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第22話 ハーシャル子爵令息アントニー再び
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夏季休暇を前にして、張り出された成績の順位表をパークスと一緒に見上げていた。
納得できずに唸る私の横で、パークスは首を傾げる。
「総合成績首席で、何の不満があるんだい?」
「実技、実践が九位だわ」
「上位八名の筆記成績はアリシアに遠く及ばないし、総合得点は文句なしだ」
「そうだけど……」
「あまり無理をすると、むしろ、敵を増やすんじゃない? ほら、あの柱のとこ」
やれやれとため息をつくパークスがちらりと視線を投げた先を見ると、見覚えのある顔がさっと隠れた。あれは、私が春先に田舎貴族と罵声を浴びせたクラスメイトのアントニーだ。間違いないわ。
「まだ根に持っているのかしら」
「かもしれないね」
「ちょっと、言ってくる!」
「え、アリシア!?」
パークスが止める間もなく、私は大股でアントニーに向かっていく。
陰から見ているなんて、コソ泥みたいなことしているんじゃないわよ。そういう態度を、貴族の名折れって言いたくなるのよ。こんなのが、ミシェルと同じステージに立つのかと思うと、腹立たしいことこの上ないわね。
ミシェルがこのグレンウェルドで活躍する大魔術師、ひいては賢者に上り詰めたとしても、私は驚かないだろう。むしろ、そうなって欲しいとさえ思っている。でも、アントニーは認めないわ。淑女《レディ》に手を上げるような輩《やから》が上に立ったら、女の活躍の場が広がらないじゃない。私の、大商人の夢も一歩遠のく気がするわ。
私が前に進むと、人だかりはさっと避けて道を作った。その先にいるアントニーの前に立った私は背筋を伸ばして、完璧な淑女の挨拶を披露する。
「ご機嫌よう。ハーシャル子爵令息アントニー様。私《わたくし》に、何か御用でしょうか?」
「あー、いや……その、なんだ……」
口籠るアントニーは視線を私から視線を逸らした。彼の周りにいつもいる取り巻きはいないようだ。 一人になって臆病風にでも吹かれたのかしらね。ますます、貴族としてどうなの。もっと堂々となさい。
腹立たしさと文句が胃の中に渦巻き、ムカムカとしたけど、私はいたって冷静を装って、彼を真っ向から見つめた。
アントニーの白い頬がぱっと赤らんだ。
今更、自分の行動を恥じても遅いって分からないのかしら。
「貴族子息として、陰から淑女《レディ》をこそこそ見ているだなんて、恥ずかしいと思いませんの?」
「べっ、別にこそこそなんて……」
「でしたら、何故《なにゆえ》このような柱の陰にいらっしゃったのでしょうか?」
「そ、それは……その、あれだ。成績の順位を……」
「こんな離れたところから? よっぽど目がよろしいのですね」
掲示板を振り返った私が目を凝らす真似をすると、アントニーはぐうっと唸った。それを見て、パークスが「そろそろやめてあげなよ」と耳打ちをする。
すると、アントニーの視線がパークスに向けられた。それは、まるで敵を見るような眼差しだ。
パークスもそれに気づいたようで、小さくため息をついた。
バンクロフトを担う次世代の一人として、訳も分からず貴族を敵にするのは避けたいところよね。ここはパークスの為にも、淑女らしく手打ちと参りましょうか。
私が咳払いをすると、アントニーはこちらに目を向けた。
「春先の非礼はお詫びいたします。でも、またご令嬢に手荒な真似をするようでしたら、私は、あなたを許しませんから。このグレンウェルド国において最も価値があるのは魔術の才です。そこに貴族も商人も関係ありません。文句がおありでしたら、私を抜いてごらんなさい」
私の口上に、周囲から歓声と拍手が沸き上がった。
もしかしたら、他人から見れば商人の娘が貴族子息に宣戦布告をしたように映るのかもしれない。だけど、これはそうではない。だって、ほどほどの成績しか納めていないアントニーなんて、元より私の敵ではないもの。
当の本人はよく分かっているようで、悔しそうに唇を噛んでいる。それを見たパークスが横でため息をついた。
ちゃんとアントニーに私との格の違いを分からせてあげたのに、この男は何が不満なのかしら。後でじっくり問い詰めないとね。
心の内を顔には出さず、私は踵《きびす》を返してその場を後にしよとした。その時だった。
「アリシア・バンクロフト!」
突然、アントニーが大きな声を上げた。
「もしも俺が君の成績を上回ったら、その時は……」
振り返ると、そこには真っ赤な顔をしたアントニーがいた。だが、その台詞の先は続かず、私と目が合った彼は息を飲む。
怒り任せに怒鳴り声を上げたにしては、煮え切らないわね。
