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第一章 守銭奴魔術師の日常

1-5 封印は解いてみないと中身が分からない。蛇が出るか邪が出るか。

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 厳しい眼差しの婆さんを前に、さてどうした説明するかと困っていると、怒りを滲ませた声が俺を呼ばれた。
 
「ラス! 子どもにこんな手荒なことをすることはないだろう」
「ああでもしなきゃ、ナイフを放せなかったんだよ」
「ナイフ?……どういうことだい」
「誰かがこの小僧に魔法がかかった武器を持たせやがった。こいつはナイフを振り回していたんじゃない。振り回されていたんだ」
「だからって……やり方ってもんがあるだろう!」
「そうだけど、そいつは話を聞く気が──」
「ラス! 大人だろう。言い訳しなさんな!」
「……あー、悪かった! 怪我をさせたことは詫びるよ。だけど」

 今でも動き出しそうな力を感じるナイフをさらに踏み込み、もう一度、子どもに視線を向けて尋ねた。

「お前にこれを持たせたのは、誰だ? それはきっちり、話してもらう」

 ナイフを手放したからか、それとも婆さんに抱きしめられたからなのか。子どもに先ほどの反抗心や勢いは見られなかった。それに僅かながら安堵を感じ、まずは厄介なナイフから、魔法を分離させることにした。
 俺は杖を持ち直し、その先を、石畳の上で鈍く光る刃に押し当てる。

「まったく……余計な魔力を使う羽目になるが、仕方ない。まずは封印を解くか」

 ぶつぶつと文句をこぼしながら、びしびしと婆さんの視線を感じつつ、俺は息を深く吸った。

「おい! ラスの解除が見られるぜ!」

 誰かが声を上げた。それに釣られて、人がさらに集まりだす。
 俺の仕事は見世物じゃねぇっての。
 
「お前ら、見世物じゃないからな。金取るぞ?」
「ケチくせーこと言うなよ!」
「だから守銭奴っつわれんだぞー!」

 げらげらと笑い声が上がった。
 やれやれ、これは少しばかり派手に見せないと満足しなさそうだ。詠唱省略でもいける程度のものだが、きっちりやるか。
 
「守銭奴上等! お前ら、満足したら、酒の一杯でもおごれよな!」

 人混みの中に見えた顔馴染みが「飯もつけてやるよ!」と気前よく声を上げた。
 ひときわ大きな歓声が上がり、後には引けない空気になる。
 上等だ。今夜は贅沢させてもらおうじゃないか。

「おい、小僧! お前が持っていたナイフ。こいつがどういうもんか、その目でしっかり見ておけ! 話はそれからだ」

 婆さんに肩を抱えられる子どもに、一度、視線を向ける。
 場の雰囲気にのまれたのだろうか。その幼顔は不安そうで、小さな手は婆さんの手をしっかりと握りしめていた。
 にぎわいが増す沿道に、夕闇を照らす街灯が明かりを落とし始めた。

「天に花なく地に星なく」

 自然の理を説くなんてのは性に合わないが、民衆ってのはこういうのが好きなもんだ。
 俺の詠唱に呼応するように、杖が白銀の光を灯した。

「白き風に囚われし、青き清流」
 
 足の下で、カタカタとナイフが震え出す。まるで、俺の足を押し上げてこの場から逃げ出そうとしているようだ。

「黒き地に伏せし真の姿を」

 足元からふわりと風が吹き上がる。
 さぁ、見せかけの詠唱はここで終わりだ。さっさと、本性を現してもらおう。
 杖を握る手に力を込め、地面に片膝をつくと、それを地面に勢いよく叩きつけた。

「すべからく見せよ!」

 体内の魔力を練り上げ、その塊をナイフに押し付ける。すると、石畳の上に光の紋様が浮かび上がった。
 古代魔術言語エンシェント・ソーサリーの文字列が円を描いていく。
 俺とナイフを中心に出来上がった魔法陣。その光が吹き上がると、周囲から歓声が巻き起こった。

「その依り代ナイフじゃぁ、お前には小さいだろう」
 
 足をずらせば、それは空高く飛び出した。
 逃がしはしない。
 杖を振り上げれば、地面に描かれた魔法陣が浮き上がり、ナイフを包み込むようにして球体に変わった。それはキラキラと夕闇の中で白い光を放つ。まるで小さな月のようだ。

「天と地のかせを砕く、我が名はラッセルオーリー・ラスト!」

 高らかに名乗れれば、光は四方八方に霧散むさんした。
 ナイフは粉々に砕け散り、灰となって風にさらわれる。その直後だ。ごうっと音を上げて風が吹き上がり、周囲から悲鳴が上がった。
 ややあって風が凪ぎ、顔を上げた人々はそこに立つ青い陽炎を目にし、ざわめき出した。
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