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第18話 「命を賭けるって、決めたのよ!」
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見えない魔法の壁に、蜘蛛の巣を張り巡らせたようなヒビが入り、私達が駆け抜けた後には何本もの矢が落ちた。
「来たわねっ!」
「麦畑で仕掛けてきたか。対象者が見えないんじゃ、捕縛は難しい」
「そんなことないわよ。おおよその場所は確認できたもの」
「でも、立ち止まる訳にもいかない。狙い撃ちされるよ」
「……先に行って!」
馬の歩みを止め、後ろを振り返ると、幾本もの矢が私の視界にクモの巣を作った。
怖かった。
正直言って、ここから逃げ出したかった。それでも私は、貴族との繋がりを作るのに──
「命を賭けるって、決めたのよ!」
愛用の杖を翳《かざ》すと、強い風が吹き上がった。
ばさりと音を立ててフードが翻《ひるがえ》り、私の髪が陽の明かりを浴びる。
「深き大地よ、深淵に眠る我が影よ」
ひゅいっといくつもの弓矢が抜けていく。その先こそが、追っ手の潜む場所だ。
「我が敵を捕らえる枷となれ!」
杖で指し示すと、大地から空に向かって黒い支柱が幾本も現れた。
突然の黒い影に驚いたらしい追手は立ち上がり、姿を見せた。その数二体だ。
こちらに気づいた追手が剣を片手に走ってくるのが見えた。私が術者と認識し、止めをさそうと言うのだろう。だけど、姿を完全に晒《さら》した瞬間、あなた達の運は費えたわ。
「追え、捕らえよ!」
私の号令が響くと、黒い支柱は走る追手たちに向かって、ぐんっと伸び、空から突き刺すように落ちてきた。
どすどすどすっと幾本もの黒い支柱に貫かれた二人から遠吠えの様な悲鳴が上がる。
「安心して。その影に殺傷能力はないわ」
聞いていないだろう二人に忠告し、私は先を行くパークスたちの方へ馬を反転させた。その時、私の両横を二頭の馬が駆け抜けた。ミシェルとキースではない。見覚えのない男達だ。
「まさか……逃げて!」
叫び声を上げ、私は自分の失態に唇を噛んだ。
あの時、捕らえた追手から上がった遠吠えのような悲鳴は、逃げた二人を追えと言う合図だったんだ。潜んでいた男達は、仲間を餌に使って魔術師をあぶり出したのだろう。
一人が残り、本物を逃がす。それは、敵から見ればお嬢様は逃げましたと言っているようなものじゃない。なんでそんな簡単なことが分からなかったの。
私は、まんまと敵に教えるような真似をしたんだ。
「だけど……諦める訳、ないでしょ!」
反省は、後でいくらでもやるわ。今は、パークスたちを逃がすことが先決。
私は馬の駆け足を速め、前方を走る男たちに近づきながら、次の詠唱を口ずさみつつ準備を進めた。
風の音に、詠唱はかき消される。だけど、着実にその用意は整った。
馬の全速力が続くのは、せいぜい数百メートル。そろそろ、追っ手の馬に疲れが出るはずだ。
「馬の足を止めれば、良いだけのこと」
杖を握りしめ、前方に狙いを定める。
「さぁ、捕らえなさい!」
天に向かって号令を高らかに発すると、私の背後から、幾本もの黒い支柱が走った。それは馬の胴体と足を狙い貫く。
馬は急に立ち止まると激しく嘶《いなな》き、男達を振り落とした。
これで、追っ手の二人がパークス達を追うことは出来ない。
「よくも、邪魔してくれたな」
体の大きな男がゆらりと立ち上がった。その手には一撃でも受けたら致命傷は確実と分かる両刃の剣が握られている。
「任務は失敗か……その代わりに、お前を奴隷商に売りつけるってのも、いいかもな」
「人道に反する商売に加担するつもりはないわ」
手綱を引き、馬の腹を蹴って走るよう合図を送ったが、その足は戦慄《わなな》き動かなかった。