「子爵令息でしょ。はっきり仰って」
私がぴしゃりと言えば、辺りがしんっと静まり返った。
納得できずに唸る私の横で、パークスは首を傾げる。
「総合成績首席で、何の不満があるんだい?」
「実技、実践が九位だわ」
「上位八名の筆記成績はアリシアに遠く及ばないし、総合得点は文句なしだ」
「そうだけど……」
「あまり無理をすると、むしろ、敵を増やすんじゃない? ほら、あの柱のとこ」
やれやれとため息をつくパークスがちらりと視線を投げた先を見ると、見覚えのある顔がさっと隠れた。あれは、私が春先に田舎貴族と罵声を浴びせたクラスメイトのアントニーだ。間違いないわ。
「まだ根に持っているのかしら」
「かもしれないね」
「ちょっと、言ってくる!」
「え、アリシア!?」
パークスが止める間もなく、私は大股でアントニーに向かっていく。
陰から見ているなんて、コソ泥みたいなことしているんじゃないわよ。そういう態度を、貴族の名折れって言いたくなるのよ。こんなのが、ミシェルと同じステージに立つのかと思うと、腹立たしいことこの上ないわね。
ミシェルがこのグレンウェルドで活躍する大魔術師、ひいては賢者に上り詰めたとしても、私は驚かないだろう。むしろ、そうなって欲しいとさえ思っている。でも、アントニーは認めないわ。淑女《レディ》に手を上げるような輩《やから》が上に立ったら、女の活躍の場が広がらないじゃない。私の、大商人の夢も一歩遠のく気がするわ。
私が前に進むと、人だかりはさっと避けて道を作った。その先にいるアントニーの前に立った私は背筋を伸ばして、完璧な淑女の挨拶を披露する。
「ご機嫌よう。ハーシャル子爵令息アントニー様。私《わたくし》に、何か御用でしょうか?」
「あー、いや……その、なんだ……」
口籠るアントニーは視線を私から視線を逸らした。彼の周りにいつもいる取り巻きはいないようだ。 一人になって臆病風にでも吹かれたのかしらね。ますます、貴族としてどうなの。もっと堂々となさい。
腹立たしさと文句が胃の中に渦巻き、ムカムカとしたけど、私はいたって冷静を装って、彼を真っ向から見つめた。
アントニーの白い頬がぱっと赤らんだ。
今更、自分の行動を恥じても遅いって分からないのかしら。
「貴族子息として、陰から淑女《レディ》をこそこそ見ているだなんて、恥ずかしいと思いませんの?」
「べっ、別にこそこそなんて……」
「でしたら、何故《なにゆえ》このような柱の陰にいらっしゃったのでしょうか?」
「そ、それは……その、あれだ。成績の順位を……」
「こんな離れたところから? よっぽど目がよろしいのですね」
掲示板を振り返った私が目を凝らす真似をすると、アントニーはぐうっと唸った。それを見て、パークスが「そろそろやめてあげなよ」と耳打ちをする。
すると、アントニーの視線がパークスに向けられた。それは、まるで敵を見るような眼差しだ。
パークスもそれに気づいたようで、小さくため息をついた。
バンクロフトを担う次世代の一人として、訳も分からず貴族を敵にするのは避けたいところよね。ここはパークスの為にも、淑女らしく手打ちと参りましょうか。
私が咳払いをすると、アントニーはこちらに目を向けた。
「春先の非礼はお詫びいたします。でも、またご令嬢に手荒な真似をするようでしたら、私は、あなたを許しませんから。このグレンウェルド国において最も価値があるのは魔術の才です。そこに貴族も商人も関係ありません。文句がおありでしたら、私を抜いてごらんなさい」
私の口上に、周囲から歓声と拍手が沸き上がった。
もしかしたら、他人から見れば商人の娘が貴族子息に宣戦布告をしたように映るのかもしれない。だけど、これはそうではない。だって、ほどほどの成績しか納めていないアントニーなんて、元より私の敵ではないもの。
当の本人はよく分かっているようで、悔しそうに唇を噛んでいる。それを見たパークスが横でため息をついた。
ちゃんとアントニーに私との格の違いを分からせてあげたのに、この男は何が不満なのかしら。後でじっくり問い詰めないとね。
心の内を顔には出さず、私は踵《きびす》を返してその場を後にしよとした。その時だった。
「アリシア・バンクロフト!」
突然、アントニーが大きな声を上げた。
「もしも俺が君の成績を上回ったら、その時は……」
振り返ると、そこには真っ赤な顔をしたアントニーがいた。だが、その台詞の先は続かず、私と目が合った彼は息を飲む。
怒り任せに怒鳴り声を上げたにしては、煮え切らないわね。
「子爵令息でしょ。はっきり仰って」
私がぴしゃりと言えば、辺りがしんっと静まり返った。
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