魔法の種類も判明したことだし、三分も必要はないか」

 それに、魔法陣が出来上がれば解除はすぐだろう。わざわざ解除の魔法陣を用意する必要もなさそうだ。
 日当たりの良い窓辺に視線を向け、思わず苦笑を口許に浮かべる。そこには、三日前に仕込んだチョークの型が並んでいる。
 せっかく作ったが、今回はその出番がなさそうだ。
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