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最終章 精霊の愛し子
281 庭園のひと時
しおりを挟む「うん、僕も……あの夜の出来事が遠い昔のようで」
言いながら僕は落ち着きなくテーブルの上の茶器に手を伸ばす。
よく冷えたガラスのポットからいい香りが漂っている。中には何種類もの果物を沈めた冷たいお茶で、同じようにカップに入ったゼリーのお菓子も用意されていた。どちらも僕が大好きなものばかりだ。
「アラン、美味しそうだよ」
言いながら二人のグラスにお茶を注いで、スプーンを手に取り振り向くと、あーんと口を開けたアランがいた。
獣人は本能で、番に食べ物を食べさせたがる癖がある。求愛行動のひとつだ。
二人で暮らしていたころ、そうと知らなかった僕は何の抵抗もなく、アランの膝に座ってごはんを食べさせてもらっていた。親元で育たなかったアランも、おそらく自分の行動の意味をよく理解していなかったのだろう。
閉ざされた森の中で暮らしていた僕は、これが外の世界のあたりまえなのだと思っていた。
王城で暮らすようになって初めて、ちょっと変な習慣だったのだと知った。知りはしたけど、互いに伴侶として認め合った今なら、もう変な行動なんかじゃない。
僕はアランの口に、ゼリーのお菓子をすくったスプーンを持っていこうとして、ふと動きを止めた。
求愛行動ならもっと正しいやり方がある。
するり、とスプーンの中のゼリーを自分の口の中に含むと、そのままアランの膝に軽く乗るようにして、そっと唇を重ねた。
「んっ……」
僕の行動の意味に気づいたアランが、唇を軽く開いて僕を受け入れる。
軽く舌を絡めるようにして、甘く冷たいゼリーが渡しし味わう。
その動きに答えるように、アランの優しい腕が僕の背中と腰に回って、そっと抱き寄せた。
「ふ……んんっ、ん……」
アイスでも舐めまわすようにアランの舌が、僕の舌をなぞる。ドキドキする。
体の芯が熱くなっていく。
肩にのせていた指に力が入りそうになった時、軽く笑いながらアランが唇を離した。
「甘いな」
「うん、甘くて……おいしい……」
もう一度、二度、と啄むようなキスを繰り返して、アランの膝に座り胸にもたれかかった。
庭園に流れる優しい風と鳥の声と、花の精霊たちが微笑むような気配に大きく息をついて、僕は瞼を閉じる。これほど、幸せで心地いい場所なんかない。
「アランの……腕の中にいるときが、一番……安心できる……」
「嬉しいな」
「アランは?」
とろりとした気持ちで見上げると、同じようにとろけるような微笑みの瞳が僕を見下ろしていた。
「お前を抱いている瞬間が一番安心できる。……可愛くて可愛くて、食っちまいたい」
「いいよ、食べても」
ふふっ、と笑いながら答えると、冗談のようなしぐさでかぷりと僕の首筋に口をあて、そのままぺろりと舌でなぞった。
じゃれあうような仕草がくすぐったくて、僕は笑い声をあげる。
「今は味見だけにしておこう。お前を味わい尽くすのは、正式な婚礼が終わった後だ」
「アラン……」
「誰にも、決して誰にも奪わせない。実力行使はもちろん法的にも。名実ともに、サシャは俺の番なのだと知らしめて、手は出させない。そのためなら俺は何でもするし、待つこともできる」
僕が大人になるまで十年も待ったんだ。今更、半月やそこらのお預けは我慢できるとアランは笑う。
同時に、そこまで慎重になる姿を見て、僕の胸の奥は傷んだ。
「陛下の話……辛かったよね」
僕が生まれてきたのは、ズビシェクにかけられたアランの呪いを解くというのもあるが、数百年と続いてきたツィリルの呪縛を解くことの方に重い意味合いがあったんじゃないかと思う。
事実、オリヴェル王子が亡くなり僕が現れなかったなら、次代国王はヤクプ殿……もしくは、カエターンになっていただろう。
カエターンが王となれば、バラーシュ王国は諸国を支配下に置く軍事国家に傾いていく。もちろん、精霊たちの言葉なんか耳に止めない。
その結果、多くの民が苦しむことになる。
僕は決してできた者ではないが、民の幸せを願う気持ちは誰にも負けない。
と同時にすべての元凶となったツィリルの行いは、ベルナルトと同じ獣人アランにとって、身を裂かれるような話だっただろうと思う。
見上げる僕の頬に手を添えて、アランは瞳を細めた。
「もし、俺がベルナルトの立場だったなら、かの英雄のように自制なんかできなかっただろう。魔王に苦しめられた民のことなんか考えずにツィリルを殺し、番を奪い返す。それがどんな悲劇を生もうとも……」
正直なアランの言葉に、僕は頷く。
「けど、俺はベルナルトじゃないしお前もスラヴェナじゃねぇ。この時代にツィリルはいないし、ツィリルのような奴を生み出すこともさせない。絶対に……」
悲劇が起こる芽すら摘み取って見せる。そんな力強さに僕は頷いた。
アランは強い。
腕力としての強さだけじゃなく精神的にも。そして、したたかで知恵がある。人を動かす行動力と魅力も兼ね備えている。僕よりもずっと国王として資質を備えている。
だからか……と改めて僕は思う。
精霊たちがアランの死を許さず、僕という者を生み出したのも。
アランはいずれ、この大陸を統べる王となるだろう。
それはきっと武力だけに寄るものじゃない。
そんな未来を想像して、僕の胸は高鳴った。
こんなに素晴らしい人と共に歩んでいける。番として求めてくれる。
嬉しくて、きゅっと抱きしめ僕は囁く。
「僕の命の続く限り、僕はアランと共にあるよ。一人になんかしない」
「……それは俺の言葉だ、サシャ」
囁きあって、唇を重ねて。抱きしめあう。
この瞬間が永遠に続けばいいと願う。
ぬくもりも、命すら分け合って、同じ時を生き続けたい。
「僕に……何ができるだろう」
「お前はお前のままでいればいい、準備は、俺が整える」
「ん……?」
あまりに心地よくて、眠ってしまいそうなとろりと顔でアランを見上げた。
微笑む顔が僕を見下ろして言う。
「お前と一つになるための準備だ」
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わー驚きありがとうございます。
そして返信遅くなりすみません💦
(しかも私のミスでネタバレ設定できず😅)
しかもさすがに忙しすぎて更新できず。
1章から仕込んでた(笑)ネタですので。
あまりに無いパターン?の野良育ち王子を楽しんでもらえるよう、ガンバリマス(>ω<)
ですよねぇ~(笑)
アランのご希望通りだと最後まで行ってしまうので、今回はちょっと我慢してもらいました。全てが解禁(婚礼)後は、もう誰も止められないでしょうから。