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第13話 お花を摘みに参ります?
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薪拾いが終わる頃には、すっかり辺りも薄暗くなっていた。戻った野営地では、ミシェルが愛用の杖の先に魔法の明かりを灯して待っていてくれた。それだけでなく、獣除けの魔法も四方にかけてくれていた。
筆記試験はギリギリだけど、実践ではずいぶん機転の利く子みたい。そう感心していると、その可愛らしい姿からは想像できないお腹の音が、大ききく鳴り響いた。
「簡単なものしか用意できないけど、夕飯にしようか」
真っ赤な顔をしたミシェルは、うんうんと何度も頷いた。
汲んでおいた水を鍋に移し、裂いた干し肉とレンズ豆を入れてスプーンでかき混ぜる。シンプルだけど、塩漬けされて干されたこの肉から出るうま味が、疲れた体に染み渡るのよね。
「アリシアは料理も出来るんだね」
「こんなの、料理の内にならないわよ」
干し肉とひよこ豆を鍋で似ている横で、パンとチーズをスライスしながら笑った。
「干し肉はそのまま食べても美味しいけど、こうしてスープにすることも珍しくないのよ」
「すっごく美味しそう!」
「期待しないでよ。貴族のお屋敷で出される料理とは比べものにならないから」
「そんなことないよ。すっごく楽しみ!」
にぱっと笑うミシェルに苦笑を返し、私はふとお嬢様の方を見た。彼女は特別こちらに興味を示しておらず、じっと薪の火に向かっている。むしろ、その横で少年がこちらをちらちらと気にしていた。
お嬢様に不味いものを食べさせるわけにはいかないとか、考えているのかもしれないわね。野営の食事に期待されても困るんだけど。
スープをひと口味見して、私は首を傾げた。
少し塩気が薄い気もするけど、明日にはリーヴに着く訳だし、足りない分はそれから食べてもらえば良いだろう。今は、体を温めてお腹を満たすことが先決だし。
「食べましょうか」
こうして、ささやかな夕餉《ゆうげ》のひと時を、五人で迎えた。
質素なスープを美味しいと言って食べてくれるミシェルが可愛くて、嬉しさに頬を緩めていると、お嬢様が少年の耳元で何か囁くのが視界に入った。
少年が何度か頷くと、お嬢様は空になった皿を地面に置いた。
もう休みたいのかしらと思ったが、そうではなかった。お嬢様はいつの間にか用意した松明に火を灯すと、それを持って静かに立ち上がった。
「ちょっと、勝手に行動されると困るわ!」
「だ、大丈夫です! あ、あの、その……お嬢様は、お強いので、大丈夫ですから」
「強いって言っても、実践で戦った騎士姫って訳じゃないでしょ!?」
「おっ、お花を摘みに行かれましたので、その……」
私の止める声を気にもせず、お嬢様は茂みに入っていくし、真っ赤な顔をした少年は口籠ってしまった。
女同士だって、用を足している姿は見られたくないし、音を聞かれるのだって恥ずかしい。そんなことは分かってる。分かっているけど、せめてすぐ傍に誰か控えさせないと。万が一、護衛対象に何かあったら一大事よ。
急いで追わねばと思い、慌てて立ち上がった私の手を掴んだのはミシェルだった。
「私が行ってくる。アリシアは薪拾いとお料理で疲れたでしょ?」
「でも、ミシェルだって、魔力を使って──」
「大丈夫。スープで元気になったよ。任せて!」
杖を手に立ち上がったミシェルは真っ赤なローブを翻して、茂みに入っていった。
それからしばらく、私たちは三人で無言のまま焚火を囲んでいた。
「……遅いわね」
「アリシアだって、用を足しに行ったら時間がか──ぐふっ」
「私のことは関係ないでしょ! それに、女の子は時間がかかるものなの!」
デリカシーの欠片もないパークスを殴り倒し、そうよ、女の子は時間がかかるものよと、自分に言い聞かせた。
だけど、どうしてか不安が込み上げてくる。
ミシェル、早く戻ってきて。そう祈りながらも、すでに待っていられなくなっていた私は立ち上がっていた。その時、焚火の香りとは違う臭いが風に乗って届いた。
「……これは、煙草?」
「俺たちの他に、誰かいるのか?」
「ま、まさか!」
一瞬、脳裏をかすめた敵の一文字に背筋が強張った。
