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第9話 本当の依頼人はワガママなお嬢様?
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私が少し考える素振りを見せると、マーヴィン司祭は話を進めて良いか尋ねてきた。
ずいぶんと丁寧な人なのね。司祭って仕事柄なのかもしれないけど。
私は、話を続けてくださいと先を促した。
「彼女は二十日後に婚礼を控えています。その前に豊穣の女神ディエリエールを祀るリーヴの神殿を訪れたいと、当方に相談をされました」
「お嬢様の物見遊山に付き合えってこと、ですか」
「アリシア、言い方」
私は間違ったことなんて言ってないと思うけど。それにしても、お嬢様の物見遊山に司祭様を使おうとしたなんて、ワガママも良いところだわ。
マーヴィン司祭は少し口元を緩めて微笑むと、周辺の地図を広げた。柔和な顔に見合わない武骨な指が、王都フランディヴィルを示し、東に向かって動いていくと、一つの森に当たった。
「婚礼前に女神ディエリエールへ祈りを捧げに向かう方は少なくありません。ただ、今回は式まで日数がなく、こちらも色々と立て込んでいまして」
「星祭りの準備もそろそろ始まるし、忙しい時期ですよね」
少し困り顔で笑うマーヴィン司祭の言葉を補うように、パークスは言った。
星祭りとは夏の風物詩で、軒先にカンテラの灯を下げて、故人へ祈りを捧げるお祭りだ。
王都では神殿勤めの司祭たちが中心となり、一週間を通して盛大な催しを行う。ちょっとした観光行事でもあり、商人たちも繁盛期となって忙しさが増す時期よね。勿論、バンクロフト商会も何かと騒がしくなる。
「……人手が足りない事情は分かりました」
「ご理解、感謝します」
マーヴィン司祭は再び森を指し示す。
「ここを迂回すれば安全ですが、今回は少し急いでいますので、森を抜けるルートを使っていただきます」
「森を……」
「危険と言っても、近隣の住民も立ち入る森ですし、この周辺は騎士の方々も定期巡回していますから、魔物との遭遇はほぼないです」
婚礼前で時間がないにしても、お嬢様がどうして森を抜けるルートを承諾したのかしら。そもそも、お嬢様ならお付きの護衛くらい、いそうなものよね。
疑問と一緒に不安を感じて地図を睨んで考えていると、横でミシェルが「頑張ろう!」と声を上げた。その笑顔はやる気に満ち溢れている。
「アリシア、依頼人のお嬢様は、きっと困っているんだよ」
「……困ってる?」
「だって、そのお嬢様はわざわざ一人で神殿に相談したってことでしょ?」
「まぁ、そうなるわね」
「どうしても、リーヴの神殿に行かないといけない事情があるんじゃないかな」
そういう考えもあるのか。
侯爵令嬢のミシェルだからこそ、何か感じているのかもしれない。
とは言え、よく知りもしないお嬢様のために命を賭ける気も、私にはさらさらない訳だ。だって、所詮《しょせん》これは学園に提出する課題の一環だもの。
「この依頼、命の危険はないのですか? 私たち魔術師は、戦闘には不向きです」
「それは保証します。協力者もいますので、ご安心ください」
「協力者……」
その単語に引っ掛かりを覚えた。
パークスを見ると、彼は眉間にシワを寄せている。引き受けたくないと顔に書いてあるようだ。逆にミシェルは、ヤル気満々で私を見てくる。
命を懸ける必要はない。だけど、これを達成すればミシェルの信頼もさらに得ることが出来るかもしれないわね。
「分かりました。お引き受けします」
「それでは、急で申し訳ありませんが、明朝、日が上る頃に神殿の裏口までお越しください。馬を用意してお待ちしています」
マーヴィン司祭の笑顔に引っ掛かりを感じながら、ミシェルの「頑張ろうね!」という言葉に、私は頷いた。
ずいぶんと丁寧な人なのね。司祭って仕事柄なのかもしれないけど。
私は、話を続けてくださいと先を促した。
「彼女は二十日後に婚礼を控えています。その前に豊穣の女神ディエリエールを祀るリーヴの神殿を訪れたいと、当方に相談をされました」
「お嬢様の物見遊山に付き合えってこと、ですか」
「アリシア、言い方」
私は間違ったことなんて言ってないと思うけど。それにしても、お嬢様の物見遊山に司祭様を使おうとしたなんて、ワガママも良いところだわ。
マーヴィン司祭は少し口元を緩めて微笑むと、周辺の地図を広げた。柔和な顔に見合わない武骨な指が、王都フランディヴィルを示し、東に向かって動いていくと、一つの森に当たった。
「婚礼前に女神ディエリエールへ祈りを捧げに向かう方は少なくありません。ただ、今回は式まで日数がなく、こちらも色々と立て込んでいまして」
「星祭りの準備もそろそろ始まるし、忙しい時期ですよね」
少し困り顔で笑うマーヴィン司祭の言葉を補うように、パークスは言った。
星祭りとは夏の風物詩で、軒先にカンテラの灯を下げて、故人へ祈りを捧げるお祭りだ。
王都では神殿勤めの司祭たちが中心となり、一週間を通して盛大な催しを行う。ちょっとした観光行事でもあり、商人たちも繁盛期となって忙しさが増す時期よね。勿論、バンクロフト商会も何かと騒がしくなる。
「……人手が足りない事情は分かりました」
「ご理解、感謝します」
マーヴィン司祭は再び森を指し示す。
「ここを迂回すれば安全ですが、今回は少し急いでいますので、森を抜けるルートを使っていただきます」
「森を……」
「危険と言っても、近隣の住民も立ち入る森ですし、この周辺は騎士の方々も定期巡回していますから、魔物との遭遇はほぼないです」
婚礼前で時間がないにしても、お嬢様がどうして森を抜けるルートを承諾したのかしら。そもそも、お嬢様ならお付きの護衛くらい、いそうなものよね。
疑問と一緒に不安を感じて地図を睨んで考えていると、横でミシェルが「頑張ろう!」と声を上げた。その笑顔はやる気に満ち溢れている。
「アリシア、依頼人のお嬢様は、きっと困っているんだよ」
「……困ってる?」
「だって、そのお嬢様はわざわざ一人で神殿に相談したってことでしょ?」
「まぁ、そうなるわね」
「どうしても、リーヴの神殿に行かないといけない事情があるんじゃないかな」
そういう考えもあるのか。
侯爵令嬢のミシェルだからこそ、何か感じているのかもしれない。
とは言え、よく知りもしないお嬢様のために命を賭ける気も、私にはさらさらない訳だ。だって、所詮《しょせん》これは学園に提出する課題の一環だもの。
「この依頼、命の危険はないのですか? 私たち魔術師は、戦闘には不向きです」
「それは保証します。協力者もいますので、ご安心ください」
「協力者……」
その単語に引っ掛かりを覚えた。
パークスを見ると、彼は眉間にシワを寄せている。引き受けたくないと顔に書いてあるようだ。逆にミシェルは、ヤル気満々で私を見てくる。
命を懸ける必要はない。だけど、これを達成すればミシェルの信頼もさらに得ることが出来るかもしれないわね。
「分かりました。お引き受けします」
「それでは、急で申し訳ありませんが、明朝、日が上る頃に神殿の裏口までお越しください。馬を用意してお待ちしています」
マーヴィン司祭の笑顔に引っ掛かりを感じながら、ミシェルの「頑張ろうね!」という言葉に、私は頷いた。
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