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第4話 今の私が自慢できるのは、この記憶力!
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「パークス、私、決めたわ!」
「今度は何?」
「あの子とお友達になる」
「誰のこと?」
バンクロフト本店の裏にある従業員の居住区、その一室で教本を広げていたパークスは首を傾げた。
パークスはバンクロフト傘下で商売をする商人の息子で、私の幼馴染になる。今はこのバンクロフト本店が彼の下宿先で、ここから学園に通っている。
学園内にも寄宿舎があるのだけど、貴族に囲まれて毎日過ごすのは息が詰まるからと、私と同じようにここから通うことを選んだらしい。
「ミシェル・マザーよ!」
「あぁ、昨日の赤毛のお嬢様か」
「そう! 絶対、お友達に……って、なんで知ってるのよ、パークス?」
「学園長の秘蔵っ子を知らない方が珍しいと思うよ。そのせいで、彼女、クラスでも浮いてるって感じだよね」
「秘蔵っ子? あの子が?」
「え、知らないのかい!?」
「顔と名前は全員覚えてるわよ。マザー家が隣国ジェラルディンでも名が知れた侯爵家だってことも。でも、まさか──」
私の記憶力は人並み以上だ。クラスメイトの名前と顔は全員一致している。それだけでなく、それぞれの家柄や力関係も把握済み。
噂では、同期に学園長の秘蔵っ子がいると聞いたこともあった。でも、それがまさか彼女だとは思わなかった。
「だって彼女、今月の試験順位、下から数えた方が早かったわよ。あなたといい勝負じゃない」
「……そうだったね。いやぁ、うん、でも、彼女は学園長の屋敷に下宿してるって話を聞いたよ」
「てことは、寄宿舎暮らしじゃないってことね?」
意外な情報に面食らった私は、気持ちを落ち着けようと、少し冷めた香草茶を一気に飲み干した。
寄宿舎暮らしでないということは、帰り道をご一緒しましょうとお誘いが出来るということ。ますます私にとって好条件だわ。
「秘蔵っ子なのに勉強が出来ないってのは引っかかるけど……マザー家なら申し分ないわ!」
「なぁ、アリシア。君のやろうとしていることは、下心ありなアントニーと、大して変わらないと思うんだけど」
「違うわよ! 私はお友達になりたいだけ!」
ため息をつくパークスに言い返し、私は席を立った。
「部屋に戻るのかい?」
「ちょっと用事を思い出したわ。勉強会はまた明日にしましょう」
「それは助かった」
「宿題、サボるんじゃないわよ」
ぴしゃりと言って、パークスの部屋を出た私は、まだ残っているティールームの責任者アラナの部屋に向かった。
*
翌日、一通りの授業を終え、私は窓側の席に視線を向けた。そこで帰る準備をしているのはミシェル・マザーだ。豊かな赤い髪を左右に分け、頭の少し高めの位置で二つに結んでいる。
他の令嬢のように編み込んだり結い上げたりしていないシンプルな髪形は、少し子どもっぽさも感じるし、令嬢らしくないわね。
席を立った彼女の肩を叩くと、振り返って驚いた顔を向けてきた。
「ご機嫌よう。ミシェル・マザー様」
「……ご機嫌よう」
少し首を傾げて瞬きを繰り返す彼女の綺麗な眉が、何の用かと問うように少しだけ顰められる。
「ふふっ、驚かせてしまいましたね。私、アリシア・バンクロフトと申します」
「あの……どうして私の名前を知っているの?」
「同級の皆さんの顔と名前は、入学式の時に覚えました。気分を悪くさせてしまったのでしたら、謝りますね」
つぶらな青い瞳が見開かれ、そのふっくらとした唇も少し開かれた。驚いているのは明白だ。
今年の入学生は例年より少なく八十人ほどだったと言っても、そう簡単に覚えられる数ではないだろうし、教員だって全員を覚えているか怪しい。
全員覚えてるなんて聞いたら、誰だって驚くに決まってる。だからこそ、印象付けるにはもってこいなのよ。