パークスと顔を見合わせた私は少年の手を引っ張り、三人でお嬢様とミシェルを追うことにした。その直後だ。激しい爆音が響き渡り、私達はお嬢様とミシェルが向かった方角を振り返った。
筆記試験はギリギリだけど、実践ではずいぶん機転の利く子みたい。そう感心していると、その可愛らしい姿からは想像できないお腹の音が、大ききく鳴り響いた。
「簡単なものしか用意できないけど、夕飯にしようか」
真っ赤な顔をしたミシェルは、うんうんと何度も頷いた。
汲んでおいた水を鍋に移し、裂いた干し肉とレンズ豆を入れてスプーンでかき混ぜる。シンプルだけど、塩漬けされて干されたこの肉から出るうま味が、疲れた体に染み渡るのよね。
「アリシアは料理も出来るんだね」
「こんなの、料理の内にならないわよ」
干し肉とひよこ豆を鍋で似ている横で、パンとチーズをスライスしながら笑った。
「干し肉はそのまま食べても美味しいけど、こうしてスープにすることも珍しくないのよ」
「すっごく美味しそう!」
「期待しないでよ。貴族のお屋敷で出される料理とは比べものにならないから」
「そんなことないよ。すっごく楽しみ!」
にぱっと笑うミシェルに苦笑を返し、私はふとお嬢様の方を見た。彼女は特別こちらに興味を示しておらず、じっと薪の火に向かっている。むしろ、その横で少年がこちらをちらちらと気にしていた。
お嬢様に不味いものを食べさせるわけにはいかないとか、考えているのかもしれないわね。野営の食事に期待されても困るんだけど。
スープをひと口味見して、私は首を傾げた。
少し塩気が薄い気もするけど、明日にはリーヴに着く訳だし、足りない分はそれから食べてもらえば良いだろう。今は、体を温めてお腹を満たすことが先決だし。
「食べましょうか」
こうして、ささやかな夕餉《ゆうげ》のひと時を、五人で迎えた。
質素なスープを美味しいと言って食べてくれるミシェルが可愛くて、嬉しさに頬を緩めていると、お嬢様が少年の耳元で何か囁くのが視界に入った。
少年が何度か頷くと、お嬢様は空になった皿を地面に置いた。
もう休みたいのかしらと思ったが、そうではなかった。お嬢様はいつの間にか用意した松明に火を灯すと、それを持って静かに立ち上がった。
「ちょっと、勝手に行動されると困るわ!」
「だ、大丈夫です! あ、あの、その……お嬢様は、お強いので、大丈夫ですから」
「強いって言っても、実践で戦った騎士姫って訳じゃないでしょ!?」
「おっ、お花を摘みに行かれましたので、その……」
私の止める声を気にもせず、お嬢様は茂みに入っていくし、真っ赤な顔をした少年は口籠ってしまった。
女同士だって、用を足している姿は見られたくないし、音を聞かれるのだって恥ずかしい。そんなことは分かってる。分かっているけど、せめてすぐ傍に誰か控えさせないと。万が一、護衛対象に何かあったら一大事よ。
急いで追わねばと思い、慌てて立ち上がった私の手を掴んだのはミシェルだった。
「私が行ってくる。アリシアは薪拾いとお料理で疲れたでしょ?」
「でも、ミシェルだって、魔力を使って──」
「大丈夫。スープで元気になったよ。任せて!」
杖を手に立ち上がったミシェルは真っ赤なローブを翻して、茂みに入っていった。
それからしばらく、私たちは三人で無言のまま焚火を囲んでいた。
「……遅いわね」
「アリシアだって、用を足しに行ったら時間がか──ぐふっ」
「私のことは関係ないでしょ! それに、女の子は時間がかかるものなの!」
デリカシーの欠片もないパークスを殴り倒し、そうよ、女の子は時間がかかるものよと、自分に言い聞かせた。
だけど、どうしてか不安が込み上げてくる。
ミシェル、早く戻ってきて。そう祈りながらも、すでに待っていられなくなっていた私は立ち上がっていた。その時、焚火の香りとは違う臭いが風に乗って届いた。
「……これは、煙草?」
「俺たちの他に、誰かいるのか?」
「ま、まさか!」
一瞬、脳裏をかすめた敵の一文字に背筋が強張った。
パークスと顔を見合わせた私は少年の手を引っ張り、三人でお嬢様とミシェルを追うことにした。その直後だ。激しい爆音が響き渡り、私達はお嬢様とミシェルが向かった方角を振り返った。
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