「どうやら、馬はバテて使えないようだな」
「そのようね」
「それじゃぁ……まずはたっぷりと、礼をしてもらおうかね!」
男達が地面を蹴った。馬を飛び降りた私は地面に杖を叩きつけ、即席の壁を作り出す。
地面から突き上がった土壁は男達を取り囲んだ。
「こんな壁で、俺たちを阻めると思うな!」
低い声が空気を震わせ、壁の上に男が一人飛び乗ってきた。
にちゃりと気味の悪い笑顔がこちらに向けられた。
背筋を悪寒が走り、次に発するべき言葉が、一瞬、脳裏から消えた。その一瞬が命取りだと、あれほど演習で教わったのにだ。
「怖くて声も出ないか?」
「そうやって、女は大人しく、男の言いなりになってりゃ良いんだよ!」
あまりの言葉に怒りが込み上げた。
女は大人しくですって。どいつもこいつも、女を飾りか何かと思ってばかり。
どうせこいつらも、女は結婚して子どもを産んで男の下着を洗っていれば良いとか思っているのよ。お貴族様なら着飾ってお花に囲まれて微笑んでいれば良いとか考えて、女の苦労や悩みなんて考えたこともなく、女は楽で良いとか言い出す口なのよ。きっとそうよ。
「おい、さっきから何をぶつぶつ言っているんだ?」
「ついに観念して、神様にお祈りでも始めたか?」
「女はそうやって大人しくしてればいいんだ」
「大人しくしていれば、手荒なことは──」
土壁の上から飛び降りてきた男達の物言いに、私の頭の血管が何本かぷつりと切れた気がした。
「女、女、女……揃いも揃って、女をバカにして。好きで女に生まれた訳じゃないわ!」
足を踏み鳴らし、杖を横に払った。
魔法陣が地面に浮き上がり、いくつもの黒い支柱が浮きあがり、私の周囲をくるくると回り始めた。
「そんなに女が羨ましいなら、なればいいじゃないの! 代わってやるわよ!」
「女は好きだが、それは願い下げだな」
げらげら笑う男達は剣を片手に近づいてきた。
私はじりじりと後退し、剣の切っ先が届かない距離を保ちながら、魔法の発動タイミングを探った。
「来たわねっ!」
「麦畑で仕掛けてきたか。対象者が見えないんじゃ、捕縛は難しい」
「そんなことないわよ。おおよその場所は確認できたもの」
「でも、立ち止まる訳にもいかない。狙い撃ちされるよ」
「……先に行って!」
馬の歩みを止め、後ろを振り返ると、幾本もの矢が私の視界にクモの巣を作った。
怖かった。
正直言って、ここから逃げ出したかった。それでも私は、貴族との繋がりを作るのに──
「命を賭けるって、決めたのよ!」
愛用の杖を翳《かざ》すと、強い風が吹き上がった。
ばさりと音を立ててフードが翻《ひるがえ》り、私の髪が陽の明かりを浴びる。
「深き大地よ、深淵に眠る我が影よ」
ひゅいっといくつもの弓矢が抜けていく。その先こそが、追っ手の潜む場所だ。
「我が敵を捕らえる枷となれ!」
杖で指し示すと、大地から空に向かって黒い支柱が幾本も現れた。
突然の黒い影に驚いたらしい追手は立ち上がり、姿を見せた。その数二体だ。
こちらに気づいた追手が剣を片手に走ってくるのが見えた。私が術者と認識し、止めをさそうと言うのだろう。だけど、姿を完全に晒《さら》した瞬間、あなた達の運は費えたわ。
「追え、捕らえよ!」
私の号令が響くと、黒い支柱は走る追手たちに向かって、ぐんっと伸び、空から突き刺すように落ちてきた。
どすどすどすっと幾本もの黒い支柱に貫かれた二人から遠吠えの様な悲鳴が上がる。
「安心して。その影に殺傷能力はないわ」
聞いていないだろう二人に忠告し、私は先を行くパークスたちの方へ馬を反転させた。その時、私の両横を二頭の馬が駆け抜けた。ミシェルとキースではない。見覚えのない男達だ。
「まさか……逃げて!」
叫び声を上げ、私は自分の失態に唇を噛んだ。