今の私が自慢できるのは、この記憶力くらいだけど、存分に驚いてもらって、私を覚えてもらわないとね。
「今度は何?」
「あの子とお友達になる」
「誰のこと?」
バンクロフト本店の裏にある従業員の居住区、その一室で教本を広げていたパークスは首を傾げた。
パークスはバンクロフト傘下で商売をする商人の息子で、私の幼馴染になる。今はこのバンクロフト本店が彼の下宿先で、ここから学園に通っている。
学園内にも寄宿舎があるのだけど、貴族に囲まれて毎日過ごすのは息が詰まるからと、私と同じようにここから通うことを選んだらしい。
「ミシェル・マザーよ!」
「あぁ、昨日の赤毛のお嬢様か」
「そう! 絶対、お友達に……って、なんで知ってるのよ、パークス?」
「学園長の秘蔵っ子を知らない方が珍しいと思うよ。そのせいで、彼女、クラスでも浮いてるって感じだよね」
「秘蔵っ子? あの子が?」
「え、知らないのかい!?」
「顔と名前は全員覚えてるわよ。マザー家が隣国ジェラルディンでも名が知れた侯爵家だってことも。でも、まさか──」
私の記憶力は人並み以上だ。クラスメイトの名前と顔は全員一致している。それだけでなく、それぞれの家柄や力関係も把握済み。
噂では、同期に学園長の秘蔵っ子がいると聞いたこともあった。でも、それがまさか彼女だとは思わなかった。
「だって彼女、今月の試験順位、下から数えた方が早かったわよ。あなたといい勝負じゃない」
「……そうだったね。いやぁ、うん、でも、彼女は学園長の屋敷に下宿してるって話を聞いたよ」
「てことは、寄宿舎暮らしじゃないってことね?」
意外な情報に面食らった私は、気持ちを落ち着けようと、少し冷めた香草茶を一気に飲み干した。
寄宿舎暮らしでないということは、帰り道をご一緒しましょうとお誘いが出来るということ。ますます私にとって好条件だわ。
「秘蔵っ子なのに勉強が出来ないってのは引っかかるけど……マザー家なら申し分ないわ!」
「なぁ、アリシア。君のやろうとしていることは、下心ありなアントニーと、大して変わらないと思うんだけど」
「違うわよ! 私はお友達になりたいだけ!」
ため息をつくパークスに言い返し、私は席を立った。
「部屋に戻るのかい?」
「ちょっと用事を思い出したわ。勉強会はまた明日にしましょう」
「それは助かった」
「宿題、サボるんじゃないわよ」
ぴしゃりと言って、パークスの部屋を出た私は、まだ残っているティールームの責任者アラナの部屋に向かった。
*
翌日、一通りの授業を終え、私は窓側の席に視線を向けた。そこで帰る準備をしているのはミシェル・マザーだ。豊かな赤い髪を左右に分け、頭の少し高めの位置で二つに結んでいる。
他の令嬢のように編み込んだり結い上げたりしていないシンプルな髪形は、少し子どもっぽさも感じるし、令嬢らしくないわね。
席を立った彼女の肩を叩くと、振り返って驚いた顔を向けてきた。
「ご機嫌よう。ミシェル・マザー様」
「……ご機嫌よう」
少し首を傾げて瞬きを繰り返す彼女の綺麗な眉が、何の用かと問うように少しだけ顰められる。
「ふふっ、驚かせてしまいましたね。私、アリシア・バンクロフトと申します」
「あの……どうして私の名前を知っているの?」
「同級の皆さんの顔と名前は、入学式の時に覚えました。気分を悪くさせてしまったのでしたら、謝りますね」
つぶらな青い瞳が見開かれ、そのふっくらとした唇も少し開かれた。驚いているのは明白だ。
今年の入学生は例年より少なく八十人ほどだったと言っても、そう簡単に覚えられる数ではないだろうし、教員だって全員を覚えているか怪しい。
全員覚えてるなんて聞いたら、誰だって驚くに決まってる。だからこそ、印象付けるにはもってこいなのよ。
今の私が自慢できるのは、この記憶力くらいだけど、存分に驚いてもらって、私を覚えてもらわないとね。
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