上 下
7 / 115
第一章 守銭奴魔術師の日常

1-5 封印は解いてみないと中身が分からない。蛇が出るか邪が出るか。

しおりを挟む
 厳しい眼差しの婆さんを前に、さてどうした説明するかと困っていると、怒りを滲ませた声が俺を呼ばれた。
 
「ラス! 子どもにこんな手荒なことをすることはないだろう」
「ああでもしなきゃ、ナイフを放せなかったんだよ」
「ナイフ?……どういうことだい」
「誰かがこの小僧に魔法がかかった武器を持たせやがった。こいつはナイフを振り回していたんじゃない。振り回されていたんだ」
「だからって……やり方ってもんがあるだろう!」
「そうだけど、そいつは話を聞く気が──」
「ラス! 大人だろう。言い訳しなさんな!」
「……あー、悪かった! 怪我をさせたことは詫びるよ。だけど」

 今でも動き出しそうな力を感じるナイフをさらに踏み込み、もう一度、子どもに視線を向けて尋ねた。

「お前にこれを持たせたのは、誰だ? それはきっちり、話してもらう」

 ナイフを手放したからか、それとも婆さんに抱きしめられたからなのか。子どもに先ほどの反抗心や勢いは見られなかった。それに僅かながら安堵を感じ、まずは厄介なナイフから、魔法を分離させることにした。
 俺は杖を持ち直し、その先を、石畳の上で鈍く光る刃に押し当てる。

「まったく……余計な魔力を使う羽目になるが、仕方ない。まずは封印を解くか」

 ぶつぶつと文句をこぼしながら、びしびしと婆さんの視線を感じつつ、俺は息を深く吸った。

「おい! ラスの解除が見られるぜ!」

 誰かが声を上げた。それに釣られて、人がさらに集まりだす。
 俺の仕事は見世物じゃねぇっての。
 
「お前ら、見世物じゃないからな。金取るぞ?」
「ケチくせーこと言うなよ!」
「だから守銭奴っつわれんだぞー!」

 げらげらと笑い声が上がった。
 やれやれ、これは少しばかり派手に見せないと満足しなさそうだ。詠唱省略でもいける程度のものだが、きっちりやるか。
 
「守銭奴上等! お前ら、満足したら、酒の一杯でもおごれよな!」

 人混みの中に見えた顔馴染みが「飯もつけてやるよ!」と気前よく声を上げた。
 ひときわ大きな歓声が上がり、後には引けない空気になる。
 上等だ。今夜は贅沢させてもらおうじゃないか。

「おい、小僧! お前が持っていたナイフ。こいつがどういうもんか、その目でしっかり見ておけ! 話はそれからだ」

 婆さんに肩を抱えられる子どもに、一度、視線を向ける。
 場の雰囲気にのまれたのだろうか。その幼顔は不安そうで、小さな手は婆さんの手をしっかりと握りしめていた。
 にぎわいが増す沿道に、夕闇を照らす街灯が明かりを落とし始めた。

「天に花なく地に星なく」

 自然の理を説くなんてのは性に合わないが、民衆ってのはこういうのが好きなもんだ。
 俺の詠唱に呼応するように、杖が白銀の光を灯した。

「白き風に囚われし、青き清流」
 
 足の下で、カタカタとナイフが震え出す。まるで、俺の足を押し上げてこの場から逃げ出そうとしているようだ。

「黒き地に伏せし真の姿を」

 足元からふわりと風が吹き上がる。
 さぁ、見せかけの詠唱はここで終わりだ。さっさと、本性を現してもらおう。
 杖を握る手に力を込め、地面に片膝をつくと、それを地面に勢いよく叩きつけた。

「すべからく見せよ!」

 体内の魔力を練り上げ、その塊をナイフに押し付ける。すると、石畳の上に光の紋様が浮かび上がった。
 古代魔術言語エンシェント・ソーサリーの文字列が円を描いていく。
 俺とナイフを中心に出来上がった魔法陣。その光が吹き上がると、周囲から歓声が巻き起こった。

「その依り代ナイフじゃぁ、お前には小さいだろう」
 
 足をずらせば、それは空高く飛び出した。
 逃がしはしない。
 杖を振り上げれば、地面に描かれた魔法陣が浮き上がり、ナイフを包み込むようにして球体に変わった。それはキラキラと夕闇の中で白い光を放つ。まるで小さな月のようだ。

「天と地のかせを砕く、我が名はラッセルオーリー・ラスト!」

 高らかに名乗れれば、光は四方八方に霧散むさんした。
 ナイフは粉々に砕け散り、灰となって風にさらわれる。その直後だ。ごうっと音を上げて風が吹き上がり、周囲から悲鳴が上がった。
 ややあって風が凪ぎ、顔を上げた人々はそこに立つ青い陽炎を目にし、ざわめき出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?

Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。 貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。 貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。 ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。 「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」 基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。 さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・ タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。

【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」  これが婚約者にもらった最後の言葉でした。  ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。  国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。  やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。  この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。  ※ハッピーエンド確定  ※多少、残酷なシーンがあります 2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2021/07/07 アルファポリス、HOT3位 2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位 2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位 【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676) 【完結】2021/10/10 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

【無音】と呼ばれた最強プレイヤー

アルト
ファンタジー
大盛況を巻き起こしたVRMMORPG——【イニティウムオンライン】に、【無音】と呼ばれ、独特のスタイルで名を轟かせたプレイヤーがいた。 ジョブはアサシン【暗殺者】。名はRAIN 対人戦においては最強と名高き彼は今日もまた、【イニティウムオンライン】を楽しむべくログインをしたのだが——。 ログインしていた最中、突然襲い来る偏頭痛のような痛み。 加速する痛みは次第に意識をも奪う。 目覚めると、本来自我を持っていないはずだったNPCはRAINを心配し始め、まるで生きた人間のような反応を繰り返す。 そうしてようやく気づき始める。 どういう事か。自分がいる世界は【イニティウムオンライン】というゲームの世界に酷似した別の世界なのでは、と。

乙女ゲーのラスボスに転生して早々、敵が可愛すぎて死にそうです

楢山幕府
ファンタジー
――困った。「僕は、死ななければならない」 前世の記憶を理解したルーファスは、自分がかつてプレイした乙女ゲームのラスボスだと気付く。 世界を救うには、死ぬしかない運命だと。 しかし闇の化身として倒されるつもりが、事態は予期せぬ方向へと向かって……? 「オレだけだぞ。他の奴には、こういうことするなよ!」 無表情で無自覚な主人公は、今日も妹と攻略対象を溺愛する。 ――待っていろ。 今にわたしが、真の恐怖というものを教え込んでやるからな。 けれど不穏な影があった。人の心に、ルーファスは翻弄されていく。 萌え死と戦いながら、ルーファスは闇を乗り越えられるのか!? ヒロインは登場しません。

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

処理中です...