あの時、捕らえた追手から上がった遠吠えのような悲鳴は、逃げた二人を追えと言う合図だったんだ。潜んでいた男達は、仲間を餌に使って魔術師をあぶり出したのだろう。
一人が残り、本物を逃がす。それは、敵から見ればお嬢様は逃げましたと言っているようなものじゃない。なんでそんな簡単なことが分からなかったの。
私は、まんまと敵に教えるような真似をしたんだ。
「だけど……諦める訳、ないでしょ!」
反省は、後でいくらでもやるわ。今は、パークスたちを逃がすことが先決。
私は馬の駆け足を速め、前方を走る男たちに近づきながら、次の詠唱を口ずさみつつ準備を進めた。
風の音に、詠唱はかき消される。だけど、着実にその用意は整った。
馬の全速力が続くのは、せいぜい数百メートル。そろそろ、追っ手の馬に疲れが出るはずだ。
「馬の足を止めれば、良いだけのこと」
杖を握りしめ、前方に狙いを定める。
「さぁ、捕らえなさい!」
天に向かって号令を高らかに発すると、私の背後から、幾本もの黒い支柱が走った。それは馬の胴体と足を狙い貫く。
馬は急に立ち止まると激しく嘶《いなな》き、男達を振り落とした。
これで、追っ手の二人がパークス達を追うことは出来ない。
「よくも、邪魔してくれたな」
体の大きな男がゆらりと立ち上がった。その手には一撃でも受けたら致命傷は確実と分かる両刃の剣が握られている。
「任務は失敗か……その代わりに、お前を奴隷商に売りつけるってのも、いいかもな」
「人道に反する商売に加担するつもりはないわ」
手綱を引き、馬の腹を蹴って走るよう合図を送ったが、その足は戦慄《わなな》き動かなかった。
「どうやら、馬はバテて使えないようだな」
「そのようね」
「それじゃぁ……まずはたっぷりと、礼をしてもらおうかね!」
男達が地面を蹴った。馬を飛び降りた私は地面に杖を叩きつけ、即席の壁を作り出す。
地面から突き上がった土壁は男達を取り囲んだ。
「こんな壁で、俺たちを阻めると思うな!」
低い声が空気を震わせ、壁の上に男が一人飛び乗ってきた。
にちゃりと気味の悪い笑顔がこちらに向けられた。
背筋を悪寒が走り、次に発するべき言葉が、一瞬、脳裏から消えた。その一瞬が命取りだと、あれほど演習で教わったのにだ。
「怖くて声も出ないか?」
「そうやって、女は大人しく、男の言いなりになってりゃ良いんだよ!」
あまりの言葉に怒りが込み上げた。
女は大人しくですって。どいつもこいつも、女を飾りか何かと思ってばかり。
どうせこいつらも、女は結婚して子どもを産んで男の下着を洗っていれば良いとか思っているのよ。お貴族様なら着飾ってお花に囲まれて微笑んでいれば良いとか考えて、女の苦労や悩みなんて考えたこともなく、女は楽で良いとか言い出す口なのよ。きっとそうよ。
「おい、さっきから何をぶつぶつ言っているんだ?」
「ついに観念して、神様にお祈りでも始めたか?」
「女はそうやって大人しくしてればいいんだ」
「大人しくしていれば、手荒なことは──」
土壁の上から飛び降りてきた男達の物言いに、私の頭の血管が何本かぷつりと切れた気がした。
「女、女、女……揃いも揃って、女をバカにして。好きで女に生まれた訳じゃないわ!」
足を踏み鳴らし、杖を横に払った。
魔法陣が地面に浮き上がり、いくつもの黒い支柱が浮きあがり、私の周囲をくるくると回り始めた。
「そんなに女が羨ましいなら、なればいいじゃないの! 代わってやるわよ!」
「女は好きだが、それは願い下げだな」
げらげら笑う男達は剣を片手に近づいてきた。
私はじりじりと後退し、剣の切っ先が届かない距離を保ちながら、魔法の発動タイミングを探った。
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